第9話 女子トーク
「もう大丈夫だよ、ちゃんとどちらかに決めたから。でも、どっちが選ばれたかは絶対に秘密だよ」
「はいな、颯斗はんとの約束をウチが破るわけないやん」
「えへへ、カレンも約束はちゃ〜んと守るよっ」
笑いが止まらない二人の少女。真実を知らない方が幸せな事もある。もちろん、秘密にするという約束も忘れておらず、固く閉じた口から勝者が伝えられる事はなかった。
自分が選ばれたのが嬉しく相手の顔など視界に入らない。
緩んだ顔のまま、二人は無言で妄想の世界へと旅立っていた。
「それじゃ僕は後片付けしておくから、ふたりは先にお風呂に入ってよ」
「そうだねー、ふたりで入れば時間短縮だし、あの広さなら気にならないからねー」
「カレンちゃんと一緒に入るのは不服やけど、颯斗はんのためにガマンしたるで」
「それはこっちのセリフだよー」
いつもの言い争いが開幕するも、その口調はどことなく穏やか。理由は明確で、料理対決で勝者となったから。まさか二人が勝者とは思いもせずに……。
「こないな広いお風呂、ウチ初めてや。でも、掃除とか大変そうやなー」
「カレンも最初はビックリしたよー」
普通の一軒家ほどの広さ。
そもそも颯斗の住んでいるマンションは、最上階フロアすべてが彼の居住区。高校生の一人暮らしにしては贅沢すぎるくらい。そのような規格外の場所に住んでいるのだから、お風呂場が広いのも頷ける。
「いい機会やし、ウチ、カレンちゃんに聞きたいことがあるねん」
「カレンに? 隠し事なんてしないから、なんでも聞いてよー」
「あんな、カレンちゃんはホンマに颯斗はんのことが好きなん?」
莉乃から放たれた意外な質問。そのたったひと言が一瞬で場の空気を支配する。静寂の中でカレンと莉乃は微動だにせず互いを見つめ合う。二人の時間が止まり、聞こえるのは天井から落ちる水滴の音だけ。
あれだけベッタリしているのだから、普通ならわざわざ聞かずとも答えは分かりきっている。それなのに、なぜその質問を投げかけたのか。理由は単純かつ簡単で、乙女の直感がカレンから何かを感じ取ったからだ。
「もちろん大好きに決まってるよー」
静寂を打ち破るカレンの言葉は迷いがない。動揺するどころか、女神の笑みを浮かべ余裕があるように見える。屈託のない笑顔に堂々とした態度、それと心の奥深くに浸透する不思議な声。これらが、莉乃の中で不協和音となり莉乃に違和感を覚えさせた。
「ホンマにそう思っとるん? ウチには好きとかやなくて、何か理由があるとしか思えへん」
「そんなことないよー。カレンは颯斗さんのことを心から愛してるもん」
「ほな、颯斗はんのどこが好きなのか言うてみてよ」
「んー、その話は湯船に浸かりながらにしなーい?」
カレンからの提案に悩む必要はない。なにせ今はまだお風呂場へ足を踏み入れただけ。このまま会話を続ければ風邪を引くのは確実。つまり解決策は体を温めながら話し込むしかなかった。
「ホンマいい湯や、体の芯から温まるなー」
「だよねー、カレンもまだ二回目だけど本当にそう思うよ」
清めた体にさらなる温もりを与えようと、カレンと莉乃は湯気が立ち上るお湯の中にいた。思わずうっとりするほどの快楽が全身を駆け巡る。疲弊した心は癒され、先ほどの続きを話し始めた。
「それでー、何の話だっけ?」
「ボケるには早すぎるでー。さっき言うたろ、颯斗はんのどこが好きかって」
「あー、そうだったねー。カレンったら、うっかりさんだったよ」
軽く舌を出す姿は小悪魔のように可愛い。それは同性である莉乃ですら、一瞬にして心を鷲掴みにされるほどの威力。カレンから漂う独特なオーラが、この場の空気をいとも簡単に支配してしまう。
この世のものとは思えない美しさ。
性別の壁すら壊すほどで、神々しい光を纏っているように見えた。
「はっ、危うく目的を忘れるとこやった。はよウチの質問に答えてーな」
カレンの呪縛からようやく解き放たれ、莉乃は当初の目的を聞き出そうとした。
「颯斗さんを好きになった理由だよね。それはね──」
カレンの瞳を真剣な眼差しで見つめる莉乃。
自分の直感を信じ、その先に続く言葉を静かに待っていた。
「一目惚れに決まってるよ。あの日、カレンが転校してきた日、颯斗さんを見た瞬間に、この人がカレンの運命の人だって思ったの。恋って突然訪れるんだって、そのとき初めて知ったんだよっ」
「んなわけあるかーいっ。だいたいな、仮に一目惚れだったとしてもな、いきなり同棲してとか普通言わんで」
「そんなこと言われてもー、それがカレンなんだもんっ」
「ホンマかいな……」
一目惚れとか都合のいい理由は怪しすぎ。
本音を聞き出すには意表を突く質問が必要。
時間にして刹那、圧倒的に不利な状況を挽回すべく、莉乃は思考をフル回転させる。鉄壁の防御を崩す方法が何かあるはず。時間感覚が遅くなる中、天からの贈り物が舞い降りてきた。
「颯斗はんが好きっちゅーことは、カノジョになりたいとか、おもーてるん? それに、颯斗はんから返事とかもろたりしたんかいな」
「ふっふっふっ、甘いよ莉乃さん。大切なのは既成事実なんだからっ」
「既成事実……」
起死回生の一撃どころか、強烈なカウンターが莉乃を直撃。激しく動揺し頭の中が真っ白となる。これでは目的の達成が困難を極める。まずは落ち着かなければ──深呼吸で平常心を取り戻そうとする。
莉乃が颯斗に近づいたのには理由がある。
如何なるものより優先され、颯斗でないと達成できない。
好かれるためなら、どんな手段でも使う。最後に勝利の二文字さえ手に入れればいいのだから。
結局、カレンの本音は闇の中。心には白いモヤが刻まれ、脳内で繰り返し再生されるのは既成事実という言葉。もはや一刻の猶予もなく、何かしら手を打とうと考えながらお風呂場をあとにした。
「もしもし、お母はん? ウチや莉乃やで。……うん、大丈夫やって、そんな心配せんでも平気やから。ちゃんとウチが幸せにするから、安心して待っといてや」
颯斗から借りている部屋で、莉乃は母親と電話の真っ最中だった。爽やかな声で会話するも、心の中は不安でいっぱい。しかし、母親に心配をかけるわけにはいかない。気丈に振る舞い少しでも安心させようとしていた。
「ほな、そろそろ電話きるで。必ず颯斗はんを手に入れてみせるから」
電話を切った途端に緊張の糸が途切れる。全身から力が抜け落ち何も考えられなくなった。切断された思考回路を繋ぐには少しだけ時間を要する。完全に元に戻ったのは、十数分という長くも短くもない時間であった。
「お母はんには、あーは言うたものの、ホンマどないしよ。なんとかしてカレンちゃんを出し抜かんとあかんな。何かいい方法は──って、今度行く温泉旅行で仕掛ければいいやない。そうや、カレンちゃんを上手くまいて、颯斗はんと二人っきりになればいいんや。そこで距離を一気に縮めてハートを鷲掴みにしたるで。せやけど、旅行前に既成事実を作るのが先やな。そのあとで行動したらいいだけや」
これで目的達成へ大きく前進するはず。一段落した莉乃はそのままベッドへと飛び込んだ。心を占有していた不安はいつの間にか消え去り、かわりに希望の光が温かく包み込み安心を与える。一時的に重圧から解放され、気づいた時には夢の世界に旅立っていた。
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