第9話 日に焼けた思い出の今

百合の家に上がるといつものようにリビングに案内されるんじゃなくて百合は二階に続く階段の方に俺の手を握って歩き始めた。

連れられるままに階段を上っていくとリビングに案内される時よりも花の香りがより強く感じていくのが分かった。

階段を上った突き当りに、“入る際にはノックを”と書かれた紙が貼られたドアがあった。そこで百合は立ち止まって張り紙の張られたドアを開けた。


「どうぞ、入っていいよ」


百合はそれだけを言って一階に下りて行ってしまった。

困惑しながらもついにあの時期待した望みが叶ったと思い部屋に入った。

部屋に入ると百合から香ってくる優しい花の香りがより近くに感じて一階に行ったはずの百合がすぐ近くにいるかのようだった。

初めて百合の家に行った時のあの胸が躍るような気まずさと好奇心が混じった胸の高鳴りを思い出した。


とりあえず気持ちを落ち着かせるために床に正座になって座り、部屋の中を見渡してみる。

見渡すとリビングに飾ってあるように写生画や写真が飾ってあった。

気になって座ったのにまた立って近づいて観てみることにする

写生画は最近描いたと思われるものから日焼けしてしまっているものがあった。

写生画の隣にモデルとなったであろう写真が飾ってあってその写真も最近のものから

同じように日焼けしてしまっているものがあった。


順々に見ていく中、一つの作品に目が留まった。

それは幼い子供二人が同じ花を一輪ずつ持って満面の笑みを見せている絵だった。

その絵だけはなぜか写真がなかった。でも俺はこの絵に見覚えがある気がした。

初めて見た絵なのにずっと昔に見たことがあるような気がしてやけに懐かしさがあった。よく絵を見ると子供二人の背景には今日、百合と一緒に行ったお人好しな老店主のいる服屋に似た建物が描かれていた。

懐かしさを感じながらも他の絵も見渡していると机の上にまた目を止められるものがあった。


「なんだ?この写真」


あまりにも不思議で声に出してしまった。

写真にはまだ蕾のままのはずの校庭の花壇の端にあるマリーゴールドが咲いている姿があった。その写真を見ているとなぜか胸が痛くなった。かと思えば安堵からくる温かさが全身に染み渡った。


「お待たせー、お菓子選ぶのに時間かかっちゃった。」


写真に気を取られていると百合が戻ってきた。


「百合、この写真なんだけど」


「写真?」


写真が気になって百合に聞いてみるも百合は不思議そうな顔をしていた。


「ほら、この机の上にある写真」


「机の上?」


「うん、あれ?なくなってる」


振り向いてもう一度机の上を見るとあのマリーゴールドの写真はもとからそこには何もなかったかのように机の上から跡形もなく消えていた。


「気のせいだったんじゃない?それよりさ、ゲームでもやろうよ」


気のせいじゃない。俺は確かにあのまだ咲いていないマリーゴールドが咲いている写真を見た。けど、百合は気にすることもなく座布団を敷いてゲームをやる準備をし始めた。まるでさっきの会話がなかったみたいに。


「ほら、座って!」


何が起きているのか考えていると百合が床に敷いた座布団の上をポンポンと叩きながら俺をゲームをやろうと催促してきた。とりあえず考えるのは止めて百合に言われるままに座ることにした。


「何のゲームするの?」


聞くと百合は何か企むように顔をにやけた。


「賭けをしようじゃないか」


「賭け?」


「うん、今からやるゲームで負けた方は勝った方の言うことを聞くの」


「それはまた急になんでそんなことを」


変な企みが百合らしくてまたかというような呆れ声で言うと百合は子供が怒られた時に言い訳をするみたいに口を尖がらせた。


「だってただいつもみたいにゲームをするのはつまらないでしょ?こういうのって確かマンネリ化って言うんだっけ?だから賭けをしていつもより面白くしようかなって思ったのに君は乗り気じゃないみたいだね」


そう言ってそっぽを向く百合が可愛いかった。


「ごめんごめん、受けるよその賭け。何のゲームで勝負するの?」


「言ったね、二言はなしだよ!」


顔を明るくさせた百合はそう言ってスイッチのホーム画面から人気の高いレースゲームを選んでコントローラーを渡してきた。


「レースゲーム?」


「そう、最近練習してるんだ。だから見せつけてやろうと思ってね」


自信ありのどや顔で百合は俺を見てきた。


「へぇ、じゃあ見せてもらおうかな百合の練習の成果というものを」


俺も偉そうに言って見せた。


「随分と君も自信があるみたいじゃない。ま、勝つのは私だけどね」


何気に二人で対戦ゲームをやるのはこれが初めてだったから俺も百合もかなりやる気になっていた。

心理戦のじゃんけんをするみたいで勝負前からワクワクしている自分がいた。

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