第5話 清掃員、ロックオンされる

”お、教授だ”

”今日は遅かったな”

”教授が来たということは……?”

”も、もしかして”

”ざわ……ざわ……”

”ざわざわしてきたな”


 教授、という人物の登場にコメント欄がにわかに騒ぎ立つ。


「このバールがどうかしたの?」


 早彩はそう言いつつ空中で指をくるくると回し、ドローンを俺の手に持ったバールに寄せた。


「えーっと……教授ってのは一体どちら様で?」

「ダンジョン産の遺物アーティファクトとかモンスター素材とか研究してる人。すっごいダンジョンに詳しいんだよ。なんか凄い人らしいけどよく分かんない」

「はぁ」


 つまり、ダンジョン物知りおじさん――いやおじさんかは知らんけど、そういうこと?


 しばらくドローンはバールの周りをくるくると旋回し、その全貌を隈なくチェックしていく。


 そして――



”教授:こ、これは間違いない! まさしくこれは伝説級の遺物――【バールのようなもの】だ!!”



 満を持して明かされた事実に、俺と早彩は二人して「??????」と疑問符を浮かべるのだった。


「うん、そりゃあ……バールだからね、どう見ても」

「どう見てもただのバールだな」


”教授ついにおかしくなっちまったのか……”

”ちょっと仕事のし過ぎだよ……”

”とりあえず寝よう? 寝たら大体解決するからさ”

”病院に行った方がいいのでは?”

”ふぇぇ……教授がおかしくなっちゃったよぉ……”


 突如として向けられる憐れみの視線と声に、ドローンがふよふよと抗議に揺れた……ように見えた。


”教授:違う!! これはバールであってバールじゃない、正真正銘の遺物! 究極の武具アルティメットウェポンなんだ!”


「アルティメットウェポンんん??」


 これが? この歌武伎町ダンジョンの一階で適当に拾ったゴミに混じってたなんの変哲もないただのバールが???


「なわけないない。ただのホームセンターとかで売ってる普通のバールだぞ、これ。だってこれさっき拾――」


”教授:刻印を見てみろ! 持ち手の方にあるはずだ!”


「刻印?」


 見ると、確かにある。立方体が重なり合ったみたいな紋章が刻まれている。


 え、こんなの最初からあったか? 拾った時はどう見てもただのバールだったんだけど……。


”教授:それはこの100年の間に二度しか見つかってない超々貴重なアイテムなんだ! 80年前には聖剣として使われ、かの邪龍アン・グラディオンを倒したという記録もあるんだぞ!? なぜそんな平静でいられるんだ!?”


「なぜって言われてもなぁ……」

「そのアンなんとか? とか私知らないし」


 俺と早彩は顔を見合わせる。二人とも全くピンときていなかった。

 中卒の俺がそんな小難しい歴史とか知ってるわけないのだ。どうやらそれは早彩も同じらしい。


”俺も知らん”

”確か海外にあるどっかのS級ダンジョンにいるモンスターじゃなかったっけ?”

”名前からして強そう”

”でもダンジョンボスじゃなくてただのフロアボスだったはず”

”ここのリスナー地味に物知りよな”

”早彩ちゃんがポンコツな分ね”

”相殺して丁度いい感じ”


「君たちは私をからかわないと死ぬの? 泣いちゃうよ?」


 リスナーとじゃれ合う早彩を尻目に、俺は手にあるバールをまじまじと眺める。

 これが聖剣……ねぇ……。


「しっかしそんなお宝を持ってるなんて、いよいよただ者じゃない感じしてきたねぇ。お兄さん?」

「俺はただのバールのつもりだったんだけどな」


 いや本当に。

 誰がその辺で拾ったバールが実はバールのような究極の武具アルティメットウェポンだなんて思うんだよ。

 全然実感ないよ。


「うーん、どっからどう見てもただのバールにしか見えない……」


 俺はぶんぶんとバールを振るう。振った感じはなんの変哲もないただのバールだ。不思議な力が漲るでもなし。


”教授:ちょっと君、丁重に扱いたまえよ。それは歴史的価値の高い代物なんだ”


 教授の言葉に、早彩の肩がぴくりと震えた。


「…………教授ぅ。ちょーっと確認なんだけど、これ売ったらいくらになるの?」


 おいおい、そんな下世話なこと聞くなよ。伝説級のアイテムって言っても所詮はただのバールだろ?


 歴史的価値があっても値段なんてたかが知れて――


”教授:ふむ。そうだな。まぁ売れば億はくだらないだろうね”


「「お゛っ――!!!!?????」」


 またしても二人の声が重なった。


「え、マジ……? 億……? これが……? 今、俺の手の中に億があるの……?」

「こ、これがあれば……回らないお寿司行き放題……」


 ふらふらーっと、早彩が俺に近づいて来る。

 焦点のあってないゾンビみたいな挙動で。


「お、おいなんだその顔は……。やめろ近づくな! これは俺の億だぞ!!」

「うへへ……お寿司……時価……食べ放題……」

「ちょ、マジでやめ……あー億によだれついた!!! ふっざけんなマジでお前!!」

「スキヤキテンプラお寿司に焼肉……」

「お前の脳内食欲まみれか!!」


 無理矢理にゾンビ化した食欲魔人を引き離すと、彼女は「ハッ!?」と正気に戻ったようで、わざとらしく咳払いを挟んだ。


「こほん。やだなぁ、レディである私がそんなみっともなくてはしたない真似するわけないじゃん」

「いやもう色々手遅れだよ」


 早彩の痴態はばっちりドローンで撮影済みだ。お陰でリスナーは大盛り上がり。相変わらずものすごい勢いでコメントが流れていく。


「そんなことよりさ。私、一個提案があるんだけど」

「なんだよ突然」


 早彩はとっ、と一歩俺に近づくとふわりと微笑んだ。

 その透き通るような笑みに思わず心臓がドキリと跳ねる。


 こ、こうして見ると……めっちゃ美人だな……この子。


 俺より頭一つ分小さくて、そんな風に見上げられるとドギマギしてしまう。


 早彩は自らの胸に手を当てて――


「私とパーティ組もう!」


 そう言った。


「…………パーティ?」

「そう!」

「なんで?」

「そりゃあもちろんお金――じゃなくて、お兄さんがすっごく頼りになりそうだったから!」

「いや完全に金目当てじゃん!!!! てか狙いこれじゃん!!!!」


 俺はバールをとっさに後ろ手に隠す。なんて油断も隙もないやつだ。というかあまりにも欲望に忠実すぎる!


「ソ、ソンナコトナイヨ……?」

「目が完全に円マーク」


 へったくそな口笛を吹く早彩に、俺はため息をついた。


「ほら、あのオークナイトのドロップ品もあげるからさ。ね、ね? いいでしょ?」

「いやそういうことじゃなくて――」


 そこで俺は、ふと思い至った。


 あれ……オークナイトを倒したのって俺だよな。

 ドロップ品は売れば金になる。でも売買には探索者免許が必要だ。つまり俺にオークナイトのドロップ品は売れない。


 オークナイトだけじゃない。この【バールのようなもの】も当然売れない。億だろうが兆だろうが売れないのだ。


(それじゃあ意味がない)


 確かにダンジョン探索には憧れていた。でもそれは、あくまでお金が稼げる前提があるからこそだ。

 だって元々ダンジョン探索者になろうと思ったのは、大金が稼げる職業だから。

 大金を稼いで、それで妹が不自由なく暮らせるようにするためなんだから。



 ――だったら、答えは一つしかない。



「……ちょっとこっちいいか? 二人きりで話がしたい」

「おっけー。リスナーはここで待機ね」


”二人で内緒話ですか”

”てかパーティってマジなん?”

”そ、そんな俺の早彩ちゃんが……”

”俺達の、な”

”止めといた方がいいと思うなぁ”

”同感。あまりにも不憫すぎる”

”清掃員さんがなwwwww”


「聞こえてるぞー!」


 早彩は声を張り上げると、ふぅと息をついた。


「それで話って?」

「パーティ組むのはいい。だけど条件がある。俺の代わりに素材を売ってくれ」

「自分で売ればよくない?」

「色々事情があるんだよ、察してくれ」


 もしかしたら、もう一度再検査をしに行けば免許を発行してくれる……という可能性はある。

 だがこの世に再発現者が一人もいないということを考えると、それはかなりリスキーだ。世間の注目の的になるのは避けたい。

 しかも俺のジョブは見たことも聞いたこともないものだ。恐らくは唯一無二のユニークジョブ。お祭り騒ぎになるのは目に見えている。


 俺がなりたいのは偉大なる冒険家でも超有名人でも最強の探索者でもなく、ただ必要十分なお金を稼げるようになることなのだから。


「……やっぱり国お抱えのエージェント……」

「あ、うん。もうそれでいいや」

「私は異論ないよ。パーティなってくれるなら!」

「契約成立だな」


 俺が手を差し出すと、早彩はそれを固く握り締めた。


「私、早彩。気軽に名前で呼んで。よろしくね」

「俺は宝月幸太郎だ。探索者としてはぺーぺーだから色々教えてくれると嬉しい」

「そういう設定ね! 任せて!」

「あ、うん。ノリノリだね……」


 早彩はにこーっと笑うとドローンの元へと駆けていく。


「あ、そうだ言い忘れてた! さっきは助けてくれてありがとね。それと……これは私の名誉のために言っておくんだけど、別にお金のためにパーティ組んだわけじゃないからね?」

「ん?」


 早彩はぱたぱたと小走りでこちらに戻ってくると、スマホの画面を見せてきた。

 そこに映っているのは早彩の配信画面だ。物凄い勢いでコメント欄が流れている。

 その視聴人数は――


「5、5万人!?」


 とんでもない数だった。


「さっきの戦いの動画、もう切り抜かれて百万再生突破してるんだよ? SNSでトレンドにも入ったし、めちゃくちゃ大バズり! お陰で私の配信のフォロワーも鰻登り!」


 嬉しそうに笑う早彩と対照的に、俺は冷や汗がたらりと流れるのを感じた。


 ――俺は別に、偉大なる冒険家にも超有名人にも最強の探索者にもなりたいわけじゃない。俺はただ、普通にお金が稼げればそれでいい。


 それでいいのに――


「もっともっとバズりたいから、これからもよろしくね? 幸太郎さん」


 どうやら俺は、組む相手を間違えてしまったらしい。

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