レコーダーの中身

蒸らしエルモ

カチリと再生を押した



 ───記者さんってのは、こんな山奥まで取材に来ないと行けないんですか?

 大変ですねぇ。


 ……ああ、他の取材のついでですか。

 わざわざ来るような場所ではありませんからね。合点がいきましたよ。



 へえ、なるほど。津波が襲った海側ではなく、山の方の被災地の今を見に来たと。

 あれから12年ですからね。

 どうでしたか?


 ええ、ええ。



 ……そうでしたか。


 更地になってしまったあちらとは違って色々残ってますからね。

 かえって手がつかない面もあるかもしれません。

 それに避難先から帰ってこようにも、荒れてしまっていてどうにもならない人もいることでしょう。特に立ち入り禁止にされていたところは、もう一から開墾するのに近いでしょうからね。

 畑が藪になっていて大変だ、なんて話も聞きましたよ。


 それで、どんなことをお聞きになりたいので?



 ふむ。

 それはあまり、褒められた話じゃあないですよ。


 そちらもお仕事ではありましょうが、いささか不謹慎でしょう。



 ……まあ、少しなら付き合いましょう。

 具体的に何が聞きたいのです?



 ■■■■■■旧トンネルですか。

 もう随分昔に使われなくなりましたね。それこそ、40年いや50年くらいになるでしょうか。


 はい?

 使われなくなったのは大した理由ではありませんよ。

 トンネルを通り抜けた先にある村がなくなって、道路を使う必要がなくなっただけです。

 村がなくなったのもダム建設のためで、特に問題があったなんて話は聞いたことがありませんね。


 事故があったなんて話も聞いていませんし、あそこが心霊スポットなんて言ったら地元の人間に笑われますよ。


 だから、あそこで人影を見たくらいならともかく、追いかけられただの、車の窓いっぱいに手形をつけられただのは全部作り話だと思いますよ。



 はははっ。

 いやいや、世の中危ないことは少ない方がこしたことはないですよ。

 まあ、心霊現象を期待していた記者さんとしては物足りないでしょうがね。




 …………そうですね。

 多少動機は不純ですが、きちんと話を聞きに来られたことですし、このまま成果なしでお帰りいただくのも忍びない。

 1つ、お話をいたしましょうか。



 記者さんは、心霊現象と一括りに言っても、その実細かく分けられることをご存じで?


 祟りと呪いは別物なのですよ。

 まあ、それらも更に区分けができますがね。


 でも、不思議なことに共通するルールがあるのですよ。


 ほら、聞いたことがありませんか?


 見るな、聞くな、話すな、触るな、知るな。


 後ろの方はよく話から落とされてしまいますが、見るな聞くなあたりは結構な頻度で聞くかもしれませんね。


 さて、ですからこれからする話もこのルールを守ったものになります。

 話せないところも教えられないところもあります。

 そこは仕方がないと諦めてください。




 ここはお寺ですから、不可思議な話に接する機会は多くなります。

 更に言えば、こんな辺鄙なところに寺があるのは必要だからなのですよ。


 なぜ必要か?

 それは明かせませんよ。察してください。


 ああ、あと立地にも意味があるんですよ。

 例えば、何かを奉る。何かを鎮める。あるいは蓋をする。隠す。誤魔化す。偽りを信じこませる。

 まあ、色々とあるのです。


 ……それでは寺よりも神社の方が相応しくないか、そう言われてしまうと弱りますね。


 なんだ、記者さん結構勉強されているんですね。


 でも、神仏混淆なんて言葉があるように、人には神と仏の区別がつかないのですよ。

 いや、違うものであると知っていても、いざ目にするとどちらがどちらなのか分からないと言った方がいいでしょうか。知識と理解はまた別なものと言うわけです。



 まあとにかく、ここには寺が必要で、この寺にもおかしな話を持ち込まれたりするということです。

 それで、供養とかお祓いだとかをする次第でして。

 この話も、葬式に出てくれと頼まれた時の話になります。


 葬式に出てくれと頼まれた時、まず驚きました。

 この辺り、といっても山の麓のことですが、そこから離れたとある村の方からお声がかかったのです。


 寺や神社は、その周辺地域の社会と強く結びついています。よほど大きく有名な寺社ならともかく、ある程度法要を頼まれる範囲は決まっておるのですよ。ここもそうで、山の麓かその近くの家ぐらいになります。

 そのいつもの範囲から外れた地域の家から頼まれて、はっきり言ってしまえば困惑をしたわけです。


 付き合いのある寺や神社はないか尋ねてみれば、近くの寺の住職は何やら不在であるらしく、初七日を迎える前に葬式を挙げるにはここしか頼れないと話すではありませんか。


 怪しいでしょう?


 ですが断り辛い話ですし、断るための明確な理由もありませんので引き受けざるを得ませんでした。


 その村はこの寺から山を2つほど越えたところにありまして、もっと近くに頼めるところはあるだろうと思いました。しかし一度引き受けた手前、後になって止めるわけにもいきません。


 やっとの思いで村に着くと、既に五日が経つと言うことですぐに葬式となりました。


 ええ。妙な話です。


 一息ついたら葬式が始まるとのことで、袈裟を整えてお棺のある座敷へと通されました。



 踏み入った瞬間に、何を感じたと思いますか?



 ああ、それは違いますよ。でも、そちらの方が良かったでしょうね。



 血の臭いですよ。



 むわりとむせかえるような生臭さと鉄臭さに溢れていたのです。

 驚いたことに、座敷で既に待っていた村の衆や、家族たちはまるで気にしていませんでした。


 いえ、ご家族は悲しまれていましたよ。

 亡くなられたのはお子さんらしく、お母さんもお父さんも泣いていました。


 ですがねぇ。……いえ、なんでもありません。


 葬式はつつがなく執り行われました。

 読経をして香をあげて、出棺までえらく手際よく進みました。普段から頼んでいる住職ならともかく、遠くから呼んできたのに滞りなく進められるのは何かおかしいですけどね。



 葬儀も終わり、精進落としを振る舞われた時に小耳に挟んだことがあります。

 村の若い男性が、言ったんですよ。「これで年を越せる」と。

 彼は年長の男に怒られていました。

 きっと言ってはならないことだったのでしょう。



 ああ、最後に。

 この年は、かなり広域で不作だったんですよ。

 家畜も人も、山の獣すらも飢えるような年でした。


 はははっ。彼はどうして年を越せるようになったんでしょうね。






 ───カチッ。



 レコーダーの再生を止めた土田の手は震えていた。


「……なんだ、これは」


 確かに土田は被災地の今を取材に行った。

 海だけでなく山にも向かった。

 それは間違いない。


 相槌を打つ声や時おり挟まる質問も土田の声だった。

 普段からレコーダーで自分の声を聞く機会は多い。聞き違いようがない。


 だから、彼は震えていた。



 こんなものを録音した覚えがないからだ。


 さらに、話をしていた男の声にも聞き覚えがない。

 こんな話も聞いていない。



 レコーダーの表示を見る。


 録音した日付は、土田が取材に行った日であった。


 土田は力なく、レコーダーを机に置く。


「勘弁してくれよ……」


 ガリガリと頭をかく彼は、いつもの癖で録音されていた話を思い出していく。


 ふと、何かが引っ掛かる。

 土田は躊躇いながらも、再び録音を再生した。


 もう一度聴いて、疑問は確信に変わった。



「こいつは誰だ?」



 話し声の主は、一度も自分を指す言葉を使っていなかった。

 記者さんだの村の衆だの、他人を指す言葉を使いながら、自分のことは私とも住職とも言わなかったのだ。


 加えて、最後の話。

 そんな大規模な不作や飢饉は、いったいいつの話なのだ?


 そこまで考えたところで、停めていたはずのレコーダーが勝手に再生を始めた。




『でも、不思議なことに共通するルールがあるのですよ。


ほら、聞いたことがありませんか?


見るな、聞くな、話すな、触るな、知るな。』




 レコーダーが停止した。



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