先輩と後輩、時々同輩

四椛 睡

Day01 まっさら

 階段からの転落事故で頭を強打した結果、記憶喪失となった――というのは、私が作った設定である。

 その事実が先輩にバレてしまった。


「嘘だったのか」


 無表情で問うてくる先輩。

 黙って頷く。


 嘘を吐いたつもりはない。けれど、否定もしなかった。嘘という表現が先輩にとって正しいのなら、私には何も言えないので。

 先輩は氷の表情から一変、向日葵のような笑みを浮かべて


「可笑しいと思ったんだぁ」


 と胸を撫で下ろす。


「頭を打ったって言う割に全然怪我をしてないんだもの。そもそも階段から落ちたって言う日は、ずぅっと俺と一緒だったじゃん。夜明け前に待ち合わせをして日の出を見て、朝食ビュッフェを満喫して、きみが観たいって言ってた映画を観て水族館にも行って、夜はきみが食べたいってそわそわしていたレストランで食事して夜景を楽しんでホテルへ移動して――」


 先輩の言を聞きながら、私は首を振り続ける。語り初めてから、ずっと。



 私にはそんな記憶、一片も無いから。

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