第17話 隠し事

「こ、ここまで来れば平気やな」

「はぁはぁ、どうしたんだい突然走り出したりなんかして。おかげでカレンさんを置いてきちゃったじゃないか」

 薄暗い林の中まで走ると莉乃の足が止まる。これで二人っきりになるという目的は達成。だが、満月が周囲を明るく照らしているとはいえ、木々が生い茂っていては、近くにいる颯斗の顔が薄ら見えるほど。それでも莉乃は迷いなく颯斗に迫ろうとしていた。

「ウチ、どうしても颯斗はんとふたりっきりになりたかったんや」

「それならちゃんと説明すればよかったのに。このままだと、カレンさんが心配だよ」

「大丈夫やって、ほら、林の中でもこんなに明るいし、少しの間だけなら──」

 完全に油断してしまった。いや、油断というよりも焦りの方が正しい。周囲が見えなくなり、普段なら気づけるモノがまったく気づけなかった。

「きゃーーーーーっ!」

 突如林の中に響く莉乃の悲鳴。

 それは一瞬の出来事であった。

 調子に乗ってその場を動いたがために、すぐ近くにあった崖から足を滑らせてしまう。時間にして刹那、莉乃の脳内で走馬灯がスロー再生された。

 このまま死を受け入れるしかないのか。

 これはカレンを出し抜いた天罰かもしれない。

 圧縮された時間軸の中で覚悟を決めようとした瞬間、何者かが力強く莉乃の手を掴んだ。温かく大きな手は決して離れる事はなく、莉乃を死の道から見事に救い出したのだ。

「大丈夫かい?」

「颯斗はん……」

「ケガとかしてない?」

「うん……」

 莉乃を助けたのは颯斗。あの一瞬で体が即反応し、自らの体へと引き寄せる。これはもはや奇跡と言っても過言ではない。もしくはシズクの力が颯斗に働いた可能性もある。

 違う、今はそのような事は些細な問題。真っ先にすべきは震える莉乃を落ち着かせること。後ろから優しく抱きしめ、颯斗は莉乃に安心感を与えた。

「よかった、間一髪だったね。薄暗いんだから気をつけないと」

 包み込むような言葉で莉乃に冷静さを取り戻させる。完全に落ち着くまでさほど時間はかからなかった。

 周囲の幸運をすべて奪い去る──どうしてもその言葉が頭から離れない。莉乃を抱きしめながら颯斗が考えるのはシズクの力。謎がまだ残るもカレンがいないから危険な目にあった。それだけは確実に言え、一刻も早くカレンと合流すべきだと颯斗は思っていた。

「颯斗はん、ごめんな、ホンマごめんやで。ホンマにごめんや……」

 一方莉乃はというと、軽率な行動を深く反省し颯斗に謝り続けた。心の底から悪いと思ってはいるものの、今気になるのは颯斗の分厚い胸板。

 初めて味わう男性の包容力。大きくて温かくもあり、そして優しい。嫌いではないその感覚でようやく理解した。鈴原莉乃は鬼龍院颯斗に本気の恋をしていたのだ。

 ようやく自分の気持ちに気がつき、心の中は爽快感に包まれる。想い人にウソはつきたくはない──莉乃は本当の事を話そうと決意する。

 もしかしたら嫌われるかもしれない。

 軽蔑され話してくれなくなる可能性もある。

 しかしそれでも騙し続ける罪悪感よりはマシ。湧き上がる恐怖心にも負けず、莉乃は勇気を振り絞り颯斗に真実を告げようとした。

「あんな颯斗はん、実はウチ……謝らなければならないことがあるんよ」

「えっ……。謝るって何を?」

 突然すぎる莉乃からの告白に戸惑いを隠せない颯斗。謝られる理由がまったく思いつかず首を傾げてしまう。しかし莉乃は、そんな颯斗を見つめながら、涙がこぼれ落ちないよう耐えながら語り始めた。

「驚かんで聞いてな。ウチが颯斗はんに近づいたんはな、親の借金のためなんや。人に騙され三億っちゅー借金抱えてしもて、颯斗はんの家が超お金持ちって聞いたから、なんとか婚約して借金返そうおもーて……」

 初めて語られる颯斗に近づいた本当の理由。恋愛感情は皆無だと告げられるも、颯斗の中では予想の範囲内であった。

 とは言え、本人の口から飛び出すとまた違うもの。

 思考が完全停止し、固まったまま莉乃の話を聞き続けた。

「そんでな、借金地獄からどーしても抜け出したくて、颯斗はんの優しさにつけ込んだんよ。ホンマに悪いとおもーてる、ごめん、ホンマにごめんなさい」

「そう、だったんだ……」

 ようやく絞り出したひと言。涙を流すひとりの少女に優しい声で伝える。想像以上の理由が颯斗には衝撃的だった。

 普通の人では返せないほどの借金。

 両親は健在であるものの、これでは死んでいるのと同じ。

 不幸だったのは自分だけではない。むしろシズクの力で金銭面には困らない分、デメリットがあったとしても幸福だと言える。自らの視野の狭さに恥を知り、自己嫌悪が颯斗に無知の二文字を刻みつけた。

「でもな、でも──これだけは言わせてや。ウチは、今のウチはホンマに颯斗はんのことが好きやねん。今まで騙しとったわけやから、信じてもらえへんだろうけど、この想いだけは偽りじゃないねん」

 力強い莉乃の言葉はウソとは思えなく、一切疑わず信じようとする颯斗。これが本当の告白──莉乃の想いに頭の中で返事を纏め始める。騙されていた事に怒りは湧かず、いつになく真剣な顔で自分なりの答えを出そうとしていた。

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