第30話 真の告白
「う、うぅ、ここはいったい……」
「颯斗さん、よかった、颯斗さんが帰ってきてくれましたわ」
「あれ……。カレンさんに莉乃さんまで、これは夢なのかな」
「夢やない、夢やないで颯斗はん。ちゃーんと、現実世界に帰ってきたんやで」
止まったはずの涙が再びこぼれ落ちる。悲しみの涙ではなく歓喜の涙。同じ涙でも意味合いは真逆で、その嬉しさは天にも昇るほど。
二度と再会できなかったはずが、奇跡という魔法で再会できた。ふたりは言葉にならない喜びを分かち合っていた。
「僕は確か次元の狭間で彷徨ってたはずなのに……」
「ウチには、よーわからんけど、颯斗はんが戻ってきたっちゅーことは間違いない」
「わたくし、嬉しくて涙が止まりませんわ」
「なんでか分からないけど、戻ってこれてよかったよ。覚悟してたとはいえ、永遠に次元の狭間を彷徨うとこだったからね」
生還不可能な次元の狭間から生還したのに、颯斗はどこかぼんやりしている顔。嬉しいのは間違いないが、いまいち実感が湧いてこなかった。
「でも、本当にどうして戻れたんだろ。カレンさんなら何か知ってたりする?」
「ふぇっ!? わ、わたくしですかっ! え、えっとですね、多分なんですけど──」
理由はひとつしかない。謎の声の主が力を貸してくれた、ということ。宝石のようなモノから生まれ、その素性はまったく分からない。何者なのかも不明だが、カレンにはある程度の予想はついていた。
「この宝石のようなモノが与えてくれた奇跡だと思いますわ」
「これっていったい……」
颯斗に見せたのは光を失っている宝石のようなモノ。見た目も美しく、惹き付けられる魅力がある。ただ何かに似ている。それも颯斗がよく知るものに。まったく同じではないが、どことなく見覚えのある形状だった。
「まさか──女神の雫じゃないの? えっ、だって女神の雫はシズクさんになって、そして消滅しちゃったじゃない」
驚き首から下げているネックレスと比較する颯斗。多少の違いはあれど女神の雫にそっくり。だからこそ宝石のようなモノを女神の雫だと思ったのだ。
「颯斗さんの言う通り、女神の雫ですわ、多分ね。絶対にそうだとは言いきれませんが、状況と名もない方からの話から推測すると、それ以外に考えられないと思います」
「それじゃ、シズクさんが力を貸したってこと?」
「いいえ、それは違いますわ。この女神の雫はシズクさんのとはまったく別のモノ。おそらくこの女神の雫は──わたくしが流した涙から出来たモノのはずよ」
「そいやウルドさんもゆーとったな、女神の雫はひとつじゃないみたいなこと」
「そういえば……。つまり僕が戻って来れたのは、カレンさんが流した涙が女神の雫となって、その力のおかげってことだよね?」
「は、はい……」
「僕なんかのために泣いてくれるなんて、カレンさん、ありがとう」
「あんな、ウチも泣いとったんやけど? むしろ号泣やったと思うんやけどー?」
「そ、そういえば……。忘れてたわけじゃないよ、ちょっとまだ頭がぼーっとしてただけだからね」
忘れていたなど言えるはずもなく。上手く誤魔化しはしたが、颯斗の額からは滝のような冷や汗が流れ落ちた。
「まっ、ええわ。ウチは心が広いから許したるで」
「あ、ありがとう。それでカレンさんは僕のこと泣くほど心配してくれたんだね」
「ふぁいっ!? わたくしはカレンだよ。も、もちろん颯斗さんのことが心配だったから……ですわ」
不意打ちとも言える颯斗の言葉は、カレンを激しく動揺させる。つい先ほどまでは、恥ずかしさより嬉しさの方が勝っていた。だが時間の経過とともに嬉しさの力が弱まり、急に恥ずかしさが表面に浮かび上がってきた。
顔が真っ赤に染まり颯斗を直視できない。
反射的に視線を逸らすも、鼓動は激しいリズムを刻み出す。
頭の中で暴れ回る告白という言葉。想いを伝えたい気持ちは確かなもの。しかし、いざ伝えようと考えただけで、カレンの思考は混乱の渦に飲み込まれてしまった。
「あ、あの、僕がカレンさんに何か変なこと言ったかな?」
カレンに視線を逸らされ、地雷でも踏んだのかと思った颯斗。もちろん事実無根なわけで、カレンが勝手に恥ずかしがってるだけ。そうとは知らず、原因が何か探り始めた。
「違う、そうじゃないんです。わたくしは──」
「ほな、ウチはちょーっとだけ席外したる。せやから、ちゃーんと伝えるんやで、カレンちゃん。言うとくが、颯斗はんは譲らんからな」
「ち、ちょっと莉乃さんっ!?」
気を利かせその場から離れるも、莉乃は意味深な言葉を残していく。後戻り出来ない状況を作り出し、カレンが逃げないようにした。
残されたのは颯斗とカレンのふたり。
羞恥心と緊張でカレンの精神力は限界寸前。
静寂の山道に激しい鼓動のリズムがBGMとして流れる。
心地よい音色に虫達の合唱が加わり、颯斗とカレンを祝福しているよう。ふたりっきりになるのは初めてではない。あれほど会いたがっていたのに、逃げ出したい気持ちが湧き上がってくる。
ダメ、ここで逃げたら願った意味がない。
落ち着かなければ想いを伝えるのは不可能。
カレンは羞恥心と戦いながら深呼吸で心を落ち着かせる。告白とはここまで難易度が高いものなのか。今までこなしてきたどんな任務よりも難しく、それを簡単に達成した莉乃が眩しく見える。ただの人間であるはずが、尊敬の念を抱くほど。
告白する勇気が一向に湧かず、中々一歩目を踏み出せない。カレンが石像のように固まっていると、無言の空気を颯斗が打ち破った。
「莉乃さんが言ってたのってどういう意味なんだろうね」
颯斗に悪意はない。鈍感なだけで、カレンの気持ちに気がついていない。単に湧いた疑問を投げかけたにすぎなかった。
「え、えっとそれはですね──」
ここで狼狽えては負け確定だ。勝ち負けがあるかと言われれば微妙。そもそも颯斗とは一緒にお風呂に入った仲でもある。それにキスだって何度もしている。
過去の思い出が頭の中に展開された途端、カレンの顔は赤色に染まり頭上から煙が上がってしまう。思考回路はショート寸前で、どう話せばよいのかまったく思いつかなかった。
「カレンさん、どうしたの? 顔が赤いように見えるけど。まさか、どこか具合でも悪いのかな?」
薄暗くても分かるほど赤く染まるカレンの顔。颯斗が心配し優しく声をかける。もしかして熱があるのかもしれない。自然と体が動き、自らの額をカレンの額に重ねる。
颯斗にとっては普通の行動。
母親に幼い頃からそうされていた。当然、体温計がない場合に限り、今この瞬間もまったく同じであった。
「熱は……ないみたいだね。あんな戦いのあとだから、無理したらダメだからね」
「う、うん……」
死にそうなくらい恥ずかしかったカレン。額をくっつけられるなど想定外すぎる。不思議な力でも働いたのだろう。体は拒絶という二文字を忘れてしまった。
逃げたいカレンの心が弱音を吐き、他力本願を期待する始末。自分の気持ちに気がついてくれるのを願うばかり。勇気が足りずたった一歩が踏み出せない。だがもしこのタイミングを逃したら、颯斗への想いが永久に伝わらないだろう。
それは絶対にイヤ、きっと心が後悔の大渦に飲み込まれること間違いなし。勇気を振り絞るのは今しかない。カレンは大きな深呼吸で心を落ち着かせ、ついに自分の中に眠る想いを告白しようと決心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます