第13話 ダヌクの逃走先

 あれからも冒険者ギルドから、バリーボス侯爵の情報を集めて貰っていたダヌクとナイライン。


 歴代の当主と同じように支配欲強い侯爵は、息子に事業の半分も任せていなかった。莫大な利益を生む、裏の仕事については、まだ知らせてはいなかったのであった。

 それは息子に爵位を渡してからも、侯爵家内で権力を維持する為である。

 後ろ暗い商売をしてきた家では良くあること。突然全てを手渡し隠居すれば、怨みを持つ者に仕返しされる可能性が多い為、徐々に裏の利権を渡し自分を蔑ろに出来ないように。


 まあ歴代と同じような行動なのだが。


 その引き継ぎの前に、廃人と化した侯爵。

 呪術師と同じように死に至らなかったのは、魔法使いの治癒と呪術師が僅かに呪詛を依りしろに移す術が効いたせいであろう。


「く、苦し、た、助け…………」


 意識のあるうちは苦痛にのた打ち、気絶した後だけが僅かに表情が安らぐ状態。

 とても事業の引き渡しなど、行える筈もない。


 

 バリーボス侯爵家は国の暗部を担っている。

 暗部の実行部隊はカヌエオ子爵家であるが、現当主であるナイラインは行方不明である。

 彼の息子であるダヌクも、暫く見た者がいないとの報告が国王にあがっていた。

 

「まさか、バリーボス侯爵と呪術師がこんな状態に。ナイラインはどうした? この一大事に何をしておる!」


「それが……一週間前から姿を見たものがおりません」


「何故だ。あやつらにも、呪術が施してある筈だ!」


「恐らく作戦中ではないかと。件のキュナント侯爵家の簒奪のことで、隣国にいる筈です。彼らと同行している者もおりませんから」


「あんな作戦、成功する訳がなかろう! 新たにカヌエオ子爵になる者はどうした? そいつでも良いから呼べ!」


「その者はまだ、呪術師の術を受けておりませんので、補佐のツドロアにも会っておりません。ですので、仕事の引き継ぎも受けておらんのです」


「くぅ、使えん! じゃあ、ツドロアを呼べ。3日以内に登城するように伝えよ」


「ははっ。承知しました」


 

 国王の側近は子爵家の混乱を懸念し、即時の登城は困難ではないかと進言した。戻って来ない筈のダヌクへの命令を、その側近も知っていたからだ。




◇◇◇

 国の為に、時に侯爵家の為に、全てを奪われてきた歴代のカヌエオ子爵と侯爵家の庶子達。


 当主の補佐は謀反を防ぐ為に、国王側の遠戚達が代々就いていたが、彼らもカヌエオ子爵家の悲劇を憂いていた。

 たくさんの若い命を散らすのを間近で見ても、何も出来ない無力な自分達のことを情けなくも思っていた。



「こんなやり方は、もうなくした方が良い。俺は何も知らないことにして、この仕組みを壊そうと思う」


「俺もそれで良い。こんな機会はきっと訪れないだろう」


「ああ、俺も。いくら国の為と言っても、人知れず犠牲になっていった子供達や女達のことを思えば、そんな負の遺産は残さない方が良い。もっとまともに軍から密偵を出せば済む筈だ」


「もう潮時だ。丁度庶子で残るのも、ダヌク様だけだ。ナイライン様はダヌク様の運命を知っているから、共に身を隠したのだろうし」


「じゃあ、良いんだな。俺達は詳細を知らないとして、国王に謁見する。……逃げたい奴はさっさと行っても良いぞ」


「待ってるよ」

「俺も」

「俺だって」

「無事に戻れよ」

「ここにいるからな」

「信じてるぞ」


 ナイラインの補佐としてその内情を知るツドロアは、詳細は聞いていないと国王に報告するつもりだ。


 ガダスに逃亡防止の呪術をかけた呪術師に、当然のようにツドロア達も、それよりも強い裏切りを許さない呪術をかけられていた。

 

 その為に逆らえずに、今まで生き長らえてきた。当然その中には、侯爵のやり方に反発し、亡くなった者もいた。


 特に庶子を生ませることについては、反発が強かった。魔力があって美しい女性達を侯爵が一方的に囲い、子を生ませた後は僅かな金を渡して捨てていくのだ。


 既婚、未婚構わず、侯爵が気に入った者を弄ぶような行為だ。平民が侯爵に逆うことも出来ず、その後の女達の運命は悲惨なものであった。

 責任も取らず、その子供も確実に不幸に落とされるのだから。


 歴代の侯爵だけが利益を得る仕組み、そしてその侯爵に国の保全を託す国王。元は侯爵も王族の血筋だから、そんなことも出来るのだろう。



 けれど、今。

 その呪術師が亡くなり、彼ら諜報達を縛る呪縛も消滅した。

 そんな話をしている彼らの元に、亡くなった呪術師からの手紙が届いた。

 警戒する彼らだが、ツドロアが代表して安全性を確認してから内容を確認した。





 その内容に記されていたのは…………。


「この手紙を見ていると言うことは、俺はもう死んでいるのだろう。

 それは別に良いので、触れないことする。


 俺は王から呪いの首輪を付けられ、自死も出来ないようにされた傀儡だ。200年前に妹を国王に誘拐され、その命の代わりに忠誠を誓うことを強いられた。


 その妹も僅か1年後に亡くなってしまったが。


 俺は魔力も強く、呪いの首輪のせいもあって、いつ自寿命が尽きるか分からない。だがいつか死ぬことがあったなら、俺の財産を分けて逃げて欲しい。


 俺の自由は制限されていて、自分から魔棟を出られないから、まともに話したこともないだろう。


 けれど聞いて欲しい。

 国王は信じるな。機会があれば即座に逃げろ。

 もし会えば洗脳されるか、罪を被せられて殺されるだろう。とにかく理不尽な目に合う筈だ。


 俺は被害にあった女達に、魔棟のメイドをしている者に頼んで謝罪の意味でお金を送った。それが僅かでも贖罪になると信じて。そんなものでは償えはしないのだが。


 俺は今のダヌク様に会った時、逃亡防止の呪術をかけなかった。ナイラインにかけた術も解いておいた。


 俺の寿命はもう僅かで、ナイラインだけには手紙でそれを伝えていた。もし俺がスッキリ死んでなくても、俺の術式を手紙に記したので、それを見ればたいていの呪術師なら、術が解ける筈だ。


 俺の財産は銀行に入っている。

 小切手はこの手紙に入れてあるから、みんなで逃げる時に使って欲しい。

 魔棟から出られない俺は、貯蓄だけは200年分あるから。


 俺の妹の死因は、出産後の肥立ちが悪かったせいだと、ずいぶんと後に分かった。結局は魔力が多く美しかった妹は、当時の侯爵に凌辱されて、子を生んだそうだ。その後にまともな治療を受けたかも分からない。


 その子は侯爵の庶子として、子爵家に引き取られ、汚れ仕事をして死んだと言う。


 ……自分のやったことはいったい、何だったのだろう。結局は地位ある者に、利用され尽くした人生。その自分も、多くの人を更に不幸に落とした悪人だ。


 俺の亡骸はそこら辺に捨ててくれて構わない。


 許してくれとは言わないが、済まなかった。

 出来ることなら、今すぐ逃げることだ。


 次の呪術師に捕まらないうちに。


          ユルーズ・ディボン」




「これは……事実なのか? でもそれなら、ダヌク様もナイラインも無事だと言うことだろう」 


「ああ。ナイラインなら、ダヌク様を守っている筈だ」


「この小切手、ど偉い金額が貯蓄されているぞ。どうする?」


「一先ず全額おろして、持ち去ろう。そしてここから離れて、潜伏して様子を見よう」


「今の混乱期を逃す手はないな。じゃあ、銀行へ急ごう」



 その後銀行へ行ったツドロア達は、ユルーズ名義の小切手を換金し、ツドロア名義に書き換えた。

 そして国王の息のかかる者を除いた、子爵邸の諜報員達を連れ、冒険者ギルドで奨められた国、ジルパークンを目指す。


 そこには次期子爵家当主の、ジルレーラダも一緒だった。ツドロアはジルレーラダにいろいろと説明する。


「良いのでしょうか、国王に逆らっても?」


「良いんだよ。これでカヌエオ子爵家は幕を降ろす。領地もない貴族だから、丁度良かった」


「はい、そうですね。普通に生きても良いんですね……僕も」


「そうだ。だが、働かないと生きては生けないぞ」


「それは大丈夫です。当主教育として、武芸は仕込まれましたから。力仕事は得意です!」


「そうか……頑張ったんだな。なら心配はしねえ。あ、もうお前は当主じゃねえからな。戸籍上は俺の息子だから。勿論平民だ」


「良いのですか? 庶子である僕が、ツドロア様と親子なんて」


「当たり前だろ、そんなの。そもそも卑屈になる必要はないぞ。子爵家にいるのは訳あり者ばっかりだ。気にするなよ」


「はい! ではよろしくお願いします。…お父さん」


「おうよ。あと名前も呼びやすくするぞ。今日からお前はジルレだ。良いか?」


「ジルレですね。僕もその方が良い気がします」


「じゃあ、それで。よろしくな、ジルレ」


「はい。お父さん」



 50才を越えたツドロアと、22才のジルレ。まだぎこちない二人は今日、不遇な次期を乗り越えて親子になったのだ。

 周囲の仲間達も泣きながら頷き、家庭を持てなかった自分達に息子ができたようで、嬉しい気持ちになっていた。



◇◇◇

 彼らが向かう国はボルケ達が救った、宝石鉱山のある小国だった。移住しやすい国を聞かれ、そこを奨めたギルド職員もボルケの仲間である。


 ダヌクに依頼を受けていたギルド職員は、子爵家の多くの護衛職(諜報員)達が、ジルパークンに向かったことを伝えた。それは公にはなっていないことだったが、優秀な職員だと評価が高い者に依頼していたので、あっさり受け入れた。



「ダヌク様。子爵家の諜報員達は国を後にし、ジルパークンへ向かったそうです。私達も合流しましょう」


「みんな無事なんだね。それじゃ、行こうか」


「はい。何処までもお供致します」



 ナイラインは国の内情が透けて見えた。そして諜報員達にかけられた呪術が解けたことも確認できた。

(良かった。呪術師の術が解けた今、私達は自由になれた。今度のダヌク様こそ、私が幸せにしてみせましょう)


 ナイラインの笑みにダヌクも微笑んだ。

 彼らもジルパークンへ向かう。




◇◇◇

「結局、優秀なダヌクもナイラインも、ジルパークン国に取られた形だな」


「良いんだよ、国王に恩も売れたし。身元を知っているからこそ、重用されるのだろうし」


「あそこは実力主義だから、ボルケが薦めなくても出世は早かったと思うぞ」


「本当、そうなんだよ。各国の情報を知っているし、数か国の言語も操れるし、おまけに強い。特にナイライン。あいつも空間転移魔法が使えるそうだ」


「マジかよ。じゃあ俺達、ちょっと危険だったんじゃないの?」


「たぶんな。見切り付きの計画じゃなければ、死者はかなり出た筈だ」


「だよな~。でも今回、無傷だったけど、それって」


「本気じゃなかった。たぶん、こんな流れになるって読んでたんじゃないかな? ある意味、能力温存的な」


「もしかして、ガダスのことも?」


「どうかな? でもタイミング的には、合うんだよな」


「まあ、もう良いさ。ナイラインにこっちを襲う理由はなくなったからな」


「あ~、何となくスッキリしねえな」



 イルワナとイスズは、その後侯爵邸に戻った。

 監視の他、ボルケとジルパークン王国の国王、マルコディーニとの連絡役として動いていた二人。

 夜間にリキューが訪れる為、その際に手紙を受け取ったり渡したりして。


 リキューが直接行けば早いのだが、「面倒くさい」と言うので、イルワナ達の仕事になったのだ。

 若い2人が国王に会うのだから、緊張しまくりである。以前の『煌めきのななつ星』での謁見では、ボルケが殆ど話していて頷くくらいだったから。


 けれどボルケには、彼らを国王に馴らす必要があった。今後の計画の為に。

 優秀な人材をジルパークン王国に集めたのも、計画の一つである。




◇◇◇

 ダヌクとナイラインはジルパークン王国に入り、ダヌクは試験を受けて文官に、ナイラインは空間転移でダンジョンを往復し、冒険者として活躍している。


 その姿は、本物の父子のように仲が良い感じだ。

 もうナイラインはダヌクに様は付けて呼ばない。

 対等な立場で「ダヌク、勤務頑張れよ」と呼びかけ、ダヌクは嬉しくて頬を綻ばせる。


「はい、お父さん。父さんも気をつけて」と、手を振り出勤して行くのだ。





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