第13話 乙女たちのバトル
「そういえば、ここの温泉って混浴もあるみたいだよー。颯斗さん、一緒に入るー?」
「えっ……。こ、混浴って……」
「そんなに赤くならないでよっ。一度は一緒に入った仲じゃないのー」
「それはホンマなん? ウチというものがありながら、颯斗はんの裏切り者っ」
「あれはカレンさんが勝手に──」
「ずるい、カレンちゃんだけずるいやない。ウチも颯斗はんと一緒に入らんと不公平や」
「いやだから……」
必死に弁明するも颯斗の声は莉乃には届かず。だがここで折れるわけにもいかない。何か打開策を考えるも、急に名案が浮かばず困り果ててしまう。ここで追い討ちをかけたのはカレン。小悪魔な笑みを浮かべ颯斗にトドメを刺そうとした。
「もぅ、颯斗さんったら何を想像してるのかなー? 混浴と言っても湯着で入るから安心していいんだよっ。あとねー、温泉にネックレスしたまま入ると錆びちゃうから外した方がいいかもー」
四面楚歌とはまさにこのこと。逃げ道を完全に塞がれ選択肢がひとつだけとなる。裸ではなく湯着ならまだマシなはず。そう言い聞かせる事で自分を納得させた。
一緒に入るにせよ、ネックレスが錆びるのは困る。シズクは常に身につけろとは言っていたが、ここは外すしか選択肢がない。心でシズクに話しかけるも相変わらず無反応のまま。無言という事は外してもいいと颯斗は解釈した。
「そうだね、錆びるのは困るから外すことにするよ。でも、いくら湯着があるからって一緒に入るのは……」
「ウチは気にせんで。だから一緒に入ろうよー颯斗はんっ。お願いや、ウチのワガママ聞いてくれへんの?」
「わ、分かったから、その、あまりくっつかないでくれるかな」
「颯斗はんホンマ感謝するで。これはもう結婚するしかないなぁ」
「あのー、結婚は話が飛びすぎだと思うけど……」
「細かいこと気にしすぎやで。それにな、混浴と婚約って似とると思わへん?」
「発音は似てるけど意味合いが違いすぎるからーっ!」
ツッコミを入れるも何か物足りなさを感じる颯斗。普段ならカレンが対抗しに来るはず。何かがおかしいと感じ、カレンに視線を向けると薄ら口元に笑みが浮かんでいた。
「あれ、カレンさん……?」
「はい、こちら颯斗さんだけのカレンだよ」
「いや、そういうことじゃないんだけど」
「はにゃ? はっ、そうだよね、告白の返事だったよねっ」
「それもちがーーーーーーうっ」
颯斗は大声で二度目のツッコミを入れるが盛大に誤魔化される。違和感──それしか例える言葉が見つからない。具体的に『これ』とは言えないが、胸に突っかかる何かがあった。
「もぅ、冗談に決まってるよっ。それじゃ気を取り直してお風呂にでも行こうよー。も、ち、ろ、ん、混浴ねっ」
「せやな、ウチ、異性とお風呂に入るとか初めてやから、めっちゃドキドキしてるん」
「やっぱり混浴は確定なのね……」
二人から放たれた女神の笑みに誤魔化しは無駄。最後の望みも絶たれ、同調圧力によって従うという選択肢だけが残る。これで免罪符を得た二人が好き勝手するのかと思っていると、予想外の言葉が意外な人物から放たれた。
「そうだっ、あのね颯斗さん。カレンね、少し用事があるの。だから、先に莉乃さんとお風呂に入っててくれないかなっ?」
「えっ……」
「やっとウチに颯斗はんを譲る決心がついたんやな」
「そうじゃないよっ。ちょっとだけ準備をするだけなんだからっ」
「わ、分かったよ。でも、あんまり遅くならないようにね」
「心配してくれるのー?」
甘える瞳で顔を颯斗に近づけてくるカレン。魅力的な笑顔で瞳を見つめ、そのままキスしようとさらに距離を縮める。
肌に感じるカレンの吐息。
脳裏には風呂場でのキスシーンが蘇る。
颯斗の鼓動が上限なく跳ね上がり、頭の中は真っ白となった。
真っ赤に染まる颯斗の顔。誰にも邪魔できないオーラが二人を包み込む。恋人同士しか入れない空間で、互いの唇が重なり合おうとする。この流れを止められない、そう思っていた時であった。
「ちょいまちーや。ウチの目の前で何やろーとしてるん? そんなのウチが許すわけあらへんやろ」
問答無用でカレンの髪の毛を引っ張り、キスを阻止したのは莉乃。雰囲気にも流されず、わずか数センチの距離で二人を強引に引き離した。
「あぅ……。なーんで邪魔するのよっ」
「なにゆーてんねん、キスとか何どさくさに紛れてしよーとしとるん」
「んー? だってカレンがキスするのは挨拶みたいなもんだよ。そ、れ、に、颯斗さんとのキスは……初めてじゃないんだしっ」
恥じらいながらもカレンは唇に人差し指を当てる。妖艶なオーラが全身から漂い、颯斗に魅惑の眼差しを向けていた。
「なっ、ホンマなん? ホンマに颯斗はんとキスしたん?」
「い、いや、その……。あれはなんて言うか……事故みたいなもので……」
「事故……? そんな……カレンはファーストキスだったんだよ。それを事故扱いにするなんて酷いよー」
悲しげな表情──いや、これは演技。わざとらしく泣いているフリで、カレンは颯斗に罪悪感を刻もうとする。嘘泣きなのは誰が見ても明白で、普通なら騙されるはずがない。だが女性の涙に弱い颯斗は、疑いすらせずカレンを信じてしまった。
「ごめん、そんなつもりじゃ……」
「颯斗はん騙されたらあかんって。誰がどう見たって嘘泣きやない」
「ぎくっ、そ、そんなことないよっ」
「この期に及んでしらを切るつもりなんっ。その手に持っている目薬が何よりの証拠や」
純粋な颯斗を放っては置けず、莉乃がすかさず援護する。莉乃の人差し指の先に見えるのは、何かを大事に握りしめるカレンの右手。指の隙間から微かに突起物らしきモノが見える。それは颯斗もよく知っている物体であった。
「あのカレン……さん? その手に握っているのってもしかして……」
「はうっ、こ、これはね……。はっ、そうだっ、用事をしなくちゃいけないんだった。颯斗さんも早く温泉に行かないとねっ。カレンはあとから行くからー」
嘘がバレてしまい、カレンは冷や汗を流しながら、逃げるようにその場から去っていく。その後ろ姿があまりにも可愛すぎ、颯斗は思わず笑みを浮かべた。
なぜだろう。カレンが離れた瞬間、心が何かを囁いてくる。
胸の内側を擽るような忘れ去っていた感覚。
止まった時計の針が動き出し、湧き上がってくる感情に懐かしさを覚える。
他人に不幸をもたらす存在。だがもし、もしもだ、カレンが傍にいることでシズクの力を抑えられるとしたら……。今まで考えた事すらなかった。シズクを手にした時点で颯斗の人生は決まったのだから。絶対なる幸運の代償として他人から幸運を根こそぎ奪う。それがカレンという存在で大きく変わろうとしていた。
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