ダンジョン極める道すがら ~ダンジョンの幸薄底辺探索者が無限引き直しアイテムチケットを手に入れた結果

山外大河

1 無限引き直しアイテムチケット

 現実世界にダンジョンが出現してからはや十年が経過したが、それにより一般市民の生活が変わったかと言われればそれは否だ。

 現代の科学では説明できないようなアイテム……言わば危険物がドロップし、危険なモンスターも出現するその場所が一般人に開放される事は無く、基本はどの国も国家が管理している。

 専門の調査チームを組み、専門のアイテム研究チームを組む。

 今後ダンジョンから持ち出したアイテムを用いて戦争でも起きない限りは、一般人がダンジョン絡みの何かと関わる事機会というのは、精々ダンジョンから出てきたアイテムにより技術革新でも起きた場合に限られるだろう。


 ……あくまで一般人にとっては。


「有った! 脱出ポイント!」


 某地方都市のテナントビル地下から潜れるダンジョンの第5層にて、モンスターの群から必死に逃げる17歳の少年、室月弓弦は政府の調査チームの人間ではない。

 そしてこのダンジョンも、政府が管理している場所でもない。


 政府への報告義務を無視し、民間団体が違法に管理している違法ダンジョン。

 弓弦はそこに潜る違法探索者だ。


 そんな弓弦は発見した青い魔法陣が刻まれた部屋へと足を踏み入れる。

 5階ごとに一部屋、外へと繋がる魔法陣が張られた部屋が出現する。

 道中碌なアイテムを拾えず、超ハードモードになった今回の探索に置いて、砂漠のオアシスのような存在だ。


 そしてそのオアシスにヘッドスライディングを決め、心の中で帰還の意思を示す。

 するとその直後眩い光に包まれて、弓弦の視界がダンジョン内部からテナントビルの一室に移り変わる。

 それを確認して深く息を吐いた。


 今回も無事に帰ってきた。


「おお、戻ってきたか。ご苦労さん」


 そう言って中腰の姿勢で声を掛けてくるのは、強面な顔面に黒いサングラスに黒スーツ。おまけに左手の小指が無いという一般人からかけ離れた風貌の三十代半ば程の男。

 百点の暴力団員の風貌をした暴力団員である。

 しかも若頭。


「ほらよ、スポドリ飲むか? 冷えてんぞ」


「ど、どうも。宮下さん」


 ゆっくりと起き上がった弓弦は宮下からペットボトルを受け取り、代わりに腰に下げていたポーチを手渡す。


「これ、今日のアガリです」


「おう」


 そう言ってリュックサックを受け取った宮下は詰められたアイテムを物色し始める。

 これが彼のシノギだ。

 違法に管理しているダンジョンから出てくるアイテムを闇で売りさばく。

 もしくは銃刀法で制限されている武器の代わりとして利用する。

 昨今の暴力団関係の問題の中心の一角を担うのが彼だ。


「どうですか今日のは……正直あんまり深く潜れなくて碌なのないかもしれませんけど」


 ダンジョンでモンスターを倒すとレベルが上がり、身体能力やアイテムから引き出せる力も強くなるのだが、ダンジョンは入るたびにレベルが1になり地形も変わってしまう。

 故に普段は10から20層程まで進める弓弦も、今回は運が悪く5層でリタイアだ。

 深く潜れば潜る程良いアイテムが見付けやすい関係上、今回は碌な成果が上がっていない気がする。


 アイテムのレアリティを図る為の虫眼鏡のようなアイテムを使って成果物を吟味していた宮下は軽く溜息を吐いてから言う。


「正直ガラクタばっかだな」


「す、すみません」


「じゃあこれを売却した際の推定金額から元金の返済と利子を差し引いて……ほら、今日の報酬だ」


 そう言って手渡されたのは千五百円。

 命を賭けて戦って千五百円である。


「ありがとうございます!」


 それに対しいつものように元気よくその報酬を受け取った。

 十分だ。

 自分はこの人に対してあまりにも大きな恩がある。

 寧ろ貰い過ぎな位だ。


「……」


 何故かバツの悪そうな表情を浮かべる宮下。

 彼は小さく溜息を吐いた後、問いかけてくる。


「おい弓弦。お前最近ちゃんと飯食ってんのか」


「え、食ってますけど……」


「昨日何食った」


「モヤシ炒めです。後は奮発して味噌汁も作りました。もやしの味噌汁です」


「肉とか食ってねえのか」


「いや食いましたよ。先々週に肉野菜炒めとか作りましたんで」


「……」


 小さく溜息を吐いた後、宮下は言う。


「おい、今から飯行くぞ」


「え……飯行くって、外食できるような金は流石に……」


「俺が行くって言ってんだから俺が出すんだよ」


「え、良いんですか?」


「組の若い者に飯食わせる事位別におかしな事じゃねえだろ」


「いや俺組員じゃないですし……借金返す為に働かせてもらってるだけで」


「どっちみち雇用主なんだから殆ど変わらねえだろ。行くぞ! 肉食うぞ肉! ちゃんと栄養取れ! てめぇにはもっと働いて貰わねえと困るんだからよ!」


「は、はい!」


 元気よく弓弦は返事を返した。


 宮下という男が世間一般的に良い人と呼べる人なのかは正直分からない。

 ヤクザ……暴力団。そうしたカテゴリーの人間に対する一般的な評価を考えれば、呼んでは行けないのかもしれない。


 それでも弓弦にとっては恩人だ。


 多額の借金を残して、妹と自分の二人を残して蒸発した親父の代わりに借金を返す事になったという最悪な形で関係を持った相手ではあるけれど。

 妹が病気になって途方もない金が必要になった時に、返す当てもないのに手術費を貸してくれたのが宮下だ。

 ……この人にその恩を返す為なら、命を賭ける程度の事ならお安い御用。


 ダンジョンでレベルアップできるのは、一部の選ばれた人間だけ。

 偶々選ばれた才能で恩を返せるなら、命を賭ける位お安い御用だ。


「そういや実家から米送られて来たんだけど、少しいるか?」


「い、いえ大丈夫です!」


「本当か?」


「主食が無くても主菜があれば生きていけますからね。同じ主ですから」


「……明日事務所に置いとくから持ってけ」


 ああそうだ。

 この人から借りたお金はちゃんと返さなければならない。

 利子という形で恩を返せるなら、それで良い。


     ◇◆◇


 初夏。

 明らかに高そうな焼肉を奢って貰った翌日、正直ありがたい事に米を譲ってもらえる事になった為に組の事務所に向かおうとしていた訳だが、直前に連絡が入り米が向こうからやってくる事になった。


「おう、邪魔するぞ」


 アパートの玄関に米袋を担いだ宮下がやってきた。


「良かったんですか本当に。態々持ってきてもらって」


 申し訳なく思い頭を下げるが宮下は言う。


「さっき連絡した通り野暮用が出来たからな。そのついでだ。気にすんな」


「野暮用……ああ、とりあえず何か飲み物……麦茶で良いですか? というか麦茶しかないんですけど」


「おう、頼むわ。で、米此処に置いときゃいいか?」


「あ、そこで大丈夫です」


 言いながら冷蔵庫から麦茶を出し、コップに注ぎご提供。

 丸テーブルの前に胡坐を書き座った宮下はそれを半分程飲んでから言う。

 

「ま、お前も座れ。長話とまではいかねえが、お前に伝えとかなきゃならねえ事があってな」


「はあ…………まさか今月のアガリが悪くて返済の金が足りないとか。だったら今日も潜りますよ俺!」


「馬鹿野郎、ただでさえ危ねえ事やってんだ。休息は大事だろ……潰れて貰っちゃ困るんだよ。てめぇみたいなのは中々替えが効かねえんだからよ」


 まあ確かに自分のようにダンジョンに潜れる人間かつ、借金のかた等の理由で非合法な活動をさせられる相手など中々見つからないだろう。

 だからこそ同僚もいない訳で。


「ちゃんとノルマも達成してる。で、俺が今日足運んだ本題はそんな事じゃねえ。そんな事ならちゃんとお前を事務所に呼びつけてるわ」


 言いながら懐から一枚のチケット状の紙を取り出す宮下。


「これは? なんか見覚えがある気が……」


 記憶を辿って、やがて思い出す。


「あ、多分これ俺がダンジョンで拾った奴……ですよね。良く分かんねえ紙切れだけど一応拾っとくかってポーチに詰めて……これがどうしたんです? ガラクタだったんですよね?」


「それが昨日の時点じゃ別のアイテムに挟まっててコイツに気付かなかったんだ。で、今日見付けて改めて詳しく調べたらとんでもねえ代物だった事が分かった」


「そうなんですか?」


「ああ」


 宮下が頷いてから言う。


「無限引き直しアイテムチケット。市場ではそう呼ばれてるみてえだな」


「無限引き直しチケット?」


「コイツを使うとアイテムがランダムで出現する。しかも気に入ったのが出て確定させるまで引き放題だ。流行ってるスマホのゲーム……ソシャゲって言うんだったな。アレでいうところの、リセマラって奴が出来るわけだ」


「えっとつまり……とんでもないレアリティのアイテムが出るまで引き直し続ける事ができると」


「ああ。故に時価三千万円っていう値がついてた」


「三千万!? す、凄いじゃ無いですか……じゃ、じゃあそれを売って三千万に……」


「待て待て。どう考えたって三千万じゃ安いだろ」


「安い……んですかね?」


 首を傾げる弓弦に宮下は言う。


「ああ。何せ実質的に希望したアイテムが手に入る代物だ。参考程度にお前、使ってる武器のレアリティは?」


「Cランクの刀ですね」


「そう。最低がDランクでその一つ上。で、もし最高レアリティのSSランクの武器を手にしたとすりゃ単純に考えても一気に四段階アップ。実利はもっと上だろう。つまり戦力アップでより深くまで潜れるようになる。そうなりゃ稼ぎも増えるってもんだ」


 そう言って宮下はチケットを差し出してくる。


「そんな訳でお前が使え」


「い、いや確かに戦力アップにはなるでしょうけど……良いんですか? 確実に三千万ですよ?」


「どのみち三千万じゃ返済金額には足りねえんだ。何かしらの有用アイテムに変えてお前が自分で使った方が回収効率が良さそうに思うんだがな」


 ……強力なアイテムを持っていても、どれだけ熟練した技能が有っても。

 不確定要素で呆気なく命を落とす事もあるのがダンジョンだ。

 そう考えれば確実に三千万円を回収した方が宮下的には良いと思うのだが。


 それでも。


「……まあでも宮下さんが言うならそうなんでしょ」


 多分彼の立場でそれをしないという事は、きっとそれが合理的なのだろう。


「じゃあそれで行きましょうか」


「よし来た。じゃあ早速始めるか。一応テーブルどかすぞ」


「あ、俺やりますよ俺」


 テーブルを動かそうとした宮下に代わって部屋の隅にやり、宮下曰殺風景な部屋に十分なスペースを確保。


(……でもこれ態々持ってこなくても、俺が事務所に足運んでやればよかった話なんじゃないかな?)


 とはいえこれも宮下の判断だ。

 きっとそうするべきだと思ったのだろう。

 だったら今はそれで良い。


「使い方は分かるか?」


「ええ、なんとなく」


 ダンジョンで拾えるアイテムは持って帰る物もあれば状況を打破する為に使う物もある。

 似たようなアイテムに様々な効果を発動させるお札があるが、あれと同じく使う意思を示せばそれでいい筈だ。


「じゃあ行きますよ」


「おう」


 麦茶をもう一口飲みながらそう答えた宮下の言葉を聞き、ガチャチケットを発動。

 直後正面の床に魔法陣のような物が出現。

 それから深い霧が魔法陣の上を覆い、数秒してそれがはれ出現したのは……黒い小槌だった。


「どうです? これ」


「うーん……Dランクだな」


 虫眼鏡状の鑑定用アイテムを使いながら宮下は言った。


「てことは」


「引き直しだな。どんな効果が付与されているかは分からねえが、いつもの成果物と違って鑑定後の試運転が出来ねえ。使ったらそれに決めた事になっちまうからな。根気はいるかもしれねえが、最高位のSSランクの何かが出るまではリセマラだな。リセットマラソン」


「了解です」


 そう言ってチケットの力を使って小槌を消滅させる。


「じゃあ次」


「はい」


 そんな訳で。

 どの位で終わるかは分からないが、リセマラ開始だ。


     ◇◆◇


 Dが三十一回、Cが八回。そしてBが一回。

 計四十回のトライの結果がそれだ。


「お前、クジ運悪いだろ」


「いや、でも商店街のガラポンで五千円分の商品券当たった事ありますよ」


「それは普通に当たりだな……」


 実際自分のクジ運がどうなのかは分からないが、最高位のSSランクどころかAランクもまともに拝めない。一回だけしか引いてないBランクもまともに拝めているとは言えないだろう。


 そんな訳で中々に時間がかかる。


「それなりにサクっと終わると思って来たんだけどな」


「お時間大丈夫ですか?」


「ん、ああ。それは大丈夫……っとちょっと待て」


 宮下のスマホに着信音。

 そしてスマホに表示されている相手の番号を一瞥した後、弓弦に鑑定アイテムを手渡す。


「ちょっと電話出てくる。外居るから進めてろ」


「あ、はい」


「じゃあそういう訳で……もしもし宮下です」


 言いながら部屋の外に出ていく宮下。


「……さて」


 ……最初からこうしておけば良かったのかもしれない。

 やっている事は単純作業だ。

 態々宮下の手を借りる必要もない。

 あの人は時間は大丈夫だと言ったが、それでも自分よりもそこに価値はあるだろうから。

 こういうのはきっと、自分で完結させた方がいいと思う。


 そう思いながら四十一回目のトライ。

 今度は何が出るか。

 霧が晴れる前から鑑定用アイテムを構えて注視する。


 結果、出てきたのはDランクのアイテムだった。


 ……否、本当にアイテムと言って良いのかは分からない。


「……え?」


 そこに居たのはボロい布切れを身に纏った二、三歳程年下に見える、肩よりも少し長い綺麗な金髪と碧眼が特徴な女の子だったのだから。

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