『オタクちゃんが恋したら現実もゲームになった件』
トムさんとナナ
『オタクちゃんが恋したら現実もゲームになった件』
第一章 現実世界に強制エンカウント
「本日もログインしました!マスター、今日のリアルクエストはなんですか!?」
朝焼けの空が広がる部屋で、高校二年生の小日向ユメは、布団の上で飛び跳ねながら叫んだ。手には愛用のコントローラー、頭にはヘッドセット。彼女の脳内は常にオンラインゲーム「ファンタジー・ドリーム・クロニクル(FDC)」の世界で構築されており、現実のすべてを「ゲーム」として認識していた。
リビングからは、朝食の準備をする母親の「ユメ、もう! 朝からうるさいわよ! 早くご飯食べなさい!」という声が響く。ユメにとって、母親は「クエストNPC」、学校は「初心者用のフィールド」、クラスメイトは「パーティメンバー候補」だった。そして、彼女の「マスター」とは、FDC内で結婚した「レオン」こと、クラスメイトの男子、柏木トウマである。トウマは現実では「そんなことありえない」と否定しているが、ユメのゲーム脳にその言葉は届かない。彼女は今日もFDCのルールで現実を生きていた。
そんなユメの「リアルクエスト」に、突如として新たな「ボスキャラ(?)」が出現した。転校生の神代レンだ。
レンは、背が高く、端正な顔立ち、成績優秀、運動神経抜群。まさにFDCでいうところの「伝説級装備を身につけた廃人プレイヤー」のような、パーフェクトなスペックを持つ男子だった。しかし、彼はなぜか、常にユメの奇行に遭遇する運命にあるようだった。
ある日の放課後、ユメは図書室で「知識の書(教科書)」を探索中、うっかり積み上げられた本を崩してしまった。もちろん、ユメの中では「謎の幻影に襲われた」という認識だ。
「くっ、まさかこんなところに『ダークリーディングゴーレム』が潜んでいるとは! ユメ、フルバースト!!」
ユメが教科書を剣のように振り回した瞬間、崩れた本がレンの頭に直撃した。
「いってぇ! 何やってんだ、小日向!」
レンは眼鏡をずらしながら、頭を抑えて呻いた。
「おお、これはまさかの『強制エンカウント』!? 神代くん、あなたは『隠しボス』だったのですね! ダメージは軽微ですが油断はできません!」
ユメは冷静に分析し、倒れた本の中から「回復ポーション(絆創膏)」を取り出そうとした。
レンは呆れ果ててため息をついた。「お前、いつもそうだよな。現実とゲームの区別がつかないのか?」
「何を言っているんですか、神代くん。現実世界も、無限に広がる壮大なMMORPGじゃないですか! ほら、あなたもこの世界の『NPC』、あるいは『イベントキャラ』の一人でしょう?」
レンは絶句した。転校してきて以来、この少女の言動には度々遭遇してきたが、ここまでだと逆に一周回って清々しい。
「俺はNPCでもイベントキャラでもねえ! いいか、小日向。俺は転校生で、お前のクラスメイトだ!」
「ふむ、新たな『ライバルパーティ』、あるいは『協力NPC』の登場ですか。どちらにせよ、私のクエスト進行に影響を与える存在ですね!」
レンは頭を抱えた。この少女をどう攻略すればいいのか、彼のどんなゲーム攻略脳でもまったく理解できなかった。彼の「現実世界での冒険」は、こうしてユメという名の「レジェンド級ユニークモンスター」によって、予測不能な方向へと舵を切ったのだった。
第二章 コミカルなクエストは続くよどこまでも
レンは、ユメのあまりに突拍子もない言動に最初は困惑し、徹底的に距離を置こうとした。しかし、ユメはそんなことお構いなしだ。
「神代くん、緊急クエスト発生! 体育の授業で『ボール奪取』ミッションです! 私の援護射撃をお願いします!」
体育祭の練習中、パスが来ないユメは、レンに「連携スキル」を要求。レンは渋々ユメのパスを受け、華麗なシュートを決めた。
「ナイスです、神代くん! 経験値が爆上がりしました! これで『体育スキル』がレベルアップです!」
「俺は別に、お前の経験値稼ぎに付き合ってるわけじゃない」
そう言いながらも、レンはどこか、ユイの純粋すぎるゲーム脳に毒され始めている自分を感じていた。彼女の言葉に、思わず「ここはこう動くべきだったか?」と考えてしまう自分がいたのだ。
ある日の放課後、ユメはレンを「街角の隠れ酒場(カフェ)」に誘った。もちろん、ユメにとっては「高難度ダンジョン」だ。
「ここが『街角の隠れ酒場』ですか……! マスターは『伝説のバーテンダー』、メニューは『秘薬』の類い……なるほど、これは上級者向けダンジョンですね! 私は『MP回復薬(カフェラテ)』を!」
ユメは真剣な顔でマスターに注文した。マスターは相変わらず何も言わず、しかしどこか楽しそうにカフェラテを淹れた。
レンは隣で赤面しながら頭を下げた。「すみません、マスター。こいつ、ちょっと変わってて……」
「大丈夫だよ、坊主。面白い嬢ちゃんだね」マスターがにこやかに答えた。
ユメはカフェラテを一口飲むと、目を輝かせた。「うおおお! これは良質なMP回復薬! まさか現実世界でこんな効果的なアイテムがあるとは! これなら次の『ボス戦』も乗り越えられます!」
そんなユメの姿を見て、レンは呆れながらも、思わず笑みがこぼれた。彼女は、周りからは奇妙な子だと思われているかもしれないが、その純粋さ、一生懸命さには、人を惹きつける不思議な魅力があることに気づき始めていた。そして、そのドタバタが、彼の日常を少しだけ明るくしていた。
第三章 バグか、それとも恋の始まりか?
レンは次第に、ユメの「リアルクエスト」に強制的に、そして半ば自ら巻き込まれていく。
ユメが「校内の七不思議を解明せよ」というクエストを始めた際には、放課後の旧校舎に付き合わされた。暗闇の中、ユメが「隠しボスが潜んでいるはずです!」と叫びながら、古びた掲示板を叩き始めた時には、さすがのレンも頭を抱えた。
「ユメ! いるわけねえだろ! これはただの古い掲示板だ!」
しかし、そんなコミカルな日々の中で、レンはユメの意外な一面も知っていく。ゲーム以外のことには疎いが、困っている人がいると真っ直ぐに手を差し伸べようとする優しさ。自分の信念を貫く強さ。そして、何よりも、彼女の屈託のない笑顔が、いつの間にか彼の心に特別な感情を芽生えさせていた。
(これ、まさか『攻略対象フラグ』ってやつか? 俺の攻略キャラ、まさかユメなのか!?)
ある日の放課後、ユメが一人で図書館の片隅に座っていた。いつもは騒がしい彼女が、どこか元気がないように見える。レンは心配して声をかけた。
「おい、ユメ。どうしたんだ? まさか、リアルでレベルダウンしたのか?」
ユメは俯いたまま、小さく呟いた。「……レオンが、最近FDCにログインしてくれないんです。もしかして、私、『アカウント停止』されちゃったんでしょうか……?」
ゲーム内での「夫」であるレオン(柏木トウマ)が、最近忙しくてゲームに顔を出せないことを知ったユメは、現実世界でも元気をなくしていたのだ。
レンは、ユメの純粋すぎる寂しさに、胸が締め付けられるのを感じた。そして、同時に、強い衝動に駆られた。
「あのな、ユメ」レンはユメの隣に座り、真っ直ぐに彼女の目を見た。「ゲームの世界だけが全てじゃない。現実世界にも、お前を必要としてるやつはいるんだぞ」
ユメは顔を上げ、レンの目を見つめた。その瞳には、少しだけ涙が浮かんでいる。
「……レン……」
「俺は、お前の『現実世界における最強パーティメンバー』だ。レオンがログインしなくても、俺はここにいる。お前のクエスト、ちゃんと手伝ってやるから」
レンは、自分の言葉が、ゲームの比喩になってしまっていることに気づき、頬を染めた。しかし、ユメはそんなレンの言葉に、小さく微笑んだ。
「はい! ありがとうございます、レン!」
ユメの笑顔は、いつものゲーム脳全開のそれではなく、どこか人間らしい温かさを帯びていた。その瞬間、レンの頭の中には「恋愛イベント発生!」の通知が鳴り響いた気がした。
第四章 新たなクエスト、その名は「告白」
レオン(柏木トウマ)が試験勉強でしばらくFDCにログインできないことが判明し、ユメは一時的に「マスターロス」状態に陥っていた。しかし、その間、レンが献身的にユメの「リアルクエスト」に付き合った。
ユメは次第に、レンのことを「頼れるサブリーダー」と呼ぶようになった。彼女にとってレンは、ゲームでは得られない「現実」の優しさや支えを与えてくれる、特別な存在になっていった。
ある日の放課後、教室で自習をしていたレンは、ユメからのメッセージ通知を受け取った。
「緊急! 神代レン殿へ! 本日、新たな『リアルクエスト:最重要ボス戦』を起動します。このクエストは、単独での攻略を推奨します。場所:学校の屋上。時間:放課後」
レンは思わず苦笑した。また何かとんでもないことを企んでいるのだろう。しかし、彼の胸は、これまでのどんなゲームのラスボス戦よりも高鳴っていた。
屋上に着くと、ユメが一人、手すりの向こうの夕日を眺めていた。彼女は、珍しくゲームパッドを持っておらず、ただ静かに立っていた。
「ユメ、何だよ、最重要ボス戦って?」
ユメはゆっくりとレンの方を振り向いた。その顔は、いつもより真剣で、そして少しだけ緊張しているように見えた。
「レン……」
ユメは深呼吸すると、真っ直ぐにレンの目を見つめた。その視線は、ゲームの画面越しではなく、確かに「現実」のレンを捉えていた。
「あの……私、レンのことが、好きです! 私の『現実世界でのパートナー』になってください!」
レンは、予想外のストレートな告白に、完全にフリーズした。ユメの言葉は、ゲーム用語を交えながらも、真剣で、ひたむきな感情が込められていた。
「おい、ユメ……ま、マジなのか?」
「マジです! これは『デッドリーリアルクエスト』です! 断ったら、私のHPがゼロになります!」
ユメは、半ば冗談めかしながらも、瞳は真剣だった。
レンは、ユメの純粋すぎる告白に、思わず笑ってしまった。そして、彼女の頭をそっと撫でた。
「ああ、分かったよ。お前の『現実世界でのパートナー』になってやる。ただし、俺はNPCじゃねえからな。お前も、もう少しだけ、現実を見ろよ」
「はい! ありがとうございます、サブリーダー!」
ユメは満面の笑顔で、レンに抱きついた。レンは照れながらも、その温かさを感じていた。
第五章 エンドロールはまだ早い!
その日以来、ユメとレンの日常は、さらにドタバタとしながらも、確実に「ラブコメ」へと進化した。
ユメは相変わらず現実世界をゲームとして認識しているが、少しだけ「現実スキル」も向上していた。相変わらず突拍子もない行動に出るが、レンが優しく軌道修正してくれる。
「レン、今週の『アイテム収集クエスト』は、給食費と牛乳代を忘れないことです!」
「それは当然だろ、ユメ!」
レンもまた、ユメとの日々の中で、彼女のユニークな魅力にますます惹かれていた。彼女のゲーム脳は時に面倒だが、その純粋さ、真っ直ぐさ、そして何よりも彼だけに見せる無邪気な笑顔が、彼の心を掴んで離さない。
「なあ、ユメ。今度、俺の好きなゲーム、一緒にやってみるか?」
「え!? 本当にですか、レン!? それは『協力プレイ』の誘いですか!? わ、私、頑張ります!」
ユメは目を輝かせた。レンはそんな彼女の姿を見て、幸せそうに微笑んだ。
学校の屋上には、夕日が沈み、空には一番星が輝き始めていた。
二人の「現実世界における冒険」は、まだ始まったばかり。たくさんの笑いと、少しのドタバタ、そして甘酸っぱい恋のイベントが、これからも彼らを待ち受けているだろう。
ユメとレンの物語の「エンドロール」は、まだまだ先のようだ。
『オタクちゃんが恋したら現実もゲームになった件』 トムさんとナナ @TomAndNana
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