【試作⑤】よつばさん『器物損壊』が過ぎます!!

 ドンドンドンドン!


「ちょっと苧環さん! うちの子、いるんでしょう!? 返して! 返してちょうだい! 今すぐ返してくれたら、警察には通報したりしないから! ねっ!?」 


 ドンドンドンドン!


 ⋯⋯。


 どうやら、お母さんにバレたみたいだ。

 今のところ居留守を決め込んでいるものの、いつまでもつやら。

 まだ警察には通報されていないみたいだが、母親のことだ、どんな手段に出るのか、わかったものではない。


 ぎゅ。


 よつばさんが僕の手を強く握りしめた。


「だ、大丈夫。ち、ぬときはいっしょ」


「う、うん!」


 死ぬ覚悟ならできていた。


 でも


 生きる覚悟もできたところだ。


 僕たちは、生きるために足掻くことを。


「決めた!」


 僕はよつばさんの手を取って言う。


「駆け落ちしましょう!」


 返ってきた言葉は。


「ヤ!」


 ええ〜!?


「マーチヘアとベアベアーは置いてゆけない!」


 先日買ったウサギとクマのぬいぐるみのことだ。彼女、この子たちに名前をつけて、自分の子どものように可愛がっている。


「いっしょに連れて行くに決まってるでしょう? 僕たちの大切な子どもなんですから!」


 よつばさんは顔を真っ赤にして、僕の手をさらに強く握りしめた。 


 今度こそ!


「駆け落ちしましょう?」


 ⋯⋯答えは?


「ヤ!」


 ええ〜!? ⋯⋯よつばさんが目を瞑りましたよ? 今度はなんですか?


「き、キスしてくれたらか、考える⋯⋯」


 もうっ! いちいち可愛い!!


「キスしても良いんですか?」


「ヤ!」


「じゃあ、どうしたいんです?」


 よつばさん、目を瞑ったまま僕の手をギュッと握ります。

 考えてみたら僕たち、主従関係はあっても交際しているわけではありません。同じベッドで寝ていても、肉体関係があるわけでもないのです。


「ヤ!」


 じゃあ、どうして目を瞑ってるんですか?

 天邪鬼あまのじゃくですね!


「よつばさん! ごめんなさい!」


 僕はよつばさんのほっぺを両手で挟み込み、『う』のカタチにしたくちびるに吸いついた。


「んっ!?」


 どうなっても知らない!

 引っ叩かれたってかまわない。どんな罰でも受けましょう。僕は死んでも生きると決めたのだから、これからすることにひとつも後悔を残したくない。


 よつばさんと一緒なら地獄の底まで行ってもいい。


「ん⋯⋯」


 よつばさんのちからが抜けて、僕に体重を任せて寄りかかる。

 よつばさんのシャンプー、クリアフローラルの香りがする。そして柔らかい。なめらかなプリンに口をつけているみたいだ。


「んん⋯⋯」


 っ!? なんてことでしょう。僕の口のなかによつばさんの舐めていたであろうラムネが入って来る!?


 んん⋯⋯それもたくさん。


 二人の口の中のラムネがなくなるまで続きます。


「⋯⋯よつばさん、過剰摂取オーバードーズが過ぎますよ?」


 僕のファーストキスはラムネの味でした。


「にゅふふ♡」


 よつばさん。


「ん♡」


 ラムネをもっとください。


「ん♡」


 もっと。


「ん♡」


 もっとです。


「んん⋯⋯プス?」


 何でしょう?


「い、イイ、よ? か、駆け落ちしても」


 うん。

 ですがその前に、もっもラムネをください。


「ん♡」


 ぷは。


「よつばさん」


「んにゅ?」


 よつばさんの耳もとに近づく。


「よつばさんて『エッチ』ですよね♡」


 耳にくちびるがつく距離だ。


「にぎゃ!? ぷ、プスからキスしたくせににゃ、生意気にゃまいきにゃ!!」


「僕は飼い主さまの欲求には全力で応えます♪」


「ぼ、ボキュは欲求不満じゃにゃいじょ!」


 とか言いながら、目を瞑るのはどうしてですか?


「ん♡」


 それから、何回も飼い主の欲求に応えた僕たちは放心状態になりながら、しばらく身を寄せ合っておりました。



 ドンドンドンドン!


「苧環さん! 居るのはわかってるんですよ! うちの子を、まことを返してちょうだい!! ほら、ここを開けなさい! 開けないならこちらにも考えがありますよ!?」


 ドンドンドンドン!


 ⋯⋯ヤバい、逃げ遅れた!?


 ガチャ。


 よつばさん!?


「うるさい⋯⋯」


「やっと出てきたわね、この泥棒ネコ!! うちの子をたぶらかしてどうしようって言うの!?」


「うるさいと言った⋯⋯」


 よつばさん、いつもの吃音がありません。本当によつばさん?


「そんなことよりうちの子に会わせなさ──」


 ──パン!


「きゃっ!? な、ななな、なにすんの!? 警察呼ぶわよ!?」


「よべばいい⋯⋯」


 よつばさん?


「もう立派に暴行罪だからね? 頭おかしいんじゃない、あんた!?」


「よべばいいと言った⋯⋯」


 まるで別人みたい。


「ほら、まこと! 帰るわよ!」


 お母さんに手を引かれて、半ば強引に外へと引っ張り出された。


「ボキュのペットに手を出した。後悔することになる」


「知るもんですか! ほら、帰るわよ、まこと!」


「よつばさん!」


「プス、少しだけ待ってて?」


 そう言うとよつばさんは自分の部屋へと戻った。


 僕はお母さんに引きずられるようにして、隣の実家へと放り込まれた。

 二度とは戻りたくなかった場所だ。


 拒絶反応が強すぎて吐き気がする。


「ほら、まことちゃん? 勝手に居なくなったんだから、どうなるか解っているわよね?」


「や、やだ! 僕はよつばさんのところへ帰ります!!」


「あらあら、いつからそんな反抗的な──」


 ──ギュイイイイイン!!


「な、何!? 何の音!?」


 ドッドッドッドッドッドッ⋯⋯


「まさか隣のイカれ女!?」


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!


 ドン!


 壁が切られた!?


「プス、お待たせ?」


「よつばさん!!」


 ドッドッドッ⋯⋯

 右手にゾウさんを模したチェーンソー。

 左手にクマ携帯。


「あんた、正気じゃない!!」


「この部屋のどこが正気?」


 実家には、餌入れ、水入れ、ペット用トイレシーツが設置された大きなサークルがあった。


 僕の部屋だ。


 僕には見慣れた部屋だったが、よつばさんの嫌悪感がすさまじい。


 バリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!


「こんなものいらない!」


 僕の部屋が跡形も無くなりました。なんなら、地面も削られているくらい。以前の僕の悪臭がします。


「あっ、あんた──ひいっ!?」


「もう二度とボキュのプスに手を出すな?」


「ま、まことはわた──ひっ!?」


 ──ドッドッドッ⋯⋯


「出すなと言った⋯⋯」


「わ、わかりました。二度とまことに手を出しません」


『わ、わかりました。二度とまことに手を出しません』


 スマホに録音したようです。ついでに部屋の写真を撮りまくっているようです。


「言質はとった。プス、行くよ?」


「はい♪」


 僕、よつばさんとならどこまでもついて行きます! そこが例え地獄だったとしても、よつばさんと一緒なら、僕は笑っていられる気がするから。


 僕たち二人は駆け落ち用に、用意しておいた荷物とマーチヘア、ベアベアーを連れて家を出ました。






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