P√ -FPSに冥王が紛れ込んだようです-
@pochi_kin
第1話
「負けたらお腹痛くなるからなぁ……。しかも使いたいプレイヤーネームがどれも使われていて最終的に決まった名前がダサすぎるし。やっててデメリットしかないのに、このゲーム面白すぎるのムカつく」
PCの前で一人ごちるのは、黒髪短髪の精悍な少年だった。
年齢は先月16歳になったばかりだが、同世代と比べたらかなり大柄だ。
対比で小さく見えるゲーミングチェアに深く腰をかけている。
―― AAT。assault、attack、tactics。
60人のプレイヤーが3人の部隊を組んで最後の1チームになるまで戦うバトルロワイヤル。
総プレイヤー人口1億9000万人。
常時接続8000万人。
オンラインゲームFPS部門で全世界シェアNo1モンスター級のオンラインFPS。
PC、CS、およびゲームセンターでもプレイ可能で、世界大会など大小合わせれば365日絶え間なく開かれている。
公式主催の大会は賞金は1000万ドル――まさに夢の舞台。
――そんなAATの中で今もっとも話題になっているプレイヤーがいる。
誰が言ったのか分からない。日本のプロゲーマーか、海外の有名ストリーマーか。
だか噂は瞬く間に世界中へと広がった。
「さて、と。今日も潜るか」
3回の深呼吸。
目を閉じて、手をダラリと垂らし、頭は上を向く。
部屋の中で時計の秒針が時を刻む音だけが支配していた。
ゆっくりといつもの姿勢に戻り、目を開ける。
少年の目はまるで感情を失ったかのように冷たかった。
――そして伝説が始まった。
「所詮、日本のプロゲーマーなんてな」
「あぁ、俺らには到底敵わない」
「さっさと終わらせてウォッカ飲みてぇ」
mootubeのライブ配信は大いに盛り上がっていた。
配信主は、エドガー・ジェイコブ率いる『チーム・トライデント』。
18歳で公式大会にデビューし、以降は前人未到の6連覇を達成した最強の男だ。
今回の配信は、大会前の調整と練習試合を兼ねたものだった。
――それが起こったのは、最後の試合。
右上に表示されるキルログ。敵を倒した際に出る通知は、攻撃か撤退かの判断材料になる重要な情報だ。
しかし、ログが常識を超える速度で更新されていく。
しかも、表示される名前はただ一つ――P√。
「……チーターか?」
「P√だと? ふざけた名前だな。まぁ、どうせただの雑魚チーターだ。いつもの陣形で潰せばいい」
「オーケー。俺が後ろから回る。カバー頼んだ」
彼らには絶対的な自信があった。
公式大会で6度の優勝。数えきれない修羅場。
そして、チーターの特性も知り尽くしている。
ダメージに1.5倍の倍率が入るヘッドショットで全弾当ててくるが、立ち回りは素人同然。
つまり、最強の武器を持った初心者。それが、彼らにとっての「チーター」だった。
何度も撃破してきた。
――だが、その経験こそが、彼らから「警戒」という最も大切な武器を奪い去っていた。
彼らにとっては、いつも通りの簡単な仕事だった。
チーターを叩き潰し、視聴者に「俺たちが最強だ」と見せつける。ただそれだけのはずだった。
――配信のコメント欄が突然荒れ出す。
きっかけは、たった一人の書き込み。
それに連鎖するように書き込みが後を追う。
『P√⁉︎ まじか!? 本当に居たのか⁉︎』
『エリックをやった奴だ!』
『観戦モードで見てたけど、あれはチーターじゃない。ただの化け物だ』
ジェイコブはコメント欄に素早く反応した。
エリックを知っている。そこそこ強い有名なストリーマーだ。
「このチーターを知っているのか?」
だが、その間にもチームは配置に分かれ、2対1の陣形を完成させていた。
裏を取った味方から無線が入る。
「エド。裏取ったぜ。やるか?」
「あ、あぁ……タイミング合わせるぞ。3、2、1――」
ジェイコブはわずかな動揺で、カウントに一瞬遅れた。
それは、この場面では致命的なミスだった。
『37キル8773ダメージ。観戦してた時の戦績がこれだ』
コメントがジェイコブの視界に入り、それとほぼ同時に――味方の一人がダウンした。
「やばい! スナイパーライフルで頭を抜かれた後、偏差撃ちで胴体まで抜かれた! コイツ、チーターじゃねぇ! プレイヤーだ!」
偏差撃ち――移動する対象の行く先にエイムを置いて射撃する技術。
プロでは当たり前の技術。
それをトッププロに当てられるかは話が別だ。
ダウンしたのは裏取りに回った一人。
挟撃の陣形なので、すぐには回復に行けない。
ジェイコブは遮蔽の少ない場所にいた。詰められたら隠れる場所はない。即座に、隣の遮蔽物の多い建物に飛び込む。
もう一人の味方は木々の茂る場所に隠れていた。
「どこに隠れたか分かるか?」
「お前らの方に走っていくのは見えたが……遮蔽物が多すぎて、それ以上は……!」
ジェイコブは屋上に登り、索敵を開始する。
倒れた味方の近くにもう一人が音を立てずに接近し、復活を試みる。
――コトン。
復活中の二人のすぐそばに、無慈悲な金属音が響いた。
一つの投擲型爆弾が、静かに転がっていた。
投擲型爆弾には二つの効果がある。
近距離なら、どんなアーマーを着ていても即ダウン。
ダウン中なら、即ゲームオーバー。
味方は考える間も無く距離を取った。
離れさえすればアーマーは全損しても、ライフは半分ほど残る。正しい判断だった。だから、離れた。
しかし、離れた先をよく考えなかった。
パンッ。
一発の銃声が響いた。
この一瞬で、ダウン中の味方は復活不可となり、もう一人の味方は無防備なまま撃ち抜かれた。
ジェイコブは冷静だった。
1対1。戦力としてはイーブン。
一瞬取り乱したが、すぐに持ち直した。
それがプロとしての矜持だ。当たり前だ。
──俺を誰だと思っている。
最強のプレイヤーは俺だ!
銃声は、約80メートル先の岩陰から。
高低差はこちらが有利だ。屋上から一方的に撃ち下ろせる。
攻撃を受けたら後ろに下がるだけで射線は切れる。
ダウンした味方は助けない。
あの化け物が復活を許すはずがない。
手持ちの投擲型爆弾は二つ。
まず一つを岩裏に投げる。
──しかし、その直後。白煙型爆弾が投げ返される。
しかも一つではない。
四方に四つの煙が広がり、視界を完全に奪った。
遠くで爆発音が響く。だがダメージ表示はない。
もう移動済みか……どこだ!? どこにいる!?
──ヒュン。
風切り音と共に、一発のダメージが入る。
ヘッドショット。ダメージは1.5倍。
ジェイコブは困惑した。
相手の武器構成に違和感を覚える。
最前線で戦うなら、スナイパーライフルのサブはSMGやハンドガン。
取り回しが良く、移動速度が上がる武器が常識だ。
それがセオリー。
……だったはずだ。
だが、敵が担いでいたのはクロスボウ。
確かに強い。
弾の発射音は小さく、取り回しもそこそこだが──遅い。
あの化け物は、その遅い武器を二丁持っていた。
意味が分からない。
接近戦はどうする? そのまま戦うのか?
馬鹿げている。
素人同士なら通用するだろうが、ここは世界のトップが集う戦場だ。
そんな構成では、ただの的になるだけだ……!
ジェイコブはメインのアサルトライフルから、サブのショットガンに切り替えて駆け出す。
近距離でのダメージレートは全武器中トップ。
ただし、取り回しは悪く、射程も短い。よほどの立ち回りと精密さがなければ使いこなせない。
だが、ジェイコブは、この武器で世界を制し、六度の頂点を獲った男だ。
――かすかな足音。右からだ。
ヤツは、木々が生い茂り遮蔽物の多い右側から詰めてくる。
ジェイコブは遮蔽物を伝い、足音を消しながら前進する。
一瞬の頭出しで敵影を確認し、スライディングで距離を詰める。
足音は、もうすぐそこだ。
10メートル。
――まだだ。まだ早い。
5メートル。
――今‼︎
そこが、必殺の間合い。
お前の武器じゃ、この空間で戦えるわけがない……。
認めてやる。確かにお前は強かったよ。
だが俺の──勝ちだッ‼︎
遮蔽物を飛び出す。
刹那。
一発の銃弾が、ジェイコブが操作するキャラクターの頭を貫いた。
キーボードとマウスを握る手が、カタカタと震える。
一瞬呆然とし、画面を見た瞬間、モニターはすでにリザルト画面へ切り替わっていた。
YOU LOSE
たった一行の文字。
いつからか、もう見なくなっていた。
プロに入ってから無敗だった。このチームは、ずっと最強だった。
――操作が止まって10秒経つと、自動的に観戦モードに切り替わる。
画面の中では、P√がたった一人で残りのパーティーを壊滅させている。
ゾッとした。
背筋がひやりと冷たくなり、呼吸が止まりそうになる。
回復を、していない。
俺たちのパーティーと戦った後、回復も挟まず別パーティーと戦っている。
背筋が凍るほど、悪魔的な強さだった。
無駄のない機械のような動き。音もなく、冷たい死神のように。
このゲームは3人1組。
1対1なら、物資と技量で勝負が決まる。
2対1なら、普通は勝てない。
3対1で、無傷のプロ3人を相手に勝てるなら。
──それは、もはや人間ではない。
CONGRATULATIONS!!
画面上に最後まで勝ち残ったプレイヤーのリザルトが公開される。
プレイヤーP√ キル43 ダメージ9001。
この日、43の屍を冥府へと誘う深淵の神――プルートが誕生した。
ジェイコブ画面を見つめながら、心の中の何かが、ぽきりと折れる音を聞いた。
――数日後、ネットニュースが騒ぎ立てた。
「チーム・トライデント」、7度目の連覇を目前にして解散。
その衝撃は、業界と世間を震撼させた。
P√ -FPSに冥王が紛れ込んだようです- @pochi_kin
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