スピーチ

ヤマ

スピーチ

 全校生徒が集められた体育館。

 壇上では、生徒会役員選挙の立候補者たちが、順にスピーチをしていた。



高橋たかはしさんは、前も会計担当でしたが、もう少し予算の使い方を考えるべきです」



木村きむらさんの言葉は立派だけど、行動が伴っていたとは思えません」



 マイクを持った生徒たちは、どこかで誰かの名を出して、冷ややかに言葉を重ねる。

 観客席の生徒たちの中には、それを面白がる者もいたが、ただ、目を逸らしている者もいた。


 私は、後者だった。


 言っていることの是非はともかく、誰かの名前を使って自分を高く見せるやり方が、どうしても好きになれなかった。



 そんな候補者たちの中で。


 ある一人の言葉が、耳に届いた。



 同じクラスの男子で、去年、図書委員をしていたような気がする。

 授業中に何度か声を聞いたことはあるが、それ以上の関わりはない。


「僕は、この学校がもっと『気安い場所』になれば良い、と思っています」


 彼はそう言って、話し始めた。


「廊下ですれ違ったとき、『おはよう』って誰もが言い合える空気とか。声を出す人が笑われない空気とか。そういう当たり前が、当たり前になるようにしたい」


 誰の名前も出さなかった。

 過去の失敗も、他人の至らなさも持ち出さず、自分が何を見ていて、何を変えたいのかを静かに伝えていた。


 騒がしさの中で、水音のように聞こえたその声に、私は耳を傾けた。


 彼のことを知っているとは言えない。

 話したこともほとんどない。


 でも、彼に一票を入れることに決めた。


 名前を書きながら、ふと思った。


 私は、彼の名前をちゃんと知っていたんだな、と。





 数日後の昼休み。

 校内放送で、それが読み上げられる。



「今回の選挙の結果を発表します——」



 お弁当を食べながら、私は、イヤホンを片耳だけ外した。

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スピーチ ヤマ @ymhr0926

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