第25話 託された想い

「僕だって彼女には幸せになって欲しいと思ってる。でも──」

 颯斗の中に怒りはもうない。同情心が瞬く間に消し去ったからだ。気持ちが大きく揺らぎ、どちらが正解なのか分からなくなる。

 果たしてシズクを止めるのが本当に正しい事なのか。思考が迷走し頭の中はおもちゃ箱をひっくり返した状態。颯斗は片付ける気力さえなく、誰かの手を借りようとしていた。

「颯斗さん、そんな戯言に惑わされてはいけません。どんな理由があろうと、他者の幸せを奪ってまで自分が幸せになるなど、わたくしには正しいとは思いませんわ」

「カレンさん……」

「そうやで颯斗はん、カレンちゃんの言う通りや。ウチが元女神だろうと関係あらへん。ウチはウチやし、それにな、ウチはそんなん関係なく颯斗はんが好きなんやで」

「莉乃さんも……。そう、だよね、いくら悲しい結末であっても、他人を不幸に落としてまで幸せを掴むのは間違ってるよね」

 手を差し出したのはシズクではなくカレンと莉乃。混沌へ堕ちそうになる颯斗を見事救い出す。

 暗闇を照らす二つの暖かい光。

 進む道を誤ろうとも正しい方向へ導いてくれる。

 これ以上に心強い味方はいない。流されそうになった気持ちを元に戻し、颯斗はまっすぐな瞳で自分の考えをシズクに伝えた。

「シズクさん、悪いけど僕はアナタの誘いには乗らないよ。だから、こんなことやめて僕達を元の世界に戻して欲しいんだ」

「そっかぁ、誘いには乗ってくれなかったのかぁ。やっぱり強引にでも計画を実行するしかないね。この恋はおよそ千年という長い年月の末に結ばれるというのに。今度は──手加減なんてしないからね」

 緩んだ空気が再び張り詰め、緊張感がその場を支配する。すでにシズクからは笑顔が消滅し、まずは邪魔な女神ふたりに狙いを定めた。一瞬だけ笑みを浮かべると、力を一気に解放し先手に打って出る。

 当然の如く攻撃に備え身構えるカレン達。

 油断や驕りを一切捨て去り、全身全霊でシズクを迎え撃つ。

 今度こそ完膚なきまでに叩きのめしてみせる──集中力を限界まで高め返り討ちにするはずだった。覚えているのは腹に残る激しい痛み。瞳にシズクは映っておらず、青色のキャンバスしか見えなかった。

 まさに瞬殺。シズクの強烈な拳がカレン達の腹にクリーンヒット。そのスピードは女神ですら追えないほど。圧倒的な実力差の前に、カレンとウルドは為す術なく無惨にも散ってしまった。

「ウソやろ……」

「カレンさぁぁぁぁぁん」

 予想すらしない結果に莉乃は絶句する。言葉が後に続かず、ただ呆然とその場に立ち尽くす。

 そんな莉乃とは対照的で、颯斗は大声で叫びながら、大地に転がるカレンのもとへ駆け寄る。何か伝えたそうに口が動いており、その声を聞き取ろうと耳を傾けた。

「はや、とさん、回復には、少し時間がかかりそう、ですわ。ですから、わたくしの力をアナタに、授け、ます。どうか、顔を近づけてください」

 虫の息であるカレンに言われるがまま顔を近づける颯斗。力を渡す方法が何かは分かっていない。だが方法などどうでもいい。ただカレンを信じるだけ。この絶望的状況から脱出するには圧倒的な力が必要であった。

「こ、これでいいかな?」

「はい、では、目を閉じていてくださいね」

 ゆっくり目を閉じた瞬間、唇に柔らかい感触が伝わってくる。

 最初はその正体が分からなかった。しかし体はしっかりと覚えていた。溶けるような甘い匂い。懐かしささえ感じるその感触は、颯斗にとって三度目の体験。確証を得ようと、閉じたばかりの目をゆっくり開けた。

「か、カレンさん、いきなり何を……」

「大丈夫ですわ、わたくしの力を一時的に颯斗さんへ移しただけですから。颯斗さんならきっと、なんとかしてくれると信じてますからね」

 突然のキス──。

 颯斗の中にカレンのすべてが流れ込んでくる。不思議な感覚ではあるが悪い気はしない。心をくすぐられているようで、照れくささが全身を駆け巡る。だが今は羞恥心に溺れている場合ではない。これはカレンから託された希望の証なのだ。

 体の内側から力が溢れかえってくる。

 戦い方や力の使い方は、希望の光が颯斗に教えてくれた。

「これが……女神の力なんだね。すごい、体の内側から力が溢れてくるよ。でも、カレンさん達でも敵わなかった相手に僕が勝てるのかな」

「颯斗さんなら、大丈夫、です。女神のカン、でしかありませんが、必ずやその手に、勝利を掴んでくれ、ますよ」

「分かりました、僕はカレンさんを信じるよ。必ずシズクさんを止めて元の世界に戻ろうね」

 ふたりの間で交わされた約束。

 絶対に果たさなければならないもの。

 気持ちを一瞬で切り替えると、颯斗はシズクの近くまで高速移動する。そのスピードはカレン達を遥かに凌ぎ、接近されるまでシズクも気がつけなかった。

「……その力、女神の力かな。カレンから与えられたモノみたいだね。でも──」

 颯斗から感じる力は女神であるカレン達より強い。なぜ普通の人間にそのような力を出せるのか疑問を抱くシズク。思考を張り巡らせ原因を分析し始める。

 単純に受け継いだだけなら自分の方が上のはず。

 それとも颯斗という人間に秘密でもあるのだろうか。

 秘密──そう、忘れていた。灯台もと暗しとはまさにこのこと。ようやくたどり着けた答えに、シズクの顔が微かに微笑んだ。

「そうか、そういうことか。やっと分かったよ、どうして颯斗がカレンやウルドよりも力が強いのかがね」

「僕がカレンさん達よりも強い……?」

「そうだよ、だって颯斗は……女神の力と女神の雫の力を持っているんだからね」

「待ってよ、女神の力はカレンさんから譲り受けたけど、どうして女神の雫の力までが僕の中にあるの? もしかして、知らないうちにシズクが僕に与えてくれたとか?」

「そういうプレゼントもありだったか。でもね、残念だけどボクは何もしていないんだ。これはボクも予想外だったんだけど、どうやら颯斗と魂を共有しているうちに、ボクの力までもが魂に吸収されたんだよ」

「なるほど、なら、この力を使ってシズクさんを止めることが出来るね」

「千年も待っていたんだ。ボクはそう簡単には諦めないからね」

 カレン達より強いのであればシズクを止められる。颯斗は自信に満ち溢れていた。対するシズクも、およそ千年かけた計画を諦めるわけにはいかない。もはや両者の激突は避けられず、距離を置き睨み合ったまま時間だけが過ぎていく。

 静寂が支配するこの空間で均衡を破ったのはシズク。無数の光弾を颯斗に向け放つ。回避は不可能であり直撃コース。轟音とともに周囲に爆風が吹き荒れた。

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