第8話 バレンタインチョコは渡したい
「だって、三木川先生も言ってただろ? まずは脱ヤンデレをしよう、って」
「それは……つまり私に平岡君を諦めろ、と?」
冷ややかな幸野さんの視線が俺を刺すけど、そこは違う。
首を横に振り、真っ先に「そうじゃない」と否定させてもらった。
「違うよ。確かに三木川先生は三人に対して『まず好きな人のことは諦めろ』なんて言ってたけど、俺は何もそこまでのことを言ったりしない」
「じゃあ、何が言いたいの?」
茉莉野さんが横槍を入れてくる。
その答えは既に用意していた。俺は頷いて続ける。
「今のままだと三人の恋は成就しない。でも、それはあくまでも『今のままだと』ってだけの話で、改善の余地は全然あると思うんだよ」
「改善の余地、ですか?」
少し嬉しそうに、けれど疑わし気に言う幸野さん。
そういう反応になるのも仕方なかった。
だって、三木川先生は彼女らに『今の恋は諦めろ』と一蹴するだけだったから。
「三木川先生の言いつけは当然守る。三人には脱ヤンデレしてもらう気でいるし、これをしないことには健全で長続きする恋なんて絶対にできないからね。大変だとは思うけど、これは必須事項だ」
「それはわかってるんだけど……」
安推さんもボソッと呟いてきた。
俺はもう一度頷いて、話の続きを繰り広げる。
「要するに、三人に脱ヤンデレをしてもらって、そのうえで今の想い人と結ばれる……所まではいかなくとも、せめて怖がられたり、逃げられたりするのをやめてもらえるレベルまでもっていけないかなぁ、なんて考えたりしてるんだよ。その方が君らのモチベーションも上がるだろうしさ」
「それは上がります。うーんと上がります」
「うんうん、上がるね。ブチ上がり」
「生きる糧になる……」
希望に満ちたように言う三人。
それはそうだ。こうなるのが理想ではあるし。
「バレンタインも近いしね。三人とも、好きな男子にチョコレート渡したいだろ?」
「「「渡したい!」」」
「だったら、そのために脱ヤンデレを真剣に目指しましょう」
「「「目指します!」」」
「俺、色々施策を考えたから、それを一つ一つ実践していってもらおうと思います。いいですか?」
「「「わかりました!」」」
「オーケー。そういうことなら、まず茉莉野さん。あなたはカッターナイフを手放しましょう」
「嫌です!」
「おい!」
この流れでよく堂々と手を挙げて拒否できるなこの人も。
そこはもう「わかりました」って言うところだろうに。
「ちょ、あの、嫌です、じゃなくて、本当に手放して? たった今、頑張ります宣言したばっかだよ? 俺、結構もうスムーズにカッター捨ててくれるものだと思ってたんだけど? 期待し過ぎだった?」
頬を引きつらせながら俺が問うも、茉莉野さんはひらひらと手を横に振って、
「期待し過ぎだよ~。いきなりカッター捨てるのなんて無理無理♪」
なんてことを言い出した。
これは……やはり一筋縄にはいかない。
「『無理無理♪』じゃないよ! 捨ててくださいってばマジで! そんな物騒なもの持って甘いピンク色の恋ができると思ってんですか⁉ 待ってるのは赤い惨劇という名の恋だぞ⁉」
「アハッ♡ それもまたいいかも♡」
「よくない! 断じてよくない! いい加減好きな人を赤色に染め上げようとするのやめて⁉ もはや好きも行き過ぎて殺意になってますってそれ! 俺、恋愛の手助けしてあげてるんだよ⁉ 殺戮の手伝いしてるわけじゃないんだが⁉」
「アタシも愛陽みたいにホルマリン漬け、しちゃおっカナー♡」
「だから、『しちゃおっカナー♡』じゃないんだってば! 俺の話聞いて⁉ お願い! やめて! いえ、お願いですからやめてください! 本来の自分の気持ちを思い出してくださいよ茉莉野さんマジで!」
一人で捲し立てる俺だが、そんな努力もむなしく、茉莉野さんは隣に座る幸野さんとホルマリン漬け談義を始めていた。
本当にいったいこの人たちはどうなりたくて俺に頼みごとをしてきたんだろう。
普通に恋がしたいんじゃないの……?
好きな人にどうにかして振り向いてもらいたいんじゃないの……?
これじゃあ強制的に黙らせて(殺戮)一方的な愛を押し付けてるだけだし、今まで通りなんだから俺不必要じゃん。俺の頑張る意味とは……?
普通に頭を抱えたくなるが、何も状況は絶望だけじゃなかった。
「……たばニャンさん」
安推さんが控えめに手を挙げて俺のことを呼んでくる。
だが、何度も言うが、その呼び方はさすがにマズいので、
「その呼び方やめてね、安推さん。俺の名前は奈束。ちゃんと苗字で呼んでください。社会的に死にますので」
一つ釘を差し、続けて「どうかした?」と小首を傾げる俺。
そんな俺を見て、彼女は自分のスカートのポケットから小さめのジップロック袋を取り出した。
「それは……」
「……うん。香川君のハンカチ」
そう。その袋の中に入っているのは、安推さんが愛用している香川君の使用済みハンカチ。
これを危ない薬、もとい精神安定剤のように使用している彼女だが、見せつけるように取り出して、いったいどうしたというんだろう。匂いの定期吸入でもするつもりなんだろうか。俺たちの見ている前で。
「これを……拙者は……」
「う、うん……?」
「……捨てます。今から」
……ふむ。
捨てる。そのハンカチを捨てる。
……捨てる。……捨てる?
……え?
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