青い瞳の約束
神楽堂
昭和(初期)
春霞の立ちこめる昭和二年三月。
柏木千鶴は、講堂の壇上で校長先生が一つの木箱を開ける瞬間を、胸をときめかせながら見守っていた。
「これは、アメリカからの友情のしるしです。一万二千体ものお人形を、アメリカは日本中の学校に贈ってくれました。アメリカは遠く離れた異国ですが、こうして皆さんたちと仲良くなりたいと願って、こんなステキな贈り物を贈ってくれました」
箱から現れたのは、西洋風の衣装に身を包んだ人形。
金色の巻き毛に、青く澄んだ瞳。
千鶴は思わず目をこすった。
「なんて不思議な目の色……」
周囲の子たちの関心は金色の髪の方に向いていたが、千鶴はその人形の瞳の青さに吸い寄せられた。
まるで海の奥底をのぞくような、どこまでも広がる空のような青い瞳……日本人形の黒い瞳とはまるで違っていた。
放課後──
千鶴は先生に頼み込み、もう一度その人形を間近で見せてもらった。
キャサリンと書かれたタグが、レースのドレスの裾に縫い付けられていた。
千鶴はその日から、毎日キャサリンを見に行くのが日課になった。
「あなたの青い目は、どんな世界を見てきたの……?」
友達が少なかった千鶴は、毎日キャサリンに話しかけるようになった。
小さな声で、今日の出来事や自分の夢や内緒の悩みを語り聞かせた。
人形の青い瞳は、どこか自分の心を覗き込んでいるような気がした。
やがて学校では、子どもたちがキャサリンを囲んで、手紙を書いたり絵を描いたりする「友情交流会」が開かれた。
千鶴は、キャサリンのために折り鶴を百羽折ってガラスケースの周囲に飾った。
その鶴に、千鶴は手書きでこう記した。
「わたしたちは なかよくなれる」
* * *
それから十数年後の、昭和十六年十二月。
日本はアメリカとの戦争を始めた。
新聞には「鬼畜米英」の文字が踊り、町からは英語の看板が一掃された。
千鶴は成人していた。
青い目の人形のことを思い出し、母校である尋常小学校を訪ねてみた。
「すみません。この廊下にキャサリンという青い目の人形があったと思うのですが……」
応対した教員は、淡々と答えた。
「処分しました。敵国から贈られたものですから」
千鶴はその場に立ち尽くした。
あんなにも大切にされていたのに──
あんなにも美しい瞳だったのに──
「違っていてもわかり合える」という小さな希望も、人形と共に捨てられてしまったような気がした。
日本中の学校で、青い目の人形が焼かれたり、竹槍訓練の標的にされたりしたという。
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