第29話 奇跡の帰還

「カレンちゃん、地面が薄らと光っとるんよ。もしかして、何かが埋まっとるんやないかな?」

「埋まってるって、いったい何が……」

「そんなんウチが知るわけないやろ。そないなことより、はよ掘ってみるしかないやん」

「そ、そうですわね。考えるよりも手を動かした方が早いですわよね」

 体を動かすのが先決。カレンは無我夢中で地面を素手で掘り始める。泥だらけになろうとも気にしない。何かに取り憑かれたように土をほじくり返した。

 運命の出会いまで時間はかからなかった。

 指先に当たる確かな感触。

 ただの石の可能性もある。希望を捨てては絶対にダメ。必死な思いで掘り出すと、光はその物体に吸収され僅かに光るだけとなった。

「カレンちゃん、それってなんやろ。宝石──のようにも見えへんこともないけど」

「わたくしにも分かりません。ですが……これを見ていると、なんだか心が穏やかになりますわ」

「ホンマやな、わずかに光っとるのがなんとも幻想的や」

「ですけど、これはいったい、なんなんでしょうね」

「ウチにも分からへん。分からへんけど、カレンちゃんの涙から出来たような気がする。根拠ないカンやけどな」

「わたくしのですか……」

 自分で出した記憶は一切ない。

 ただの石ではなく宝石のような見た目。何かしらの力が秘められているのか。触っているだけでは何も分からなかった。

「そやで、カレンちゃんの涙が落ちとる付近で光っとったやないか」

「確かに言われてみれば……ですけど、これが何かなんて、わたくしにはまったく分かりませんわ」

「ほなら、女神の力とかゆーやつで調べたりすることは出来へんの?」

「女神の力……。そんなに便利な力ではありませんが、何もしないよりはマシですよね。分かりました、残っている女神の力を使ってこの正体を探ってみます」

 颯斗に渡した女神の力は全部ではない。最低限は残しており、その力を使えば正体にたどり着ける可能性がある。カレンは静かに目を瞑り呼吸を整えた。内なる力に呼びかけ、謎の物体が何か探り始める。

 物体と意識を共有し完全に一体化。

 見えてくるのはぼんやりとした何か。

 ハッキリさせようとカレンはさらに奥まで進んでいった。

 初めての場所であるはずが、どこか懐かしさを感じる。見えない何かに包まれ不思議と温かくなる心。心地よい波動が癒しと安らぎまで与える。似ている、この感覚は世界樹の波動と同じもの。颯斗との決別で疲弊した精神を救ってくれた。

 しかし物体の正体は謎のまま。

 天界でさえ見かけない代物で、想像の範囲内だがカレンが無意識で作った可能性もある。謎が謎を呼び、思考が出口のない迷路へ迷い込んでいった。

『──レン、カレン』

 どこからともなく聞こえる不思議な声。初めて聞くはずなのにカレンに懐かしさを与える。誰のものか分からないが、確かにカレンという名前を呼んでいる。声の主はどこにいるのか、周囲を見渡すもそれらしき人は見当たらない。

 もしかして幻聴だったのだろうか──そう思い始めた瞬間、あの声が再び聞こえてきた。

『カレン、私の声が聞こえますか?』

「誰、アナタはいったい誰なのですかっ」

『私の名は──自分でも知りません。アナタの想いは知っていますけどね』

「わたくしの想い……?」

 何を言っているのか最初は分からなかった。

 混乱している思考を落ち着かせ冷静さが戻ると、カレンは想いが何を意味するのか理解した。

「まさか、わたくしがもう一度颯斗さんと会いたいということでしょうか? 会ってわたくしの想いを伝えたいという願いのことですよね?」

『ええ、その通りよカレン。私はその想いを叶えるためだけに、アナタの涙から生まれたのよ』

「もしかして、アナタは女神の雫なんでしょうか?」

 どうしても正体が知りたい。

 声の主が何者なのか率直に疑問をぶつけた。

『そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。なにせ私は自分の名すら知らないのですから。私なんかのことより、アナタの想いを心から願いなさい。そうすればきっと……叶えられるはずです』

「心から願う……。そうすれば颯斗さんにもう一度会えますのね」

『もう時間がありません、早くその想いを心から……』

「待って! わたくしの質問に答えてよ!」

 カレンの質問に返事はなかった。強制的に現実世界へと戻され、いつの間にか宝石のようなモノを握りしめていた。謎の声を信じるべきか迷うも、今は藁にでもすがりたい。祈りを捧げる体勢で両手に包み込み、カレンは天に向かって秘めたる想いを捧げた。

 願わくばもう一度颯斗と話したい。

 握りしめる力がより一層強くなり、切実な想いを願いに込める。最初で最後のワガママと心の中で願いながら。

 奇跡の瞬間は突発的に訪れるもの。祈り続けること数十秒、カレンの両手──いや、その内側から神々しい光が漏れ出す。幻想的な光景は見とれるほど美しく、すぐ近くにいた莉乃が夢中になってしまう。それでもカレンは気にする様子もなく必死に祈り続けた。

「いったい何が起こったっちゅーねん。ちゃうな、これから何が起こるかやな」

 止まった時間が動き出し、莉乃から驚きの声が飛び出す。それに反応しゆっくり目を開けるカレン。漏れ出す光に何が起きたのか理解できずにいた。

「これはどういうことなんですかっ。わたくしは、ただ言われた通りにしただけなんですよ」

「言われたって、誰にや? ちゅーかこの光は癒されるなぁ。なんかこう、心が温まる感じがするで」

「そうですわね、人の温もりのような温かさですわね。わたくしが聞いた声の主は誰だか分かりませんの」

 光は宝石のようなモノから離れ、ふたりの前で大きな球体を作り出した。それこそ人と同じくらいの大きさで、内側には何かのシルエットが徐々に浮かび上がってくる。

 ただ見守るしかない。

 カレンに不安は一切なく、心の奥から希望が溢れ出ていた。

「なんやろ、何が出てくるんやろ」

「とてもいい事が起きそうな、そんな気がします」

 球体の光は次第に輝きを失っていき、中に浮かんでいたシルエットがその正体を少しずつ現す。全容が明らかになるまでさほど時間はかからなかった。

 横たわるシルエットは人の形。

 薄暗くてもその顔を見間違うはずがない。

 正体が何か理解すると、ふたりは同時に大きな声を上げた。

「颯斗はんっ!」

「颯斗さんっ!」

 空中に浮かんではいるものの、間違いなく颯斗本人である。真っ先に体が動き出し、颯斗の傍まで駆け寄るカレンと莉乃。嬉しさを抑えつけながら、ゆっくり地面へと降ろした。

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