終章:暁の影にて

 夜が明けた。


 長い、あまりにも長い夜だった。

 世界が神に見られ、人が神に答えたあの一夜を越えて、

 ようやく、空に光が戻ってきた。



 私たちは、それぞれの道へと戻った。

 誰も死ななかったけれど、皆“何か”を喪っていた。

 だからきっと、それぞれの場所で、自分の生き方をもう一度選び直している。



 アダムは、山の奥へと去った。人を避け、けれどどこか穏やかな表情で。


 リアは、小さな村で火の扱い方を子どもたちに教えながら暮らしている。


 セバスチャンはどこへ行ったのか誰も知らない。でも時々、ふと何かの影に気配を感じることがある。


 アナク・セトは東方の砂漠に旅立ち、「かつての神々」の記録を綴っているらしい。


 ギルは海の底へ帰った。今もどこかで、静かな波に包まれているのだろう。


 そして、カリオストロは……姿を消した。



 私は今、丘の上にある祖父の墓の前にいる。

 墓標は簡素な石の塊で、名前すら刻まれていない。

 けれどその足元には、私があの夜に使った銀の鍵が埋められている。


 それは、もう開けるべき門を失った鍵。

 けれど、“選ぶこと”を許す道具として、ここに残している。



 「おじいちゃん」


 私は静かに、語りかける。


 「あなたが残してくれた問いは、私たちが答えたよ。

 怪物たちは、人間なんかよりよっぽど真っ直ぐだった。

 そして神は、敵じゃなかった。

 ただ、私たちが“意思を持てるか”を試しただけ。

 私は、選んだ。生きることを。

 彼らも、それぞれに、選んでくれた」



 風が吹き、雲が割れ、朝の光が差し込む。

 私は立ち上がる。



 「もう、“狩人”なんて名乗らないよ。

 でも私は、あなたの孫であることを、誇りに思ってる。

 だから、どこかでまた誰かが門の前に立つとき、

 その人が“選べる”ように、私は物語を伝える」



 私の背中に、誰かの気配がふっとよぎる。


 振り返っても、誰もいない。

 けれど確かに、そこには“何か”がいたような気がした。


 それが、カリオストロだったのか、神だったのか、あるいは祖父の残した“目に見えない遺産”だったのか――

 もう、知る必要はないのかもしれない。




 世界は、選ばれた。

 誰かにではなく、自分自身によって。




 私は草原を歩き出す。

 誰もいない朝の道を、ひとりで進む。

 狩人はもういない。

 けれど、“物語”はまだ終わっていない。


 それが、人間の強さだから。


 そして私は、それを信じて歩いていく。

 どこまでも。



(完)

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最後の狩人(ラスト・ハンター) S.HAYA @spawnhaya

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