第22話 リンダの告白
じっくり考え事をしたいからと言って、一人で近所の居酒屋にいるイスズ。彼はミコットとビルワの恋の成就を知り、自分自身のことを考え始めていた。
リンダは19歳で、イスズは28歳になった。
長い水色の髪といつも瞑りがちの金色の瞳の彼は、やや童顔な為に若く見られている。
黒髪紫目のリンダは普段は物静かで、年齢より落ち着いて見え、それほど年齢に差があるようには見られない。
「でもさぁ、俺ばっかり好きみたいだし、9歳も年上だし、ボルケは怖いし……でもリンダは癒しなんだよな♡~」
店主おすすめの夕食を食べた後、軽くウィスキーを呑んでほろ酔いのイスズ。
本人は呟いているつもりでも結構声が大きいので、周囲に弱音を聞かれていた。
(確かにリンダ様は可愛い。ミルカ様似だし)
(そうよね、本当に可愛い。私はリンダ様もまんざらでもないと思うわ。ただ照れてるのを、誤魔化してだけに見えるけど?)
(年齢さは、あんまり感じないな)
(ああ。あいつは(リンダの前で)アホ丸出しだし、リンダは妙にクールだからな。でもイスズといるとツッコミ入れるよな、普通にさ。他の人にはしないのに)
(そうだよなぁ。ビルワにもそこまで言わないもんな)
(イスズの外面の良さと、アホなとこ知っても引かないのはもう愛じゃね?)
(それは分からんぞ。あの子優しいから、憐れでほっとけなのかもよ)
((((おおぉ、それかも! なんか腑に落ちた(わ)!))))
ほぼ顔見知りの客達だから、弟や息子のように心配している。ボルケのことを言わないのは、知られると面倒くさいからである。悪口なんて聞かれてたら、酔った時に絡まれる可能性大だから。
すみっこでひっそりと酔っているイスズなのに、みんなが放っておかない。けど酔っている彼はそれに気付かないのだ。
◇◇◇
噂のリンダは今日も、イスズの為にお弁当を作っている。
自分とビルワの分も一緒に。
それは以前にダンジョンに潜った際のイスズに、大きなアメジスト(直径5cm、高さ1mくらい)の結晶をプレゼントされたお礼だった。
「これ、リンダにあげるよ。レオパードホーンの角で、紫の奴がいてさ。俺が一人で倒したんだぜ!」
「わぁ、ありがとう。すごくキラキラ反射して、綺麗だね。すごく嬉しい」
「良かった。頑張ったかいがあったよ」
リンダの満面の笑顔に、イスズはデレながら満足げな様子だった。
自然界での紫は、だいたい『毒あります』の代名詞だ。それも象みたいな大きさの魔豹だから、強いのなんのって。
でもイスズは神経毒を全身に浴び「痛ってー、でも逃がさないぜ!」と叫びながら、力の限りをぶつけてソロで討伐を成功させたのだった。
「これを倒したら告白しよう」と誓いを立てて。
リンダだってジルパークン王国に来てから、冒険者活動に加わっていたので、そのアメジストの価値は分かっていた。
(これって……有閑金持ちマダムか、高位貴族がとんでもない大金を払って、周囲にマウント取る感じのアイテムだ。値段の予想が付かないほど高いよね? でも今日は、イスズの瞳がちゃんと開かれてて真剣みたいだし。高いからって、断れる雰囲気じゃないわ。……じゃあもう、貰って良いよね!)
「大事にするね。ありがとうイスズ♪」
本当だったらそれで指輪でも作って、プロポーズとかの方が格好良いけど、そこまで考えが及ばなかった。
綺麗だから、早く見せてあげたいとしか。
◇◇◇
そんな感じのやり取りがあり、「お礼に昼食を作るからね」と、リンダが微笑む。
一度だけかと思ったけれどあれから3か月、一日も欠かさずお弁当が届けられている。
それは非番の日も続いていて……。
「じゃあ夕食は俺が奢るよ」なんて言いながら、デートなんかもするようになった二人だ。
ビルワにも同じく作っていたのだが、「私のはもう良いわ。私もたまにはミコットに作ってあげたいし。今までありがとうね。いつも美味しかったよ」と、断られたのだった。
ちょっと寂しく、そうだよねと納得もするリンダ。
(私がミコット様の分まで作るのも変だし、お姉様がミコット様の分だけ作るのも、やっぱり変だものね)
「今まで食べてくれてありがとう。お姉様」
「まあ。リンダったら、お礼言うのは私の方よ。……実は私、料理とかは冒険者活動の時に、魔獣肉を解体しての丸焼きやステーキしかしたことないの。もう不安しかないの。迷惑じゃなければお弁当、一緒に作ってくれるかしら?」
恥ずかしそうなビルワの手を、リンダの両手が優しく包み込んだ。
「勿論ですわ、お姉様。私ったら、実は少し寂しかったの。お姉様との接点がなくなりそうで。だから大歓迎ですわ~」
何て感じで絆が深まっていき、同じ弁当が4つ作られることに。
侯爵令嬢が料理が出来ないのは普通のことだった。幼い時の環境のこともあり、料理がうまいリンダの方が特別なのだ。
この国に来なければ、きっと作ることもなかった筈のビルワ。けれど何だかんだと楽しそうにしている姉妹は、いつも楽しそうだ。
金髪で緑目のビルワと、黒髪で紫目のリンダ。
彼女達は似てないような気がしていたが、周囲からは異母妹だと思われないほど仲が良く見えていた。
所詮は髪や瞳の色など、取り立てる程のこともないのだ。移民が増えたジルパークン王国では、いろんな人種が交ざり合い気にする者も僅かだ。
特にニャガレビからダヌクとこの国に来た者には、王家の血が間接的に混ざっている者も多く、金髪碧眼に類似する者が少なくない。黒髪の者も数名見られた。
王族達の性の乱れがその結果なのだろう。
侯爵の庶子だけが……何てこともなかったようだ。
不満の詰まった祖国だから、遠くない未来に下克上もあったかもしれない。
だからリンダは変装もせずに、普通に暮らしている。
可愛らしさは隠せないけれど、ボルケを筆頭に守りは固いので、(男性に限り)うかつに声もかけられない雰囲気だが。
お約束のように、気付かないのはリンダだけだ。
◇◇◇
大事な娘のリンダに、まだまだ交際は早いと思うボルケ。
そのだいたいが怯むが、イスズだけはめげずに近付き仲を深めていた。あくまでも会話する程度ではあるが。
ボルケに多少シバカレても、不屈?の精神で立ち上がり、痛みを隠してリンダの元に通う姿を周囲は何年も見てきた。
人見知りなリンダも、すっかり心を許しているようだ。
ただそれが、恋愛枠か家族枠(兄やおじさん(泣)的)かは不明なところ。
そこに一石を投じたのが、ビルワとミコットのプロポーズの成功であった。
「俺も幸せになりたい。それ以上に、リンダを幸せにしたい。……もし、リンダが他の男を好きになったら、辛いけど祝福して……俺はこの国を出ていくよ」
居酒屋での情けない独り言に、周囲は耳を傾ける。
多くの冒険者の食を賄うその場所は、建物は古いが50人は入れる広い建物だ。
(ちょっと、ちょっと。どうするの、これ?)
(リンダが若い男と喋るだけで、誤解しそうな勢いよ)
(この子、年齢とか気にしてるからね。大丈夫かしら?)
(ああ、たぶんな。あのボルケを前に平気で近付くのは、よっぽどの猛者か、アホしかいないだろうし)
(……アホはねえ、時々見るわねぇ。でもそんなアホにリンダを預けられないわ。ここは何としてもリンダとくっつけましょう!)
(そうだな、それが良い。リンダだって嫌じゃないだろう……たぶん)
(まあさ、そこら辺は付き合ってから判断しても良いじゃない? 嫌なら別れれば良いんだし)
(別れたらボルケに殺されないか? 『お前の気持ちはそんなものだったのか?』って)
(イスズじゃなくて、リンダが嫌になることもあるだろ? それならまあって、なるだろ? ん、ならないか?)
(そ、そうよね。ちゃんと結婚するまでは、不埒なマネもしないだろうしね)
(くくっ。結婚しても不埒なマネが出来ないかもよ。それで嫌われたりして。『イスズは私のことを愛してないの?』とか、言われたりしてさ)
(ありえるわ~、意外とヘタレだしね)
(じゃあさ、お付き合いからで良いんじゃないか? それならボルケも百歩くらい譲ってくれるだろう?)
(((それで良いね。決定! ハハハハッ)))
何と言っても酔っぱらいが多い夕食どきだ。
心配と話のタネの半々で。
「くぅ、若いって良いね! 俺も恋してぇ」とか、おじさん連中が騒いでいる。
そんな中で心配したイルワナが、ずいぶん前にリンダを連れてここに現れていた。
酔っぱらいは気付いておらず、素面の面々は固唾を飲んで見守っている。
「リンダに嫌われたら、心臓止まるかも? でもその方が、辛い気持ちで生き永らえるより良いのか?」
悪酔いしてマイナス思考のイスズに、リンダは近づいて耳元で囁く。
「嫌いになる訳ないよ。この国にずっといて下さいね」
その声にイスズは驚き、夢じゃないことを確認する為に抱き付いた。
「え、ええーーーっ。本物!? ごめんね、リンダ。俺、絶対夢だと思ってて、夢の中なら良いかなって。あ、何言ってるんだろ。ごめんよ、リンダ!」
慌てて体を離すイスズに、リンダは伝える。
「年の差なんて気にしてないよ。時々ズッコケるイスズは年下みたいに思えるし、一緒に戦う時は頼りになるし。私も貴方が大好きです」
「え、本当に? やっぱり夢かな? こんなに幸せなことが俺に起きるなんて! もう死んでも良いよ」
「ダメよ、死んじゃあ。……私を幸せにしてくれるんでしょ?」
「うん、絶対に! ありがとう俺を選んでくれて。嬉しいよぉ」
蓋を開けてみれば、公開プロポーズになっていた。
どちらかと言えばリンダからの。
気配を隠して、様子を見ていたボルケとリキュー。
「情けない男だな。婿として先が思いやられる」
「おおっ、婿ね。もう認めているんだ。良かったな、イスズは」
「あいつはリンダの為に、レオパードホーンを倒した。あれは俺でも骨が折れる、毒持ちで力も強い魔物だ。そのくらいの力があれば、リンダを守ってくれるだろう」
「そうだな。イスズは良い奴だよ。親を魔物に殺られてから、弟妹を一人で養って来たしっかり者だ。リンダも幸せになれるさ」
ビルワに続いてリンダも結婚かと、肩を落とす
リンダの様子を、共に付いてきていた母ミルカも静かに見つめていた。
(良かったわね、リンダ。貴女は普通に幸せになってね)
諸事情で長く愛人として過ごし、リンダに寂しい思いをさせてきた自覚のあるミルカは、過去を思い出すと涙が溢れていた。
◇◇◇
お互いに切迫詰まっていたリンダとイスズは、今さらながら周囲の様子に気が付いた。
「お幸せにね!」
「もう尻に敷かれて、煌めきのななつ星のイスズもかかあには負けるんだな」
「もう、ハラハラしたよ。良かった良かった」
「俺も心配で酔いが覚めたぜ! マスター、もう一杯くれ!」
「目出たいから、俺も飲むぞ!」
「「「「俺も、俺も!」」」」
「「「「私達もよ!」」」」
「「「「じゃんじゃん、持ってきて!」」」」
「「「「「お二人さん、おめでとう!!!」」」」」
「ありがとうございます」
「ありがとうな、みんな!」
祝福と言うよりただ呑みたいだけの者のいるが、多くのお祝いの声に、イスズとリンダは照れながらも嬉しく思ったのだった。
こうしてリンダの逃走計画は、未遂のまま終了したのである。
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