第20話 愛する心は強く気高しい

「あら、人間の分際で女神に楯突くわけ?」

「そんな大袈裟なもんやない、ウチはただ……自分たちのミスを押し付けてるようにしか思えへんのや。だいたい、颯斗はんに落ち度なんてないやん、それなのに殺すだのとか、物騒すぎるにも程があるで」

「……アナタの言い分も理解できなくはないけど、決定権は女神が持っているの。分かりやすく言うと──あたしが決めたことに口出しは無用よ」

「そんなの横暴やないか」

 強い、莉乃は女神であるウルドに臆することなく立ち向かう。だが、莉乃の圧力をものともせずウルドは沈着冷静。冷たさに変化はなく、むしろ歯牙にもかけていないように見えた。

「莉乃さん、どうしてアナタは人間なのに女神であるウルドに歯向かえるのです? 女神でもないアナタがどうして……」

「そんなん簡単やでカレンちゃん、ウチには愛の力があるからや」

「愛の力……」

 莉乃に勇気を与えた愛の力。何よりも強く絶大なる力を与えてくれる。それには勇気も含まれ、どんな強敵にも立ち向かえる魔法の力であった。

「わ、わたくしだって……この気持ちが愛なのか分からないけど、颯斗さんを救いたいという想いは同じですわ」

「まったく、任務を放棄するだけでなく、女神という立場も忘れるだなんて。カレン、アナタに女神を名乗る資格はないみたいね。もう疲れましたので任務を遂行しますね」

 ウルドに二人の声は届かない。それどころか、冷酷な眼差しで実力行使に打ってでようとする。しかし物理的な力で対抗できるのは、同じ女神であるカレンだけ。潜在能力を解放した今、カレンとウルドの実力はほぼ同じ。結果がどうなるか誰にも予想できない。

 カレンの負けは颯斗の死を意味する。

 負けられない、負けるわけにはいかない。心にそう刻みつけカレンはウルドとの決戦に挑もうとしていた。

「颯斗さん、莉乃さん、ウルドはわたくしが止めます。ですから、安全な場所まで下がっていてください」

「うん……。っていうか、カレンさんの喋り方、今のが素なのかな?」

「そうなんですけど、変かしら?」

「ううん、全然変じゃないよ。むしろ今の喋り方の方が可愛くて、僕は好きかな」

「ふぇっ!?」

 戦闘モード全開にも関わらず、カレンの顔が真っ赤に染まる。颯斗から放たれた可愛くて好きという不意打ちの言葉。心の奥をくすぐり集中力さえ削っていく。

 このままでは絶対に勝てない。

 ウルドとの戦闘に集中しなければ。

 分かりきっている事だが、思考に反して鼓動が激しいリズムを刻み始める。平静になろうとすればするほど、颯斗の言葉がより鮮明になり頭から離れなくなってしまう。

 戦闘という言葉が颯斗によって上書きされる。

 気がつけばカレンの脳内は颯斗で埋め尽くされ、心が大きく揺らぐのを自覚する。敵が増えた──そう思うカレンであった。

「カレン、このあたしに勝てると思っているの?」

「……そんなこと、やってみないと分かりませんわ」

「そう、それなら絶望を味わいなさい」

 戦闘態勢を取るウルドに対し、カレンは動揺したままの状態。実力が均衡している中では致命的すぎる。早く精神を戻さなければならないが、真剣勝負とは無情なモノ。回復するのをウルドが待つはずもなく、今まさに颯斗の命運をかけた戦いが始まる。

 そのはずだったのだが──。

「いったいどうなってるんだ。なんで僕の体が……」

 決戦の邪魔をするように、颯斗の全身から眩い光が放たれる。暗闇を明るく照らす神々しい光。温かささえ感じるも、強すぎる光にその場にいた全員が目を瞑ってしまった。

「な、なんなんですのこの光は? 眩しすぎて目が開けられませんわ」

「これはカレンの力──ではなさそうね。では何が起こったというの……」

「ま、眩しすぎるやない。颯斗はん、何があってもウチが守ってみせるで」

 動く事さえ困難な状況で、自然に光が消えるのを待つしかない。

 どれくらい時間が経過したであろう。光は徐々に輝きを失い、元の景色に戻ると静寂がその場を支配していた。つい先ほどまでの争いがウソであったかのように……。


 ここはもしかして夢の中かもしれない。あまりにも心地よすぎて、颯斗はこの場所から離れたくなかった。

 あの悪夢から逃げられればいい。違う、きっと今いるこの場所こそが現実世界で、きっと悪夢を見続けていただけ。すべてが夢の世界での出来事で、目を開ければ変わらぬ日常が待っていると思っていた。

「──やとさん、颯斗さん、大丈夫でしょうか?」

「カレン……さん? あれはやっぱり夢だったんですね。いつの間にか朝になってるし……」

「何寝ぼけとるん、周りをよーく見てみいな。ここが温泉旅館に見えるわけないやろ」

 莉乃の優しいツッコミで颯斗の思考が少しずつ冴えてくる。霧がかった白いモヤが完全に晴れ渡るのに、時間はさほどかからなかった。

「あれ、いつの間にこんな大草原に来ちゃったの?」

「颯斗はん、それはちゃうで。来たんやなくて、連れて来られたんや」

「これはわたくしの推測になるんですが、おそらくあの光によって別の場所に移動したのではないかと。夜ではないので、少なくとも日本でないのは確かですよ」

「つまり外国に来ちゃった……かもしれないってことですよね」

「それはあかんやん。誰かに見つかってしもーたら、密入国で逮捕されちゃうやないか」

「その前に言葉が通じるかも分からないよ」

 混沌とする会話が飛び交い、三人とも動揺しているのがよく分かる。カレンの言説が正しければ、言葉の通じない外国へ来たことになる。致命的ではあるものの、ウルドの姿が見えないのは幸運だった。

 その理由も気になるが、今は自分達の状況を把握する方が優先。

 しかし、普通の方法での確認は不可能であり、ここは女神であるカレンの力を借りようとした。

「カレンさん、ちょっと聞きたいことがあるんですけど」

「わたくしにですか? スリーサイズでしたら上から──」

「い、いえ、そうじゃなくて……」

 カレンのお茶目なジョークで顔を赤色に染め上げる颯斗。

 聞いてみたいというのが本音だった。

 思春期男子としては当然の反応だが、莉乃から向けられた鋭利な視線が邪魔をする。その強さはウルドをも凌ぎ、背筋が凍るほどの恐怖で諦めるしかなかった。

「颯斗はーん、何赤くなっとるん? まさかスリーサイズを聞きたいとかおもーとるん?」

「そ、そんなこと……微塵も思ってないから」

「ホンマにー? ウチには鼻の下伸びてるようにしか見えへんけど」

 心を見透かされ、颯斗の額から滝のように冷や汗が流れ落ちる。この話題を続けるのは危険すぎ。多少強引にでもスリーサイズから話を逸らそうとした。

「き、気にしすぎだよ莉乃さん。だいたい僕が聞きたかったのは、女神の力を使って今いる場所とか特定できないかなって」

「なるほどなー、カレンちゃんは女神やったもんな。それが出来るなら楽できるなぁ」

「わたくしの力ですか……。出来れば協力したいのですが、場所を把握するのは無理ですわ。空を飛ぶくらいなら出来ますけど」

「空……。そうだ、空を飛びながら住んでる人とか建物を探せばいいかも」

「せやなぁ、地平線まで歩くのはさすがにしんどいし、カレンちゃんと一緒に飛べたら歩かなくて済むしな」

「それくらい朝飯前ですわ。では颯斗さん、わたくしに掴まってくださいね」

 上手くいった。勝利が転がり込み、颯斗は言われるがままカレンの手を握った。

 ただ普通に握っているだけ。それなのに不思議な感覚に襲われる。周囲の草がゆっくり揺れ始め、次第に地面から足が離れていく。初めて味わう空中浮遊に、颯斗の心は感動で満たされた。

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