第24話 ぶつかり合う想い
「これがボクなのさ。彼女の願いを叶えるためにボクは存在しているのさ。正直なところ、なんでボクが実体化たり喋れるのかは分からない。だけど、今でも彼女の想いはボクの中にあるんだよ」
シズクの話がどこまで本当なのか分からない。
事実として目の前にはシズクという少女がいる。
となれば答えはひとつ。この非常識な現実を受け入れる必要があった。
「その話が真実だとしても、どうしてユグドラシルを新たに創ったのよ! 世界樹だってそう簡単には創れないはずでしょ」
「その答えは簡単だよ、ウルド。でもそれを答える前に、順番に話をした方が分かりやすいかな」
ウルドの怒号に不敵な笑みで答えるシズク。不気味ではあるが、颯斗達には話を聞く選択肢しかなかった。
「ふふふふ、ねぇ、颯斗。キミとボクが出会ったのは偶然だと思うかい?」
「えっ……。だってあれは、僕がたまたま散歩してたときに──」
「颯斗、偶然というのはこの世に存在しないんだよ。キミは気づかなかったのかな」
「気づくって何に……」
「そりゃもちろん、キミがあの青年の生まれ変わりだということにさ」
「そんなことがあるわけ──」
「ボクはね、ずっと待っていたんだ。あの青年が生まれ変わるのをね。そして転生したことが分かると、ボクの心は震えたさ。これでやっと願いが叶えられると。それにもうひとり……」
シズクは幼子のようにはしゃいで喜ぶ。千年近くこの日を待っていたのだから、嬉しさは天にも昇る気持ちだった。
「ち、ちょっと待ってよ。僕があの青年の生まれ変わりっていう証拠はあるの?」
「あるさ、だって颯斗の魂の色はあの青年と同じ色なんだから」
信じられないというのが本音。シズクの言葉を鵜呑みにはしたくないが、颯斗の中にいるもう一人の自分が肯定してくる。
否定という文字が消されてしまい、事実として受け入れるしか選択がなくなる。この告白は颯斗だけではなく、カレン達にも大きな衝撃を与えた。
「シズク……さん、でしたよね。わたくし、聞きたいことがあるんですけど」
「何を聞きたいんだい?」
「『もうひとり』とは、いったいどういうことなのでしょうか?」
「あぁ、そのことね。それはね、悲恋で命を断った彼女の生まれ変わりが、この中にいるってことだよ」
さらなる混沌が颯斗達に襲いかかる。女神の少女の生まれ変わりは誰なのか。疑問よりも混乱が勝り思考がまったく追いつかない。そのような状況でもシズクは、冷静にひとりの少女を指差しひと言だけ告げた。
「キミがそうだよ。彼女の生まれ変わりさ」
「えっ、ウチが!?」
「そうだよ、キミも彼女と同じ魂の色をしているからね」
人間が女神の生まれ変わりなど誰も予想できない。カレンとウルドは驚愕し信じられないという表情。当の本人も寝耳に水の出来事で、動揺したまま固まってしまった。
「ふたりの出会いはすべてボクが仕組んだのさ。時間をかけて慎重にね。それで話を戻すけど、世界樹を創りユグドラシルを構築したのは、失った千年を取り戻すためなんだよ。そのためには、今ある天界、人間界は邪魔でしかないんだ。だって、世界樹がふたりの邪魔をするかもしれないからね。だからボクが神になるしかないんだよ。ふたりが幸せになる世界を創り出すのさ」
この壮大な計画は一朝一夕で立てられるものではない。それこそ数年、数十年、いや数百年という気が遠くなるほどの長い年月をかけて練られたはず。
すべては幸せな世界でふたりを再会させるため。込められた願いは非常に強く、幾千の月日が流れても果てることはなかった。
「そこまではなんとか理解しましたわ。ですが、そのためだけに天界や人間界を消し去るのは納得がいきません」
「カレンの言う通りよ。天界はアナタのおもちゃ箱じゃないんだからね」
「言葉を返すようで悪いけど、ボクもキミ達も世界樹の操り人形じゃないんだよ」
交わらないお互いの想い。
火花を散らしてぶつかり合い、今まさに一触即発であった。
「ウチだって、そんな世界で幸せになりとーない。ウチは自分で決めた道を歩いて幸せになるねん」
「莉乃、キミまでもがボクを裏切るのかい? まさか颯斗までも裏切らないよね?」
「僕だって、誰かを犠牲にしてまで幸せになんかなりたくないよ」
「そっか、それは残念かな。でもね、キミ達がなんて言おうとこれは決定事項だから、力づくでも協力してもらうよ」
「わたくしがそう簡単にそれを許すとでも思いますか?」
「あたしだって、天界を消滅させないため、全力で相手をしましょう」
颯斗と莉乃を庇うように、カレンとウルドがシズクの前に立ちはだかる。すぐ戦闘態勢を取りシズクを迎え撃とうとしていた。
「あれー、ボクと本当に戦うつもりかい? まさか、女神がふたりもいるから余裕、なーんて思ってないよね」
余裕綽々なシズクから放たれるオーラが不気味さを植え付ける。力は未知数ではあるが、所詮は女神が生み出した涙の結晶にすぎない。しかも女神ふたりを同時に相手するなど無謀と言っていい。
一抹の不安がカレン達の頭によぎる。
とはいえ目の前に迫る危機を放っては置けない。
毅然とした態度でシズクに立ち向かおうとした。
「無駄なことだと分かって向かってくるんだね。いいよ、ボクがかるーく相手してあげるから」
「減らず口を叩くのも今のうちですわ」
怒涛の攻撃でシズクに襲いかかるカレンとウルド。女神の力を解放した一撃は、それこそ大地に巨大なクレーターを刻む威力がある。左右から同時に仕掛け一発で勝負を決めようとした。
完璧なタイミング。
避ける暇はまったくない。
直撃コース間違いなしであったが、シズクのかざした手によって簡単に防がれる。周囲に巻き起こる衝撃波はすさまじく、颯斗と莉乃が吹き飛ばされそうになるほど。休む暇すらない連続攻撃に切り替えるも、一度たりともシズクの体に触れる事さえ出来ない。むしろ、華麗なダンスを踊っているかのように見えた。
「なんで直撃しないのよ。あたしは全力で攻撃しているのに」
「おかしいですわ。このスピードについてこられるなんて、女神の雫というのは女神の力を超えるとでも言うのかしら」
ふたりの顔から余裕が消える。
人の目で追えぬスピード。その速度での攻防ですら、シズクは笑みを浮かべたまま。子どもがじゃれ合っている感覚なのだろうか。それくらいの実力差があるとカレンとウルドは思い始めた。
「遊びはもう終わりかい? この程度じゃボクを楽しませるのは無理だよ」
「どうして、どうしてなのよ。たかが女神の雫のくせに!」
「その力はどうやって得たというのです。わたくしの力が通じないだなんて……」
「種明かしでもしてあげようか?」
得意げな顔でシズクがふたりに話しかけてくる。その姿はまるでイタズラに成功した無邪気な子どものようであった。
「悔しいけど教えてもらえるものでしたら……」
「カレン! 敵にひれ伏すなど女神の恥じゃないの」
「だってウルド……」
「それならカレンにだけ教えようかなっ」
戦闘中にも関わらず遊んでいるかのよう。笑みを崩すくことなく、どこか楽しそうにも見える。ウルドがどう反応するのか、シズクの心は浮かれきっていた。
「ち、ちょっと待って。あたしは別に興味はないけど、カレンだけ知るのは上司として許せないの。ですから、不本意──そう、本当に不本意ですけど、聞いてあげるとしましょう」
「さっきまで、その部下を殺そうとしてましたよね?」
「か、カレン! アナタはどっちの味方なのよっ」
味方であるはずのカレンから容赦ないツッコミが飛んでくる。正論には違いないが声を荒らげ反論するウルド。まるでコントのようなやり取りにシズクから笑い声が聞こえてきた。
「あはははは、面白いねキミ達。ツンデレだっけ、そこまでしてもカレンに捨てられるなんて、同情するしかないね。だから、その努力に免じて特別に教えてあげるよ」
「だ、誰がツンデレなのよっ、誰が!」
「ウルドさんって、隠れツンデレだったんですか?」
「なんちゅーか、ツンが殺すとか強すぎやん」
「だから違うって、あたしはツンデレじゃ……」
「隠さんでええって、憎しみは愛情の裏返しってことやろ?」
「ツンデレコントはそれくらいにして、ボクの力の秘密を話したいんだけど?」
張り詰めた空気はすでに崩壊。和やか雰囲気へと変化した。ツンデレの魔法は女神の力すら凌ぐ──本当にそう思えるぐらい、その場の空気を一瞬で変えてしまった。
「ボクの力の根源はね、人間の中に眠る『幸運』なんだよ。颯斗の魂と同化することで、周囲の幸運を奪ってたんだ。そしてそれを力に変える。ただ、一回に貯められる量が決まっていて、溢れた分は颯斗に流れ込むんだよ」
「じゃ、僕の運気が上がったのは……」
「ボクからのささやかなプレゼントだと思ってくれていいさ」
「プレゼントって……。そのせいで僕の両親は死んだんじゃないか!」
封じ込めていた感情が剥き出しになる。
忘れていたわけではない。
思い出さないようにしていただけ。
両親の死をプレゼントだと言われ喜ぶ者などいるだろうか。怒りの炎が燃え上がり、颯斗の顔は別人のように変貌していた。
「そんなに怒らないでよ。ボクは颯斗と莉乃を結ばせるために存在しているんだから。それに彼女の想いは本物なんだ。その想いを叶えるためなら、ボクはなんでもやるさ」
「だからって……。でも、それじゃどうして莉乃さんを危険に晒したんだよ! 危うく大怪我をするところだったんだからっ」
「それはボクじゃないよ。あの二つの事故は元々の運のはずさ。だって考えてみてよ、あの女神の生まれ変わりなんだから、ボクが何かするわけないじゃないか」
「それにしたって酷すぎるよ。いくら想いを叶えるためとは言え、他の人の幸運をすべて奪い取るだなんて。しかも、何人が犠牲になったと思ってるの!」
「うーん、それとも颯斗は、彼女が不幸のままでいいと思ってるのかな? だいたいね、ボクは彼女の想いから生まれたんだよ。目的を達成できるのなら、何を犠牲にしても思っているからね」
目的を達成できるのなら手段は選ばない。一見すると非情とも思えるが、すべては悲しみに飲み込まれた女神の少女を救うため。名前も想いも伝えられなかった悔しさは想像を超えるもの。
これは究極の選択なのかもしれない。
ひとりの女神の少女を救うため世界を滅ぼすか、それとも大多数の命を助け女神の少女を見捨てるのか。この選択肢を選ぶには相当の覚悟が必要であった。
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