第19話 Day. 19 網戸

 白洞寺の夜は、意外と賑やかだ。

 山の近くにある寺なら、夜は静かだろうと、一年前は思っていた。

 が。

 実際夜になったら、全然違った。

 山から聞こえる、正体不明の鳥や獣の鳴き声。

 秋以外にも、色々と聞こえる虫の声。

 そして夏ともなれば、裏庭の池に住む蛙の合唱!

 最初の頃は、耳について眠れなかったが、今では、特に気にする事もなく眠れる。

 慣れと言うのは、恐ろしいものだ。

 そんな夜の寺で、少しばかり異質な音がした。

 カシャーンカシャーン。

 眠りが浅かったこともあり、妙に耳について、目が覚めた。

 薄暗い部屋をぼんやり眺め、ああ、あれは網戸に虫がぶつかる音だと思い至る。

 恐らくコガネムシとかカブトムシとか、甲虫の類いがぶつかっているのだろう。

 わずかな光に引かれたのか、何度も何度も、カシャーンと言う音が聞こえた。

 まるで俺みたいだ。

 ぼんやりとそう思う。

 進むべき道が見えそうで、でも見えなくて。

 光の方へと進みたいのに、進めずにいる。

 一年前。

 ここに来た時は、もっと前を向いていた。光の方へと進んでいると思っていた。

 自由になり、好きな道を選べると、無邪気に喜んでいたのだ。

 けれど。

 道は無数にあり、俺はどちらへ進めば良いのかも判らなくて。

 闇雲に進もうとしては、見えない壁にぶち当たっている。

 俺の家は、特殊な一族だった。

 一族の人間は、皆、アイツらが見える。

 見える人間ばかりだったから、それは当たり前の事だったし、ヤツらを祓うのが役目なのだと、すんなり受け入れていた。

 従兄も、彼も、幼馴染みも、皆そうだった。

 ただ俺が皆と違う事が、一つだけあった。

 その一つの為に、俺は皆より、とにかくアイツらが怖かったのだ。

 俺は、アイツらを喚んでしまう体質なのだ。

 本来力の強い者を、アイツらは食おうとする。

 俺は、並みの力なのに、何故かヤツラは寄ってくるのだ。

 怖くて怖くて、ただ怯えて泣く俺を、父は激しく叱咤した。

 泣くな。怯えるな。逃げるな。祓え!

 祓う術を覚えても、いくら祓うことができても、恐怖心はなくならない。

 俺の周りには、気がつけばヤツラが溜まっている。

 そして、ある日気がついたのだ。

 俺がいれば、ヤツラは寄ってくる。

 であれば、それを利用して、ヤツラを呼び寄せる事ができる。

 彼は……彼の立場ならば、いずれ俺をエサにする策を選ぶ日が来る。彼がどんなに、選びたくなくとも。

 だって彼は、上に立つ者だから。

 それが最善の策ならば、間違いなく選ぶだろう。

 そして命じられれば、俺は従う以外に道はない。

 そんな選択をさせるのは嫌だった。

 何より、俺が側にいることで、彼を危険にさらすことになるのが嫌だった。

 だから、家を出た。

 ヤツラに食われるその時まで、一人で自由に生きてやろうと。

 だが現実問題として、俺は未成年の高校生で、進むべき道も何も見つけられずにいる。

 一年も経つのに、情けない限りだ。

 本当は、少し後悔もしている。

 逃げ出すのではなく、もっと修行をして、俺自身が強くなるべきだったのではないか。

 強くなって、何があっても、彼を、皆を守れるようになる方が、良かったのではないかと……。

 今更そんな事を考えても、意味はないけど。

 修行、というか身を守る術は、少しばかり学んでいた。今までに学んだ術の中で、身を守る術と、魔除けの術だけは、今も繰り返し練習をしている。

 白洞寺の中は、不思議なことは起こるが、アイツらはいないから、寺の外でこっそりと。

 これでいいのか。

 何度となく考えた問い。

 結論は出ない。

 出ないけど……俺は既に道を選んでしまったのだ。

 暗闇の中、何にぶつかろうとも。

 あがきながらでも、進んでいくしかない。

 例えそれが、どんなに険しい道であろうとも。

 いつの間にか、網戸にぶつかる音は止み、俺の意識は、いつしか眠りの中に落ちていった。

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