第2章 後編:血の試練

 私は、城の地下へと向かっていた。


 カリオストロ伯爵の命による“試練”――

 それが何を意味するのか、彼は何も語らなかった。ただ、「古き血が蘇る」とだけ。


 長い石階段を下りるたび、空気は冷たく、重くなっていった。

 蝋燭の明かりが届かないほどの深さ。古びた壁には、ヴァンパイア文字らしきものが刻まれている。


 深く、深く、潜っていく。


 そして、底へとたどり着いた瞬間――

 私は、腐敗した血の匂いに息を詰まらせた。


 地下礼拝堂。そこは、棺の墓所だった。

 無数の石棺が並び、中心には崩れかけた十字架が突き立っている。


 その十字架の下、棺のひとつが――すでに開いていた。


 「……間に合わなかった?」


 私は一歩踏み出した。すると、空気が凍る。

 棺の中から、ぬるりと何かが這い出してきた。


 それは、人間の姿をした“死体”だった。

 目は虚ろに光り、皮膚は乾ききって皺だらけ。

 けれど、動く。歩く。喉を鳴らし、こちらに牙を向けて――吠えた。


 “吸血鬼の落胤”――カリオストロがかつて葬った同族の残骸。


 私は剣を抜いた。ヴァンヘルシング家に伝わる銀の刃。

 祖父のようにうまくは使えないけど、私にはこれしかない。


 「……来なさい、血に飢えた亡者。狩られる覚悟はあるの?」


 叫ぶと同時に、獣が襲いかかってきた。


 その戦いは短くなかった。


 動きは鈍いはずなのに、鋭さだけが妙に残っていた。

 鋭い爪が頬をかすめ、マントが裂ける。私は背中から転がり、石床にぶつかった。


 「っ……!」


 だが、私は逃げなかった。

 むしろ、その瞬間にようやく理解したのだ――


 この“試練”は、ただの戦闘ではない。


 彼らが何者であり、なぜ“狩られる側”だったのか。それを知る儀式なのだ。


 獣の目に、かすかに涙のようなものが浮かんでいた。


 「……あなたも、昔は人間だったの?」


 私は剣を下ろした。


 「苦しかった? 生きたまま、化け物になって、それでも死ぬことすら許されなかったの?」


 そのとき、獣の動きが止まった。


 一瞬の隙を突けば、仕留められただろう。けれど、私は――しなかった。


 代わりに、銀の剣の柄を逆手に持ち、静かに突き出した。

 まるで“終わり”を与えるように。


 「おやすみなさい。あなたの苦しみも、ここで終わる」


 剣が胸に届いた瞬間、亡者は何も言わずに崩れ落ちた。

 まるで、安堵したような顔をして。



 私は血と汗にまみれながら、地上へと戻った。

 月はまだ赤く、城の尖塔に差し込んでいた。


 玉座の間。そこに、カリオストロは立っていた。


 「終わったか」


 私はうなずいた。


 「彼は……ただ、苦しんでいただけだった。あなたと同じように」


 その言葉に、カリオストロは沈黙した。

 そして、初めて目を閉じ、静かに言った。


 「……お前には“殺し方”ではなく、“終わらせ方”がある」


 ゆっくりと彼は近づき、私の前で膝を折った。


 「ならば、我が剣となれ。ヴァンヘルシングの孫よ。

 この夜を終わらせるために――共に歩もう」


 私は右手を差し出した。


 「ようこそ、カリオストロ伯爵。私たちの戦いへ」


 握られた手は、冷たかった。だが、その奥に確かな意志が宿っていた。



 こうして、最初の“怪物”が、私の仲間となった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る