マリーゴールド(書き直しver.)

ぽてえび

逃せない想い出

第1話 目覚めの始まり

夏休み、

おそらく学生のほとんどが好きであろう長期休み。

もちろん、俺もその学生のうちの一人だ。

けど、夏は嫌いだ。

この季節は年々暑くなるばかりだし、学校に行くだけで汗だくで外に出るなり灼熱の太陽がこれでもかと体をステーキのように焼きに来る。

そのおかげで普段あまり外で遊ばない俺の肌は日に焼けた色になる。

だから俺は休みが好きでも夏は嫌いだ。



逆にそんな俺とは違って休みも夏も大好きだと言う奴を俺は知っている。

そいつは中学二年の頃からの付き合いでよく知った友達だ。

教室でグダっている俺と廊下から目が合うなり笑顔でその少女は向かってくる。


「明日から夏休みだよ!」


俺の机に叩くように勢いよく腕を立て、ぴょんぴょんと飛び跳ねる少女はもう何度目かの夏休みだというのに初めてかのようにはしゃいでいる。


「そんなにはしゃがなくてもいいと思うんだけど」


「え?なんで、夏休みだよ!? 嬉しくないの?」


終業式が終わった放課後の教室。

まだ幼さが残っているような甲高い声が俺と少女、二人だけの教室によく響く。


「休みは嬉しいけど夏は嫌いなんだ」


「またそう言って〜」


「ほんと、君って変わらないよね」


俺と少女が出会ったのはちょうど今みたいな夏休み前の終業式終わりの放課後だった。

俺は委員会の仕事で学校の花壇に植えられている花たちに水やりをしていたところだった。


「何してるの?」


「見ればわかるでしょ」


「君は冷たいね、ちょうどそのお花たちにやってる水みたいに」


「なんか用なの?」


やりたくもない仕事をやらされてイライラしていたから余計に少女の言葉に当時は腹がたった。


「いや、こんな暑い中一人で水やりなんて大変だなって思って」


「だから俺を茶化しに来たの?」


「悪いけど、そんなのに付き合ってる暇ないんだ」


「そんな気持ちでお花に水やるなんてお花が可哀想だよ」


イライラを我慢していたところにさらにストレスをかけられたおかげで、流れ乱れる川をせき止めていた自然の堤防が水圧に耐えきれず崩壊するかのように怒りが濁流のごとく流れてくるのを感じた。その勢いに任せ、少女に対して何か言ってやろうと思って振り返った。が言おうとした言葉は濁流が人工の堤防に簡単に止められてしまうかのように既のところで喉に突っかかった。

少女はハッとした表情を見せたかと思いきやその顔は次第に怒りに満ちて瞳は涙に満ちた。

それを見て戸惑っていた俺に少女は震える唇を開いた。


「足で踏むほどお花が嫌いなら最初からその委員会になんて入らなければよかったじゃん!」


震える声で言われて足を見ると咲いたばかりであろう小花が振り返った時に踏んでしまったのか無様にも俺の足によって踏み潰されていた。


「あ…」


不本意だったから俺は急いで足をどけた。


「かして」


そう言って少女は俺が持っていたジョウロを無理やり俺の手から奪い取り、せっせと自分の仕事でもないのに花たちに水をやり始めた。


「え、あの、」


「ごめんね、痛かったよね」


少女はまるで俺が居なくなったかのように花たちに謝りながら水を撒く。

俺はどうすることもできなくて、ただ黙って立っていることしかできなかった。


「ごめんね、ごめんね」


花たちに謝りながら水をまく少女を見続けているとだんだん自分の中に罪悪感が湧いてきて目頭が熱くなってきた。

次第に喉までもが痛くなってきてこれ以上耐えれそうになくなったとき勝手に声が出た。


「あの、ごめん!」


自然と出た声は思っていたよりも大きくて震えていた。

けど少女はそっぽを向いたままだ。


「ほんとにごめん」


俺がそう言うと少女は耳だけを向けて聞いてきた。


「何に対して?」


「もし私に対して謝ってるのならそれは間違ってるよ」


そう言われて俺はしゃがんで踏んでしまった小花をそっと手に乗せた。


「踏んづけてしまってごめん、嫌々水やりしてごめん」


我慢していた涙がバケツから水が溢れ出てしまうかのように自分の目から溢れ出た。

溢れる涙を抑えていると少女はいつの間にかどこかに行ってしまったようで近くにはいなかった。



うずくまって落ち着きを取り戻した頃、足音が近づいてきた。


「はい、」


顔を上げると少女が水を入れた二つのジョウロのうち一つを差し出してきた。


「ここの花壇広いんだから一緒にやるよ」


「でも、いいの?」


「逆にだめなの?」


「ううん」


「じゃ、ほら立って」


「うん、」


しゃがんでいたから足がしびれるのを感じる。


「あ、あの」


「百合」


「え?」


「あの、じゃなくて私の名前!」


「百合、 姫紅 百合!」


「あ、なるほど、」


「ありがとう、 百合さん」


「…呼び捨てでいい」


「え?あぁわかった。ありがとう、百合!」


照れくさそうに少女、百合は目を背けた。

それが俺と百合の出会いだった。

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