屍灯

じゅにあ

第一章:呼ばれる村

雨が降り出したのは、ちょうど山道に入った頃だった。

六月の山は湿気と黴の匂いに満ちていた。葉の裏に溜まった雨粒が風に打たれ、ポツリ、ポツリと音を立てて落ちていく。


「やば……マジで電波ないんだけど」


大学生の白石カナは、スマートフォンを見ながら眉をひそめた。

画面の隅には「圏外」の二文字。地図もロードできず、山道の標識も苔に埋もれてほとんど読めない。


「でもまあ、これで合ってるはず……だよね?」


彼女は小さな村の名をつぶやく――灯那村。

数ヶ月前、大学の図書館で偶然見つけた古い民俗誌にその名が載っていた。


“昭和四十八年、灯那村は謎の集団失踪事件を最後に、村ごと封鎖された。”

“現在は地図からも抹消され、立ち入りは推奨されていない。”

しかし、その資料の末尾には、こう書かれていた。


「屍灯が揺れたとき、灯那の門は再び開かれる」

オカルト研究会に所属しているカナにとって、それはただの伝承以上の何かを感じさせた。

封鎖された村、失踪、屍灯――。この村には、確実に“何か”がある。


「どうしても見たかったの。自分の目で」


そんな衝動に突き動かされ、誰にも告げず、一人きりで灯那村を目指したのだった。


雨足が次第に強まり、視界が霞む中――

山道の先に、鳥居が現れた。

朱塗りだったはずの木材は黒ずみ、風雨に削られて今にも崩れ落ちそうだ。


「これ……神社、じゃないよね」


鳥居の奥はまるで霧に包まれたように白く、まるで異世界の入口のようだった。


カナが鳥居をくぐった瞬間。


「チリ……ン」


風鈴のような、異様な鈴の音が鳴った。

周囲に何もないはずなのに、音は確かに耳元で響いた。


そのとき、スマホが震えた。

驚いて見ると、圏外だったはずの画面に――


《1件の新着メッセージ:ようこそ》


背筋に氷が走った。

カナは無意識にスマホを閉じ、振り返った。

来た道は……霧で完全に消えていた。


ようこそ。


それが誰の声なのか、このとき彼女はまだ知らない。

この村に入ったものが、“出られない”ということも、知らなかった。


灯那村の“屍灯”が、再び揺れ始めていた。

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