第8話 Day.8 足跡

 朝の事だ。

 広縁の雑巾がけをしようとして、気がついた。

 なにやら点々と跡がついている。

「なんだ、これ?」

 よくよく見ると……これ、足跡じゃないか?

 小さな足跡が、庭からあがり、室中へと続いていた。

 問題は、小さなそれが、どう見ても人の足跡に見えると言うことだ。

 大きさは五センチくらいだろうか。赤ん坊の足のようだが、このサイズの赤ん坊は、二足歩行できないと思う。

 というか、こんなに小さな足の持ち主は、白洞寺にはいない。

 俺もはくどーさんも、成人男子の立派なサイズである。

 では誰か?

 白洞寺に出入りする人は限られているが、赤ん坊の客なんて、少なくともこの一年見たことがない。

 と言うことは。

「……」

 嫌な可能性に思い至り、俺はブンブンと頭を振った。

 違う。そんな筈はない。

 ここには出ないんだから!

 けれど足跡は、確かに目の前にある。

 では、これは……。

京義たかぎ君、どうかした?雑巾がけ、終わった?」

「は、はくどーさん!これ、あ、足跡……!」

 石庭の掃除の為に、熊手を持ったはくどーさんは、慌てた俺の顔を見て、瞬きをした。

「足跡?」

「こ、ここ!ほら、広縁に」

「どれ?」

 広縁を覗き込むと「ああ」と微笑む。

「暑かったさかい、手水鉢に入ったのやろう。睡蓮も咲いたしね」

「手水鉢?睡蓮?だ、誰が入ったって言うんですか?!」

 クスクスと笑うと、仏間の方を指す。

「跡をたどってみぃ」

 俺は広縁から、正面の部屋に入る。

 ここは畳だから、足跡はない。が、わずかに湿った跡があった。

 そこから仏間に入ると、板敷の床の上に、また小さな足跡が続く。

 足跡は、正面の釈迦如来像の前まで続き、そこで消えていた。

 え?どういうこと?

「京義君、下や。下」

 広縁の向こうから、はくどーさんが言う。

 言われるまま、お釈迦様の下を見る。そこには美しい彫刻を施された須弥壇がある。

 その側面にいたのは、蓮と戯れる、童子の姿だった。

「ようあるのんは、蓮華文やら、鳳凰文なんやけどなぁ。うちのは蓮と童子で。睡蓮が咲くと、たまに水遊びしてるんどす」

「……水遊び……」

「気持ちよかったんやろうな。笑うてますよ」

 よく見ると、確かに童子の足元が濡れている。

 足跡のサイズと、同じ大きさ。

 昨日の夜は、確かに暑かったから、気持ちよかった事だろう。

 朝の光が差し込み、童子は満足そうに笑っていた。

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