第21話 ビルワの恋

 ジルパークン王国ではマルコディーニに代わり、第一王子のヴィクセルトが国王となった。


 それと共に王太子妃だったアルメニアは、その地位を国に返還した。それに伴い第二王子ミコットも、王子から臣下に下る。


 たぶん彼らが最後の王族となるだろう。

 ヴィクセルトは国王と名乗るものの、選挙制による国王なので、次の国王は彼とは限らないからだ。


 アルメニアとミコットは、今後文官として働くことになる。給料もみんなと同じ額であり、既にいる上司はそのまま働くので、当然役職はその下となる。


 けれどもアルメニアとミコットは、それで良いと考えていた。外交面でもし必要とされれば手伝うことはあっても、でしゃばることはしないと誓っている。


 王族として長年緊張して生きていたが、漸く肩の荷を降ろすことができた。彼らは前国王達とは違い、民を思いながら何も出来ない自分達を無力と感じ、申し訳なく思っていた。

 自分達で出来る支援をしても、焼け石に水だったから。けれどそれで救われた民も、存在していたのは事実なのだ。



 数年後にはヴィクセルトも、マルコディーニに引き継いだ国政のいくつかを実現化し、次の者へとバトンを渡すことになる。


 その時ヴィクセルトも、重荷を降ろすことができるだろう。



 金髪碧眼の元第二王子ミコットは、伯爵位を拝命した。領地はなく、名称だけの位である。


 けれどそれは丁度良い爵位であった。

 男爵令嬢となったビルワに、求婚ができるからである。


「やっと伝えられる。ただのミコットとして……」



 ビルワは20歳。そしてミコットは22歳となっていた。





◇◇◇

 時は少し遡り。


 ビルワはジルパークン王国に移住した直後から、王宮の文官として働いていた。


 彼女はボルケから国の体制を聞いていた。今現在が転換期であると言うことも。


「王族でありながらも、(元王太子妃や王子は)臣下と共に働くことに抵抗はないのかしら?」


 ビルワはラブロギ王国で国王夫妻と、ドルジェ・デンジャル公爵達に嫌悪感を持っていた。

 自身の母方の祖父母や、伯父(ミルカの兄)もゲジゲジのように嫌いだし、シチルナ(現在はハチサン)にもまだ蟠りがある。


 自らが侯爵令嬢であったが、貴族の生き方には窮屈さを感じていた。現在ジルパークン王国では男爵令嬢と言う位置付けだが、この国には社交界もないし自由にしている。


 そんな彼女とミコットが出会ったのは、他国の貴族が外交に来た際の夕食会の時だった。


 彼女は語学力が優れていることで、急きょ配膳係を担当することになった。あくまでも裏方として、言葉の通じない貴賓達の対応を行う為に。



 この時のジルパークン王国は他国と交易が少なく、マルコディーニの代から開始した関わりは、一部の国からはまだ侮られる状態だった。




◇◇◇

 金髪で緑の瞳の美しいビルワは、他国の外交担当者達の目を引いた。けれどその彼女を、侍女かメイドのような侮るような気持ちで見ていたのも確かだ。


 ラブロギ王国の元侯爵令嬢、ビルワ・キュナントだと気付く者は少なかったから。


 劣情をそのままに声をかける者もいたが、彼女は反射神経を駆使してお触りなどを華麗に避けきる。


 だが中にはしつこい者もいて、事もあろうか自室に連れ込もうとする者も存在した。


(どうしようかしら? 隙をついて逃げる? お酒に薬を入れて眠らせる? 殴るのは、さすがに不味いわよね?)


 何てことを余裕で考えていると、ミコットが颯爽と現れて彼女を庇った。



「申し訳ありません、アンコーラ伯爵殿。そちらの侍女は私の部下で、まだ仕事が残っております。持ち場へ戻させて下さいませ」


 赤面してアンコーラ伯爵は答える。

「ああ、これは失礼した。気分が悪くて部屋に案内して貰ったのだ。多忙なのにすまなかったな」


「そうで御座いましたか。それでは医師をお連れしますので、お待ち下さいませ」


「い、いや、必要ない。飲み過ぎただけだと思うから」


「そうで御座いますか? それでも心配ですので、侍従を置いておきましょう。何か不都合・・・があれば心配ですから」


「な、なんだ、不都合とは! この俺を馬鹿にする気か、田舎貴族風情が!」



 酔った勢いもありミコットの言葉じりに思わずカッと激昂するアンコーラ伯爵だが、その背後に現れた人物を目にし瞬時に顔を青くした。


「失礼します。言い争う声が聞こえ、参上致しました。何かお困り事で御座いましょうか?」


 言い方は非常に丁寧であるも、その顔付きは般若のようで、向かい合うアンコーラ伯爵にメンチを切っていた。


 その威嚇を受け、一気に覚醒したアンコーラ伯爵は、ドラゴンに出会ったように硬直する。


(な、何でここに、ラブロギ王国のキュナント侯爵がいる? それに後進国の元王子なんかに従うなんて、どうなっているんだよ!)


 絶望が彼を支配する。

 ボルケ・キュナントのことは、今や多くの者が知っている英雄だ。

 一時は冒険者をしていたことを隠していたが、その噂は冒険者達を通じて、多くの者が知るところとなっていた。

 この国に移住する前にはもう、遠慮なく活動も再開していたから余計に。



「ああ、心配をかけた。騒がしくしては他の方に迷惑がかかるね。こちらの方の(頭の)調子が悪いようなんだよ、ボルケ。暫く付き添ってくれないか? (やらかさないか)心配だから」


「わかりました。お役目をしっかり果たしましょう」


「ヒィ、嘘っ!」


 心の声を出すアンコーラ伯爵に、苦笑いのミコットとビルワ。ボルケは対象から目を離さず、威嚇マシマシだ。


「俺、いいや私にお任せ下さい。魔獣に傷つけられて寝込む仲間の世話はなれていますから。さあ、安心して下さい、アンコーラ伯爵殿」


(怖いよ、助けてマミィ!!! こんなことで死にたくないよ~!!! もう酒なんて呑まないし、力なき女に迫らないから、助けてくれ神よ!!!!!)


 去っていくミコットとビルワの後ろ姿に手を伸ばすが、二人が気付くことはなかった。気付いていても、きっと無視されていただろう。


「あ、あぁ」

「余計なことなんですがな。あの娘は私の娘なんですよ。目に入れても痛くないほど、愛する大事な宝物です。美しいでしょう?」


 威嚇に笑みが加えられ、圧倒的に人相が悪くなったボルケ。

「どう捌いてやろうか? このクズが!」と言う幻聴が聞こえるが、もはや緊張で口が乾ききり声も出せない。


「知らなかった。許してくれ!」なんてことも言えず、結局は耐えきれずに、数分後に気絶するアンコーラ伯爵だった。


「チッ。面倒な仕事を増やしやがって、くそ貴族が! でもまあ、せいぜい交渉材料になって貰えば良いか。俺の娘を邪な目で見た罰だ!」



 その後の交渉で、通常の値段に色を付けた金額で、5年に及ぶ鉱石の定期取り引きが締結された。


 品質的に優良だが、いつ底を突くかしれない取り引きに、5年はありえないことだった。おまけにもし底を突いて納品が出来なくても、賠償責任が発生しない破格の契約だった為、アンコーラ伯爵は国に戻ってから無能だとして責められ、担当責任者を降ろされた。


「くそぉ、ボルケのせいで! なんで優秀な俺が!」


(いつかこんな日が来ると思っていた。良い機会だ)


 その後横暴なこの男は、家族にも見放されることになり、爵位は嫡男が継いで領地の邸に送られることに。暴力も振るっていたから、彼の両親さえ庇うこともなかった。

 


 知略だけは抜きん出たずる賢い男だったが、女グセが悪すぎて度々問題を起こしていたから、それも要因になった。


 今回もジルパークン王国の高位貴族ではない女性だったから、下位貴族か平民だと思い込んでいたのだろう。まさかここにキュナント元侯爵の娘がいるとは、夢にも思わずに。



 偶然だがまた一つ、悪の断罪に繋がったのだ。


 それにアンコーラ伯爵の故国ドラールナにも、損害は生じなかった。優良な鉱石は豊富で尽きることなく、さらには他の山からは金や宝石も採掘されるようになったことで、後日優先的に購入が約束された。

 結果的に稀少な宝石を手に入れられて、王妃を溺愛する国王がプレゼントできると歓喜したらしいから。




◇◇◇

 ミコットは、キュナント元侯爵家のことを知っていた。

 ボルケを筆頭に、家族全員が戦える強さを持っていたことを。


 たぶんビルワも難なくあの状況を回避し、問題なく逃げられただろうことも。



 けれどそれを見逃すことを、彼は嫌った。


「たとえきり抜けられるとしても、危険な状況なのに知らない顔をしたくはないんだ。今度こそみんなで笑える国にしたいから。そのせいで多少の損害がでても、想定の範囲内さ」


 そんな彼にビルワは甘いなと思う反面、そんな国が作れれば幸せだわと微笑む。けれどそれは苦難の道だ。小さな力では、到底成し遂げられはしない理想だから。


 だからこそ。

「そんな国に私も住みたいです。微力ですが私にも、持てる限りの協力をさせて下さい」


 そんな風に返したのだった。


「ありがとう。共に頑張って理想の国を作ろうね。よろしくな、ビルワ」

「こちらこそ、よろしくお願い致します」


 固い握手を交わした二人はマルコディーニや王太子妃、ヴィクセルト、勿論ボルケ達も協力して理想の国を作り上げていく。




◇◇◇

 王太子妃 (エレンヘール)は王太子 (ビスケトール)と手紙で交流を続け、いろいろな報告をしあっていた。国のこと、子供のこと、お互いの健康のこと等を。

 離れていても愛は尽きることなく、お互いを気遣いあったまま時は流れる。


 そしてヴィクセルトが国王になった時、王太子と王太子妃は元王太子と元王太子妃となった。王子達も元王子となる。民達からはまだ敬称で呼ばれてはいるが。



「もう戒めを止めても良いだろう。ビスケトールよ。エレンヘールも待ちくたびれてるぞ!」


「ボルケ殿。でも…………」



 戸惑うビスケトールに、ボルケが言う。

「ボルケ殿とか、虫酸が走るぞ。ボルケで良いんだよ、俺のことは。せっかく貴族社会から逃げてきたのに、思い出させるなよ、くくっ」


 二人のやり取りに周囲の声が加勢する。


「そうよ、もうご自分を許してあげて下さい!」

「「「「私もビスケトール様を許します」」」」

「「「「俺も許す。もう良い、良いんだ」」」」

「「「「僕も(わたしも)ビスケトール様が大好き」」」」



 ボルケ以外からも、神父の勤めを果たしていた彼は認められていた。王太子として担ぎ上げられないように、家族と離れ神父になったことも、みんなが知っていた。


「素直になれよ。エレンヘールが待ってる」

「ボルケ……ありがとう。みんなもありがとう。うっ」


 泣き濡れるビスケトールに、教会の影から走り寄るエレンヘールが声をかけた。


「ずっと会いたかった。元気で良かった、ビスケトール」

「どうしてここに! これは現実か? ああ、エレンヘール。私だって会いたかったよ。神様ありがとうございます」


 二人は抱きしめ合い、長く離れていた温もりを確かめあった。その様子に周囲は思いを馳せ黙して泣いた。


 重い責任を果たし、漸く自由を手にした二人。




 そして彼女をここに運んだのは、神ではなくエキューである。彼も感激して泣いていた。


「いつもはボルケに酷使されているけど、こんな風に力を使えて嬉しいよ。幸せになれよお二人さん、アバヨォ」


 そう言って颯爽と去ってしまいたいところだが、帰りはボルケをまた送らなければならない。

 そしてついでにと、魔獣討伐に連れて行かれる運命だった。ボルケの親友をやるのも大変である。




◇◇◇

 取りあえず男爵位は持っているボルケだが、それを使う機会は特になく、自由を満喫している。


 ラブロギ王国から共に来た領民達は、そのまま農業をする者と冒険者になる者、宝石鉱山を掘る者、他にも自由に仕事を選んで職に就いた。


 埋め立て地を管理しているボルケだが、国政が安定した今は領主ではなく代官の立ち位置を取っている。その地区から選挙で代表が選ばれ、引き継く仕組みもできていた。


 けれど圧倒的な人気により、今も変わらずボルケが就任中なのだ。


「俺はもういいって。学校にも通って、知識を身に付けた優秀な若者がたくさんいるだろ? 俺はドラゴンを倒しに行きたいんだよ!」


 そんなボルケに民が笑う。

「獰猛だったドラゴンは、人間と和解したそうですよ。そもそも人語を解する魔獣とは、仲良くした方が良いでしょ?」


「だってよぉ。食いたくないかドラゴン肉? せめて一口だけでも」


 逡巡するボルケに温かな笑いが起きる。


「結局、そこかぁ。ボルケ様らしい」

「美味しい料理なら、たくさん作りますから」


「魔獣肉だって、調理方法や味付けで劇的に美味しくなりますから」

「私達主婦軍団に、任せて下さい!」


「そうか。じゃあ期待してるぞ。頼んだ!」

「「「「はい、必ずや!!!」」」」



 そのノリと情熱でジルパークン王国発祥の美食が有名となり、観光客が押し寄せるのはもうすぐ。

 外貨が大量に入り、鉱山頼みの国から脱却するのだった。




◇◇◇

 ミコットとビルワは、共に文官として職務を熟していく。高等教育を受けたビルワに、ミコットが相談することも多かった。

 翻訳や通訳の仕事でも彼女を頼り、教えを乞うこともあったミコット。


 そして文官の仕事として(他国への土産を選ぶ)買い出しを共に行ったり、時々仕事帰りに夕食を共にして時間を共有していく。


 夕焼けを背にした彼女を眩しく見つめ、「綺麗だ」と呟くミコット。


「本当ね。この国は水平線が見えるせいか、夕日が海に滲んで、煌めいているわ。海も黄金に輝いているわね」


 振り返り微笑むビルワに、「夕日じゃなくて、君が綺麗だと思ったんだ」と、告白する。


「え、あ、ありがとう、ミコット」


 照れる彼女を前に膝を突き、「ずっと前から好きだった。結婚して下さい」と勢いでプロポーズも行うミコット。


 そして話は冒頭に戻るのだ。



「ありがとうミコット。私もずっと、貴方のことを……好きだったの」


 その瞬間、ミコットはビルワを抱きしめた。


 夕焼けが二人を照らし、まるで一枚の絵画のようだ。それを見ていた周囲は祝福する。ひっそりと静かに頷きながら。



(漸くミコット様にも春が来たねぇ)

(強くて綺麗なビルワ様なら、任せられるよ)

(良かった、良かった)

(もう、じれったかった。やっと言ったね) 



 翌日には国全体に話は伝わりナルシーとボルケ、ミルカとリンダは、先触れもなく突然のことに驚いていた。


「でもまあ、あの二人ならお似合いだわ。これから、結婚式の準備で忙しくなるわね」

「外で告白なんてするからだ。危機感がないな、全く」


「夕焼けを照らされながら告白なんて、ロマンチックね」

「お似合いの二人だわ。お姉様が幸せなら良かったです」



 フヨフヨとにやけて笑う一同に、義理の父となるマースも笑い出した。

(ボルケは護衛から聞いて泣いてたよな。余裕ぶって我慢するのは、素直に感心するよ。おめでとう、ボルケ)


 そしてマースも「立派な式を挙げてやろうな。な、ボルケ」と、微笑むのだ。



 でもちょっとだけ眉が下がるボルケを、見ないようにするみんなは優しい。


「そうだな。その日はオウギワシ祭りにするか!」

「いやいや、普通に結婚式でしょ!」

 

「うふふっ」

「はははっ」


 主役不在で、涙と笑いが渦巻いていたキュナント邸だった。


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