最後の願い
じゅにあ
最後の願い
僕が彼女を殺したのは、夕暮れ時だった。
夕陽が部屋に差し込む中、彼女は静かに笑っていた。「ありがとう」と言って、眠るように目を閉じた。ナイフを手に持ったまま、僕はしばらく動けなかった。血のにおいが部屋を満たしていく。何もかもが、ゆっくりと、終わっていく感じがした。
彼女は僕にとって特別な存在だった。
出会ったのは、雨の日だった。傘も差さずに立ち尽くす彼女に、思わず声をかけた。
「風邪ひくよ」
「そうね。でも、風邪ひいたら……誰かが心配してくれるかもしれないじゃない?」
あれが最初だった。変わった人だと思った。けれど、その孤独が、痛いほど分かった。
彼女には、秘密があった。
過去のことをほとんど話さなかった。家族のことも、昔の友人のことも。
それでも、僕は詮索しなかった。
彼女が「今日で全部終わりにしたい」と言ったとき、僕はただうなずいた。
その目には、決意と……安心があった。
彼女は言った。
「苦しまないようにしてくれる? お願い」
僕はその手を握った。
そして、ゆっくりと刃を胸に沈めた。
最後に、彼女は微笑んだ。
「……ありがとう、あなたでよかった」
それから、僕は警察に通報した。
警察が来て、全てを話した。
彼女が、自分の命を終わらせたがっていたこと。
僕が手伝ったこと。
彼女が病気だったこと、もう長くはなかったこと。
警察は言った。
「名前を教えてください」
僕は答えた。
「佳奈です」
2日後、
○月○日付朝刊一面トップ
「介護施設で女性職員が患者を殺害か。心中未遂。
容疑者の女、精神的負担で錯乱か」
佳奈は取り調べに対し、「彼女を救いたかった」とだけ繰り返しているという。
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