最終話 ようやく交わった道
「あ、あのですね、わたくし、颯斗さんに大切な話があるのです」
「僕に……?」
「はい、それはとても大切なことで、颯斗さんには知っておいてもらいたいの」
カレンの眼差しは真剣そのもの。偽りのカレンを演じていた頃とはまったく異なる。心臓が今にも飛び出しそうだが、カレンは必死に抑え込み辛うじて冷静さを保つ。
いつものカレンではないオーラが漂い、本当に大切な話だと颯斗は理解し真面目に聞こうとしていた。
「うん、分かった。カレンさんの話、ちゃんと聞くよ」
「わたくしは……颯斗さんのことを心から愛しています。これは偽りなんかではありません。女神に誓ってもいいです。本当に颯斗さんが大好きで、元の世界に戻ってきたときは、心から嬉しかったのですわ。でも──」
ありのままの自分でカレンは素直な気持ちを颯斗に伝える。嘘偽りのない本当のカレン──颯斗への気持ちは本物で心から愛おしいと思っていた。
普通なら告白の見返りとして返事を貰うはず。だが、カレンの求めた見返りは誰もが想像つかないものであった。
「でもね、わたくしは女神であり、人間である颯斗さんとは生きる時間が違いすぎるのです。そうよ、生きる時間が違いすぎるのよ……。ですから、わたくしは颯斗さんと一緒に歳をとることが出来ないのです。だけど、この想いだけは本物、偽りなんかでは決してありませんわ」
「カレンさん……」
「ただ、勘違いしないで欲しいの。わたくしが本気になれば、時間の問題なんて些細なもの。だって、颯斗さんを強引に天界へ連れていけばいいのですから」
「僕はカレンさんが──」
「颯斗さんダメよ、それ以上先は言わないでください」
カレンは颯斗の唇に人差し指を当て、それ以上先の言葉が外に出るのを防ぐ。颯斗からの返事を望んでおらず、仮に聞いたとしても答えは分かりきっている。
緊張と羞恥心はすでに消え去り、今のカレンには大人の余裕がある。それこそ、颯斗が不意打ちで唇に指を当てられ、顔が真っ赤に染まる姿に笑みが浮かぶほど。
今なら怖いものは何もない。カレンは颯斗の耳元で囁き、自分の望みを伝えるという大胆な行動に出た。
「颯斗さん、わたくし、本気ですからねっ。だ、け、ど、今回だけは、そうよ、今回だけね、千年も待っていた人に譲ってあげる。で、も、もし、わたくしが恋しくなったら心で呼んでくださいね。どんなに離れていようとも、どんなに時間がかかろうと、アナタのもとへ必ず参りますので」
女神の吐息の破壊力は抜群。一瞬で颯斗の耳を真っ赤に染める。カレンが場を支配し、颯斗は人形のように固まってしまった。
「これくらいで真っ赤になるなんて、やはり颯斗さんは可愛いですわ」
カレンの頭の中にあるのは最後の願いを叶えること。女神であるのを忘れ、ひとりの少女として颯斗の目の前にいる。最初で最後のワガママ、悔いが残らないよう心の声に従った。
「ねぇ、颯斗さん、最後のワガママを聞いてもらえませんか?」
「待って、最後ってどういうことなの!?」
最後という言葉が颯斗の心を大きく揺さぶる。覚悟をしていたとはいえ、本人の口から直接言われるとまた違って聞こえる。
ウソであってほしい。
本音はあの幸せな時間を失いたくなかった。
頭では理解していても、心がそれを拒絶してしまった。
「ふふふふ、別に断ってもいいですけどね」
「だから最後の意味を──」
颯斗の疑問に答えることなく、愛しき人の顔を両手で優しく掴むカレン。相手に拒否権は与えない。自分の方向へ強引に向けさせると、本当のキスを颯斗にしてみせた。
チョコレートのような甘いキス。
頭の中がとろけていくのが分かる。
三度目にして初めてのキスがカレンのワガママであった。
「──!?」
「もう、天界へ戻るね。わたくしのキスの味、忘れないでくださいね。そ、れ、と、このことは莉乃さんには秘密ですから」
初めて出会った時のカレンはいない。吹っ切れたのだろう。別人のようなオーラがカレンから漂っていた。
「天界に戻るって……」
「だって、颯斗さんと一緒にいたら、わたくし本気で奪っちゃいそうなんですもの。それに、わたくしは女神、ですから任務が終わったら戻るだけですわ」
「……分かったよ。寂しくなるね」
「わたくしは、いつでも颯斗さんを見守っています。ですから、涙なんて流さないでください。最後くらい笑顔で送って欲しいんです」
楽しい時間は永遠に続かないもの。カレンが女神だと知ってから、いつか終焉の日が訪れると覚悟してた颯斗。これほどまでに早いのは想定外であり、涙がこぼれ落ちないよう必死に我慢する。
別れとは悲しくもあり切ない。だからこそ出会いを大切にする必要がある。寂しさを心に閉じ込め、颯斗はくしゃくしゃの笑顔でカレンを見送ろうとした。
「それでは、この数日間楽しかったですわ。またいつの日かお会いしましょうね」
カレンの合図で天から光柱が伸びてくる。それはまるで運命に縛られた手綱にも見えた。女神の笑顔を最後まで見せながら、カレンは天界へと戻っていく。
絶対に忘れてなるものか。颯斗はその光景を瞳に焼き付け、宝物として心の奥へ大切にしまいこんだ。
「カレンちゃんは帰ったんやな」
「うん……」
「ウチは絶対にいなくならへん。せやから、ウチが颯斗はんの涙をぜーんぶ受け止めたる」
莉乃の優しい言葉が颯斗の堤防を決壊させる。大粒の涙が止まることなくこぼれ落ち、莉乃が無言でそれを受け止めた。頭を撫で落ち着くまで聖母のような温かさで待ち続けた。
莉乃の頭の中で蘇る数々のカレンとの思い出。
衝突ばかりではあったが、今となっては大切な宝物だ。
口元に笑みを浮かべ、莉乃は楽しかった日々を振り返っていた。
「ありがと、莉乃さん。もう大丈夫だよ、落ち着いたから」
「そか、ウチは颯斗はんが好きや。好きやから、カレンちゃんがいないのは寂しいけど、我慢できるねん」
颯斗の涙が完全に止まったのは数分後。
短いようで長い時間、莉乃はその間ずっと黙って受け止め続けた。
「そんでな、こないなときに言うのもあれやけど……。颯斗はんがトビラの向こうでウチの返事したときな、最後まで聞こえへんかったんよ。せやから、なんて言うたか教えて欲しいねん」
「あー、あれね、あれは……」
「誤魔化すのはなしやで! ウチは颯斗はんに散々気持ちを伝えてるねん。せやから今度は颯斗はんがウチに気持ちを伝える番や」
「それは分かってるんだけど、なんていうか恥ずかしくなったというか……」
冷静になった今では羞恥心には勝てない颯斗。緊張で鼓動は高鳴る一方。同じ言葉を二度も言い放つのは抵抗がある。視線を逸らすのが精一杯だったが、今の莉乃にはまったく通じなかった。
「言うとくけど、前世が女神だろうと、そんときに颯斗はんの前世を好きやったとか、そんなん関係ないん。たとえ、前世で出会わなくても、ウチは颯斗はんを好きになっとったで! せやからそんなん気にせんで、颯斗はんの気持ち教えてーな」
力強い莉乃の言葉に気圧され、観念した颯斗は何を言ったのかもう一度語ろうとした。
「わ、分かったよ、ちゃんと話すから、もう少し離れてよ」
「しゃーないな、颯斗はんは照れ屋さんなんやから」
慰めてくれていたとはいえ、抱きつかれたままは恥ずかしすぎる。颯斗は真っ赤に染まった顔で、莉乃が離れていくのを待った。
一方、余裕がありそうな莉乃は、颯斗からの返事に心音が激しいダンスをしている。もしフラれでもしたら──考えただけで恐ろしくなり、自分が欲しい返事がくるように祈りを捧げた。
見つめ合ったまま過ぎていく時間。
お互いの緊張が最高潮に達すると、ついに颯斗が重い口を開き、運命の返事が勢いよく飛び出した。
「もう一度だけ言うね、あのとき僕が言ったのは──僕は莉乃さんのことが世界で一番好きな人ってことだよ……。前世とか魂とか関係なく、今目の前にいる莉乃さんが好きなんだ」
分かっていたが、二度目の返事は恥ずかしすぎる。それこそ顔から火が出そうなほどで、可能ならば今すぐにでも颯斗はこの場から逃げ去りたかった。
「ホンマに? ホンマにウチのことが世界一好きなん!?」
「うん、本当だよ。この気持ちは本物だし、前世の影響なんかじゃないよ。そう、これは僕自身が出した答えなんだ」
「ウチ嬉しすぎて泣きそうや」
「もう泣いてるじゃないか」
「もぅ、そこはウチに合わせてくれなー」
「あははは、ごめん、今度から気をつけるよ。それじゃ、旅館に戻ろうか、莉乃」
「せやな、颯斗」
お互いの想いがようやく届いた瞬間。
最初こそ偽りではあったが、本物へと変化し運命の赤い糸を手繰り寄せた。本当に内に眠る魂の影響がなかったのか。それは誰にも分からない。少なくとも、今を生きる颯斗と莉乃が恋人同士になったというのが事実。
二人の背後では女神の少女と青年が優しく微笑みを見せる。時代を超えても同じ想いだったのが嬉しかったはず。女神と人間は生きる時間と世界が違いすぎ、結ばれる事は決してない運命だった。
その運命を覆せたのはシズクという存在がいたからこそ。シズクの思い通りの世界にはならなかったが、結果的にはおよそ千年越しの恋が成就する。
この先、運命のイタズラが二人を引き裂くかもしれない。
確実に言えるのは、どのような試練が立ち塞ごうとも、二人なら乗り越えていけること。その証拠に颯斗と莉乃の手は、恋人繋ぎという固い絆で繋がっていた。
女神の雫 朽木 昴 @prime1128
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