第12話 Day.12 色水

 はくどーさんが、朝顔の鉢植えをもらってきた。

 たくさん育ったから、お裾分けと言われたらしい。朝顔のお裾分けって、なんだよ。野菜だけじゃないのが、よく判らない。

 朝顔は、毎朝紫色の大輪の花を咲かせて、とても綺麗だ。昼くらいには萎れてしまうのが、とても残念である。

「アサガオ、しおれちゃったねー」

 残念そうに呟いたのは、穴井さんちの文太ぶんただ。

 先日迷子の赤い風船を取ってやってから、文太は時々遊びに来るようになっていた。

 なんでも普段は街中で暮らしているのだが、幼稚園が夏休みになったので、祖父母の家に泊まりに来ているらしい。

 穴井さんの家には、まだ行ったことはないが、ここから更に山奥なのだ。

 そりゃ、友達もいなくて、つまらないだろう。

 そう思ったが、山の中の生活は、幼稚園児にはなかなか面白いらしい。

 その面白い中に、白洞寺も組み込まれたのか、三日に一度は遊びに来る。

 くりっとした大きな目が、俺を見上げた。

「また明日も咲く?」

「咲くよ。蕾がたくさんあるだろ」

「うん。これ、明日咲くかな」

「それは咲きそうだな。これとこれも」

「たくさん咲くといいねぇ」

「そうだな」

 頷きながら、俺は萎びた花をとる。

「それ、どーするの?」

「うん。ちょっとした遊びを思い出した」

 いくつか萎びた花をとると、文太にそれを預けた。

 ちょっと考えて、俺は庫裡に行き、バケツに水を入れて持ってきた。

「なにするの?」

「文太、その萎びた花、ここに入れて揉んでみな」

「こう?」

 小さな手で花を揉むと、バケツの色が変わっていく。紫色になった水に、文太は目を輝かせる。

「わぁ!色がついたよ、お兄ちゃん!」

「キレイだろ?子供の頃、たくさん作って、ジュース屋さんとかやったなぁ」

「たくさん?ボクも、もっと作りたい!」

「んー。じゃあ、この水をとっておいて、明日、また花を追加しようか」

「うん!」

 ニコニコと嬉しそうに笑う文太を見ていると、昔の事を思い出す。

 子供の頃、弟や従兄弟、幼馴染みと遊んだ記憶。

 たくさん咲いた朝顔で、色水を作った。

 ジュースのようにコップにいれて並べたり、筆につけて、紙に絵を描いたりもした。

 幼馴染みは、楽しそうに絵を描いていたっけ。

 彼女は絵が好きな子だった。

 俺や弟が描いた絵は、不気味なクリーチャーだったが、彼女の描いた朝顔は、とても綺麗だった。

 あの絵、結局どうしたんだっけ。

 何故か、大切にとっておけば良かったと、今更ながら思った。

「お兄ちゃん、どうかした?」

 心配そうな顔で、文太が俺を見上げている。

 いつの間にか考え込んでしまっていたらしい。

「なんでもないよ。このバケツ、端に置いておくからな」

「うん。おじいちゃんちにも、アサガオあるんだ。赤い花、明日もってくるね」

「じゃあ、赤い色水も作れるかな?」

「たのしみー!」

 ウキウキとはしゃぐ文太の向こうに、懐かしい顔が浮かんで消えた。

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