第16話 Day.16 にわか雨
はくどーさんに頼まれて、最寄り駅までお使いに出た俺は、バスに揺られていつものバス停まで帰ってきた。
小さな商店街の端にあるバス停で降りたのは、珍しく俺一人だった。
バス停から寺までは、徒歩数分。
緩やかな坂道を上るにつれ、戸建てが疎らになり、竹林やら木々が増え、やがて白洞寺の寺標が見えてくる。
その日も、だらだらと坂道をのぼって、そろそろ寺標が見える辺りで。
にわか雨に降られた。
雨雲あったか?
とか考えている間に、結構な降り方に変わっていく。
わー!と走り出すが、あっという間にびしょ濡れだ。ここまで濡れたら、走っても一緒だろう。
諦めた俺は、とぼとぼと坂道を歩き出す。
雨は少し弱まったが、まだ止みそうにない。
やれやれ、スニーカーまでぐっしょりだ。
ボディバッグも濡れてしまった。中身、大丈夫かな。
前髪から雫が垂れ、眼鏡を伝う。
ああ、邪魔だな。ここまできたら、はずしてもいいか。
胸ポケットに眼鏡をさし、俺はため息をついた。
蒸し暑さが少し引いたのは、ありがたい。
が、坂道のせいか、なんだか身体が重くなった気がする。
え?ああ、そうだな。足が重いかも。
雨で冷えたのかって?うん、少しね。
靴下が濡れて気持ちが悪い。
早く寺に帰って着替えたい。
本当の家?帰りたいかって?
帰りたい……かな、帰れるものなら。
でも俺はあそこにはいられないから。
俺は弱くて、おまけに皆を危険にさらしてしまうから。
それが怖くて怖くてたまらないから。
だから戻れない。帰れない。
居場所なんて、どこにもないから、だから、一緒に、そっちに、そちらへ……。
「
声が響く。俺を呼ぶ声。
はっと目をあげると、はくどーさんが立っていた。
「まったく困った子や」
手が伸びる。俺の腕を掴むと、ぐいと引き寄せた。
俺の後ろを睨んだまま、はくどーさんは微かに笑う。
「ここは僕のテリトリーや。出ていけ」
一陣の風が吹き抜け、気がつけば雨は止んでいた。
俺の横には白洞寺の寺標があった。
寺へと伸び石段の両脇で、さやさやと竹林が揺れ、音を立てている。
「あ、あれ?」
瞬きをして、はくどーさんを振り返ると、彼は肩をすくめた。
「夏は境界が曖昧になる言うたやろう。もう少し気ぃつけて」
「え、あ、はい」
「早う着替えな。風邪をひいてまう」
ポンと肩を叩くと、歩くように促す。
俺ははくどーさんの後を歩きながら、ため息をつく。
本当に夏の境界は曖昧だ。
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