第12話 監視男とボルケ

 ボルケとリキューは、監視役だった男と共にキュナント侯爵邸へ戻った。


 血抜きしたジャイアントアミメオグロヌーを担ぎ、ほくほく顔で。成牛の1.5倍の大きさでかなりの重量だが、担ぐボルケは息も切らさない。


 リキューは男の襟首を掴み、雑に床へと降ろした。


「ここは何処だ? まだダンジョンの中なのか、いや、ですか?」


 すっかり二人に怖じ気付き、やや語気を弱めに訪ねる男の顔色は悪い。



 リキューはランプを灯し、暗い執務室をハッキリと見えるようにした。


「間諜役にすれば、興味深い場所かもな。ここはお前らが狙っていたキュナント侯爵家の執務室だ。情報の宝庫だろ? さっきは暗くて、よく見えなかったかもしれないがな」 


「な、なんで、執務室に? まさか!」



 男は目の前にいる人物が、侯爵だと思っていなかった。てっきり護衛か何かだと思っていた。


 さっきから会話で、ボルケの名が飛び交っていたが、恐怖で聞いていなかったのだろう。


「俺が当主のボルケ・キュナントで、こっちが腹心のリキューだ。名前くらいは調べているだろ?」


「っぐ(まさか当主が自ら戦うのか? バリーボス様なら、絶対にしないぞ!)」



 下っぱの監視男は、いつも適当にやり過ごしていた。彼らはカヌエオ家の当主が変わっても、そのまま勤務を続けられる為、中年に差し掛かる者も存在する。


 なるべく後方で待機し、危険になったら退避する。主な仕事は、バリーボス侯爵の家令への報告がメインだからだ。

 一応は治癒業務担当と言う、大義名分はある。

 



◇◇◇

「あ。こいつ、足の火傷治ってるぞ。かなり治癒魔法の腕が良いようだ。使えるな!」


「マジか! 即戦力だな。バリーボスだっけ、お前のボス? そいつのことをまず聞いてから、ダンジョンメンバーに加えてやっからな。ニシシッ」


「あ、あぁぁ、そんなぁ」


 敵に捕まっている不安よりも、先程のダンジョンの恐怖の方が強く、ますます絶望が強くなっていく。



 二人の圧にたじろぐ男に、リキューが声をかけた。

「なあ、あんた。名前は何て言うんだ? 偽名でも何でも良いから、いつも使っているのを教えろよ」


「……ガダスだ。ガダス・ファドレ。男爵の三男だ」


 諦めたように答えるガダスは、「どうせ調べるんだろ? ならもう言うよ。隠すのも面倒だし」と、力なく答える。


 その後のガダスは、聞かれもしないことを話し始めた。

「大国であるニャガレビでは、数多くある男爵家の三男なんて、なんの権力もないんだ。金持ってる平民の方がまだ裕福だ。

 俺は治癒魔法が使えるからって、親からバリーボス侯爵に仕えるように、売られたようなもんだ。逃走防止の呪術までかけられてっからな。

 自由がない身の上だから、結婚なんて夢のまた夢。給料が入っても食うか、博打か、女を買うくらいしか出来ない。そんな生活だもの、チクッて褒美を貰うくらい、何とも思わないんだよ! どうせもう俺の人生は、魔獣の餌で終わりなんだろ。チクショー、どうにでもしろよ」



 話しているうちに自棄になったのか、恐怖も忘れて愚痴り出した。


 それを聞いていた二人は、ガダスの変化に瞬いた。

 恐らくボルケとリキューより年上で、バリーボス侯爵にいいように使われ、最期は使い捨てられると分かっていたのだろう。



「おい、リキュー。逃走防止の呪術って、どんなのだ?」


「俺の知ってるのは、対象者の意識下にかけるものだな。敵に拉致られても発動はしない。対象者が逃げると強く思えば、電流に似た刺激が全身を駆け巡るやつだ」


「なあ、ガダス。お前、電流みたいの浴びたことあるのか?」



 ガダスは大きく息を吐いて答えた。

「ああ、ある。好きな女が出来て、試みたが駄目だった。一週間起き上がれなくて、泣く泣く別れたよ」


「そうか」


 ガダスはバリーボス侯爵から離れ、別の土地で愛する女との生活を望んだ。けれど思うよりも呪術は強く、彼から別れを告げたようだ。


 ガダスはそれを思い出したのか、項垂れて動かなくなった。声を殺して泣いているようだ。



「リキュー」

「なんだ?」

「お前、逃走防止の呪術って解ける?」

「俺は無理だ。専門はロベルトだな」


「今、呼んでくれないか?」

「ロベルトをか?」

「ああ。こいつの呪術が、何きっかけで発動するか分からないだろ?」

「利点は?」


「バリーボス侯爵の情報だな。そいつは逃げられると危険だから、術をかけたんだと思う」

「拷問でも聞き出せるだろ? こいつ邪悪だぞ」

「まあまあ。それはさっき聞いたけど、バリーボス侯爵って奴の方が悪そうだろ? 呪術なら、呪詛返しが使えるぞ」

「それは、良いな! その国に行かなくても、ちょっとだけ仕返しできるな」


「だろうぅ! その反応も見たいから、修行ついでにイルワナとイスズをニャガレビ王国に送り込んで、バリーボス侯爵とダヌクの監視もさせよう」

「監視だけか?」


「ダヌクとナイラインが襲われたら、助けてやるように言っとくか?」

「良いのか? 敵だぞ。俺はもう、同情してっから、何も言えないけど」

「彼らは優秀そうだから、事務仕事でスカウトしたいんだ」

「従うと思うか?」


「う~ん。取りあえず連れて来て、飯を食わせてみよう」

「飯って、お前。まあ、良いけどよぉ」


「悪いけどその間、毎日夜間に様子を見に行ってよ。まだまだイルワナとイスズじゃ心配だから」

「もう心配なのかよ。いい加減に信じてやれよ。潜入くらいで」


「可愛い弟子だからな。頼むよ」

「まあ、やるけどよ。俺の弟子でもあるから、そこは任せろよ」



◇◇◇

「ちょっと。急に来るなよ、リキュー。今入浴中だったのに」


 ちょっとだけ怒ってバスローブ姿で現れたのは、ロベルトである。理由は説明せずに、入浴中の彼を連れてきたらしい。



「すまんな、ロベルト。ちょいちょいと、たぶん逃走防止の呪術らしいんだが、解いて欲しいんだ」


「あ、ボルケ。解呪は良いけど、何このおっさん。おっさんもお前達も血塗れじゃん。夜中に何やってんだよ」



 事情を話すのが面倒なボルケは、「後で全員にまとめて話す」と言って、説明を省いた。そして解呪を改めて依頼したのだ。


「まあ良いけどさ。いくよ」


 ロベルトは両掌に青い光を発動し、ガダスの背にかざしながら呪文を唱えていく。

「ичщщιζБЪЯЦоШφρρчβββ! はあぁぁー!!!」



 新たな人物の登場にドギマギしながらも動かず、聞きなれぬ言葉に困惑しながら成すがままのガダス。

(解呪って、そんなこと出来るのか? まさか!)


「はい、終わり! 呪文は解けないから、かけた奴に返しておいたよ。30年以上の強いものだから、かけた奴と命令した奴が生きてたら、両方に戻ったと思う。死んでたらごめん。あ、あと、風邪引くから戻してくんない?」


「嘘だろ、マジか?」

「くっ、ワハハハッ。相変わらずスゴイな!」

「デタラメに早い。さすが我が同士だ! ありがとうな、すぐ送るよ」


 何ともないように話すロベルトに、一同はポカンとしていた。そしてボルケとリキューは大笑いし、ガダスは信じられないと驚愕した。


 そしてロベルトを送り届けたリキュー。



 執務室に残されたボルケとガダスは、顔を見合わせた。

ボルケが「全身泥塗れだし、風呂でも行くか?」と言って、無言で頷くガダスを連れ、風呂場に向けて歩き始めた。


 その途中でジャイアントアミメオグロヌーを厨房に置き、「ステーキで頼むよ。3人前でな」と料理長に声をかけた。


「了解です。大きいので、明日の朝もオグロヌー肉で良いですか?」

「おう、頼むよ。たぶん一瞬でなくなるな」

「ええ、美味しそうですから。みんな、お代わりしそうです」



 侯爵家の厨房は、冒険者や護衛、諜報活動の者達の為に、24時間待機している。朝夕2交代の5名体制で、15人が在中だ。いざとなれば戦って食材を狩れる、食のエキスパート集団。

 侯爵家の厨房には珍しい物が多く集まるので、その道のシェフには人気なのだ。給料は高くないが、冒険者として食材を捕まえてくれば、ボルケに買い取って貰えるので損はしていない。




◇◇◇

 2階の執務室から1階の浴室へ向かう、ボルケとガダス。


「解呪してくれたんですね?」

「おう。試しに叫んで見れば良い。「俺は逃げるぞ、くそハゲのバリーボスめ!」とか言ってみろよ」


「くそハゲ、クッ。確かにテッペンはげだけど」


 吹き出したガダスに、「そうか。そいつテッペンが……。カッパだな」と追いうちをかけて、笑いを誘導する。


「か、カッパって、伝説の妖怪じゃん。アハハハッ、まあ欲塗れで妖怪っぽいけどな」


「もうバリーボス侯爵とか言わないで、カッパで統一しようぜ! イメージしやすいしよ」


「統一って。会ったことないんだろ、あんた。いろいろ酷いな」


「よく言われるよ。あと、ちゃんと説明しろとかな」


「そうだろうな。呪術を解いてくれた人も聞いてたよな。あのリキューって人も、一瞬で連れて来たってことは、何も言ってないんだろ?」


「たぶんな。俺が呼んでるって、引っ張ってきたんだと思う」


「そうか。ははっ。もう、良いや。あんた達の知りたいことは何でも話すよ。その後に殺したって良い」



 ガダスはよく分からないものの、何だかスッキリしていた。バリーボス侯爵達(侯爵と呪術師)に呪術も返り、大量の電撃のような痛みを生じると言う。生死も不明だろうと。だからもう、自分も死んでも良いかなと思えた。



「いや、殺さないぞ。お前は治癒魔法がすごそうだから、ダンジョンメンバーに加わって貰う。頼んだぞ」


「いやいや、侯爵。俺のことを信じるのかよ?」


「そうだ。理由が欲しいなら、解呪の代金分働くのはどうだ? 金貨3枚だ。高いだろ?」


「……分かった。まずはその分働いてみるか。でも夜は嫌だ。さっきは死ぬかと思ったぞ」

(そのくらいの金貨なら余裕であるけど……ダンジョンで稼いだ金を渡す方が良いんだよな、きっと)


「まあ、さっきのは仕置きだからな。禊だと思って忘れろ。次は昼の部隊に入れてやるから」


「分かった。よろしくな」




 風呂に行く前。

 何気ない会話で距離が縮まった二人。

 暫くはリキューの監視付きだが、それも長くは続かないだろう。


 

 その日は後から入浴に来たリキューと合流し、ステーキを食べて眠りに就いた3人。ガダスは使用人部屋の一つが与えられ、そこで暮らすことになった。



(敵なのに、呪いを解いてくれたんだな。とんだお人好しだよ。こんな奴らもいるんだな)

 ガダスは心から感謝し、その後裏切ることはなかったと言う。




◇◇◇

「ぐがああああぁぁぁぁぁ、ぐ、ぐるじぃぃぃぃ」


「ガハアァ、グヒィ、ハヒィ、アアアアァァァ(この痛みは呪詛返し、まさか俺の術が破れた、のか?)」



 バリーボスも呪術師も、同時刻に痛みにのた打ち回った。始めは医師が呼ばれるも痛むような所見はなく、のちに魔法使いと呪術師が呼ばれた。


 治癒魔法では勿論効果はなく、呪術師は呪詛返しされたことは分かっても、それに対応することは出来なかった。かなり強度なものだった為、姿紙の依りしろに呪いを吸わせても効果は微弱だった。


「ああ、貴方。しっかりして! 貴方がいないと侯爵家は立ち行かないわ……。誰か何とかして頂戴!」

「お父様、気を確かに。私の婿の話がまだ途中ですわ。アーノルドと結婚させて」

「お父様、今倒れられては困ります。あの事業を一人でなんて無理です! 死なないで。うわ~ん」


 純粋に心配している家族はおらず、それでも目を血走らせて回復を望んでいた。


(こいつら、全部自分のことばかりで、心配の言葉はないのか。クソッ、クソッ)


 ちなみに妻は46才、娘28才出戻り、息子未婚25才、バリーボス侯爵56才である。



 呪術師の方が呪詛返しで受けた影響が強く、自室で息を引き取っているところを、訪問したバリーボスの家令が発見した。家令としては主人の治癒を依頼しに来たのだが、既に遅かった。




◇◇◇

 その混乱の中、ダヌクとナイラインは無事にニャガレビへ入国し、潜伏先へ移動したのだ。

 近辺にはイルワナとイスズが、観察を続けている。



 数日後に新聞で、バリーボス侯爵の急病が発表された。侯爵家では隠蔽していたが、とにかく敵が多いことで情報が漏れたのだろう。



「ダヌク様、これを御覧下さい」

「これは……本当か?」


「私の方で、冒険者ギルドへ調査依頼して来ます。さすがに自分で動くのはまずいでしょうから」

「ああ、頼むよ」


 二人の表情にも侯爵への心配はなく、これからどう動くべきかと、少しだけ明るい兆しに寧ろ喜んでいた。




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