第15話 見切りの付け時

「ま~た国王が、変なこと言って来たぞ。キュナント侯爵領が潤っておるから、税金をあげるとかって」


「マジか! 貴族領の税金はずっと固定制で、見直すなら全貴族が対象だろうに。何でピンポイントで、この領地だけ? 不作の時さえ税を下げてくれず、ぜんぶボルケが負担したんだろ? 腐ってんな、あいつら!」



 怒りを通り越して呆れるボルケとリキューは、もう国王に期待はしていない。デンジャル公爵は国王の甥である。可愛い末弟の子の為、幼い時から甘やかしていたらしい。



 そしてこの発端はデンジャル公爵家で、飽きることなく地味にキュナント侯爵家を貶めたいらしい。


 デンジャル公爵家の令嬢レモアン・デンジャルは、シチルナと婚約破棄してから、由緒正しい家門であるハルレス伯爵令息、ルゼブナラに嫁いでいたが、彼の浮気で喧嘩は絶えなかった。


 一方レモアンは、ボルケとミルカの仲睦まじさや娘達が優秀だと評判の噂と、ルゼブナラの不誠実なことを話のタネにし、訪問した父公爵に何の気なしに話していた。


 ただしレモアンは、キュナント侯爵家への不満などは話に出していない。ルゼブナラが浮気放題で、キュナント侯爵夫妻が羨ましいと言っただけである。いわゆる世間話的なものだ。


 レモアンは政略で嫁いだだけで、特に夫のことは好きではない(勿論シチルナのことも、女好きで嫌いだった)。  

 彼女はルゼブナラとの間に生まれた、息子ルキャノンと、娘ソニアだけを愛していた。

 幸いにして、二人とも優秀な部類である。


 元を正せば、デンジャル公爵の婿選びが悪いのだが、それには気付いていない彼。


「キュナント侯爵家のシチルナが結婚寸前で逃げたせいで、レモアンはあんな奴にしか嫁げなかったのだ。元を辿ればキュナント侯爵家が悪い!」


 引くほどの金銭をむしっておきながら、まだ腹立ちは続いているようだ。 

 レモアンはルゼブナラのことは、もうどうにも思っていない。幸いにしてハルレス伯爵夫妻は誠実であり、ルゼブナラがふざけた態度を取るなら、次期伯爵は孫へダイレクトに渡すと言ってくれている。

 優秀で社交も得意なレモアンは、嫁入り直後よりたいそう可愛がられていた。


「あんなアホに、こんなに綺麗で利発でお嫁さんが来た。奇跡が起きたぞ!」


「本当ですわ、貴方。男爵令嬢ニケールと結婚すると、ずっとバカなことばかり言ってたのに。あ、心配しないでね。体の関係はなかったのよ。一人息子がやらかすと、後が大変だから監視をつけていたの」


 息子が一人だと、そいつがコケた時に養子を取ることになったりするのだが、やらかした家に入るのは嫌厭されるし、逆に足元を見られ仕度金をガッパリ取られることもあるのだ。


 監視を雇うくらい、安いものである。


(なるほど。貞操を無理矢理守らされていたのね。この両親、出来る! さすが由緒正しき伯爵夫妻は、他の貴族とは違うわね。子供のことを正確に理解している)


 キラリと瞳が光るレモアンは、監視者はきっと肉体の接触を邪魔もしたのだろうと理解していた。そして種馬の役割を果たしたから、今は自由にさせているのだろうことも。


 レモアンはその後の二人からの話で、既にルゼブナラには断種の薬を食事に盛っており、子が出来ないのだと知らされた。



「貴女がまだ子供を望んでいたのなら、申し訳なかったわ。けれどあの子には、このくらいしておかないと、絶対に貴女に迷惑をかけると思うから」


「ありがとうございます、お義母様。私は今いる子供達がいれば十分ですわ。これでハルレス伯爵家は、私の子供達に安心して渡せます」


 心から感謝し頭を下げるレモアンに、義父母は優しく微笑み、「こちらこそ、ありがとう。本当に君は貴族の矜持を真っ直ぐに持っている。馬鹿息子に嫁ぐのは辛かったろうに」と、労ってくれるのだ。


 レモアンが尊敬しない訳はない。

 本当にここに嫁いで来られて良かったと思えるし、子供達も愛情をかけて貰えている。14歳と12歳の子供達も、父親のことは当主に向かないと諦めている。



 それを父公爵だけが、理解していないのだ。

 

 デンジャル公爵の息子である、嫡男ココラールもいい加減に困っている。


「姉様のことはもう放っておけば良いのに。向こうの結束は固いと思うよ。それにキュナント侯爵家に迷惑かけすぎだ。ボルケさんは、全く関係ないのに。ねえ母上、どうにかならないの?」


「私も言っているのだけど、聞かないのよ。嫌になっちゃうわよね。キュナント侯爵家からは、国1年動かせるくらいの慰謝料を頂いて、レモアンに持たせているから感謝しかないのに」


「姉様のこと、好きすぎだからね」

「そろそろ子離れしなきゃ。ウザがられるのに」

「「ねぇ~」」



 どうやらデンジャル公爵だけが、ボルケに絡んでいるようだ。



◇◇◇

「なあ、ボルケ。そろそろ良いんじゃないか?」


「そうだな。そろそろみんなに話してみるかな」



 翌日。

 全員の賛成を受けて、爵位返上届けを出したボルケ達は、生国であるラブロギ王国を後にした。


 彼らは空間転移でジルパークンへ飛んだ。その際にはジルパークン王国から依頼を受けた、ナイラインも応援に駆けつけていた。


 素知らぬ顔で、「ジルパークン王国国王、マルコディーニ様に依頼を受けました、ナイラインと申します。ジルパークンへ、ようこそおいで下さいました。微力ながら、移動のお手伝いをさせて頂きます」と、片眼鏡をクイっと上げて不敵に笑う。


(くくっ、この野郎は。謝罪する気はないようだな。まあ、別に良いけどよ。その方が気も楽だ)


 ボルケは握手を交わして、「よろしく頼む」と頭を下げた。ジルパークン王国は、貴族も平民も関係がないから、それ自体は問題ない。


 けれどナイラインは、つい最近までその貴族社会で生きていたからこそ、侯爵にそうされることに戸惑った。


「っ、はい。こちらこそ、お願い致します」


 その焦る顔を見て、ニヒヒッと悪い顔で笑うボルケも遠慮はしなかった。


(ボルケ……。こいつ良い性格してんな。まあ、その方がやりやすいが)


 そんな感じのやり取りがあった後。

 ボルケはジルパークン王国のトンネルを掘って出た土や、鉱山採掘で出た岩やらを大量に買い取って、浄化魔法が使える仲間に普通の土や砂にして貰ったもので作った埋め立て地に、次々と建物を運んでいった。


 土台ごと運び出して来たから、そっくりそのまま使える仕組みだ。

 ジルパークン王国は周囲が海に面している部分が多く、その埋め立て地で国土が増えた形。

 その部分をボルケが、領主として治めることになった。


 『煌めきのななつ星』は、初期メンバー5人が男爵位を貰っている。彼らが増やした土地なので、反対する者達は皆無だ。


 そもそものところ、伝説の巨大人喰い狼の群れを討伐した『煌めきのななつ星』は、この国の英雄だった。

 彼らの移住に大賛成だ!



「「「「私達は皆さんを歓迎します!!!」」」」


 なんて感じで手伝い希望者も集まり、領地の整備が着々と進んでいく。



 そしてその冒険者の一人、マースも現れた。

 ビルワの母ナルシーを連れて。


「び、ビルワ。大きくなったわね」

「お、お母様。会いたかったです。……うっ」



 手紙のやり取りは行っていたが、12歳で離れた母子は今再び顔を合わせた。


 そして心おきなく、泣きながら抱きしめ合ったのだった。



「おう。マース、老けたな。元気だったか?」

「第一声がそれかよ、ボルケは。お前も同じくらい老けとるわ。アハハッ」


「幸せ野郎は太ったんじゃないのか? まったく良い顔しやがって」

「リキューは変わらないな? 魔力持ちは得だな!」

「お前は、本当に。まあ、酒盛りの準備だけすれば許してやるよ」

「出来てるぜ、ナルシーの手料理旨いぞ。ビルワが来るから張り切ってたんだぜ」


「「「「おおっ、今晩が楽しみだ。チャキチャキ頑張ろうぜ、みんな~!」」」」


「「「「はい、ボルケ様!!!」」」」


 マースはボルケと同世代で、イルワナとイスズの先輩だ。その為、無難に挨拶だけをした。


(マースさん、格好良いな。あの腕の筋肉は、鍛えた証だな)

(ナルシーさんは綺麗だな。昔と変わらないよ)



 そしてリンダはナルシーとビルワを見て、ここに来たことが正解だと実感していた。

(ビルワ様。良かったですね。本当に良かった)


 水を差さぬように、ひっそりと涙するビルワの肩をミルカがやさしく包み込む。


「良かったわね、ビルワ様」

「はい。私、嬉しいです。ずっと我慢されていたと思いますから。私は傍にお母さんがいたのに……」

「そうね。ずっと寂しかったはずよね」

「うん。そんな様子はなかったですが、きっと」

 


 泣いたり笑ったりと、目まぐるしい一日が過ぎて行く。


 けれどこの日は、誰もが明るい顔で希望に溢れていたのだった。




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