第7話 安定の三角関係

「あのー、莉乃さんは颯斗さんにくっつきすぎじゃない?」

「何言うてんねん、カレンちゃんこそ、ウチの颯斗はんにベッタリしすぎや」

 放課後になってもバトルの熱は冷めない。それどころか悪化する一方で、颯斗を挟み両者の言い争いが開幕。引けない理由が二人にある。互いに一歩も譲らず、颯斗を自分だけのモノにしようとしていた。

「ふ、ふたりとも落ち着いてよ。それに莉乃さん、僕に関わりすぎると不幸になっちゃうよ」

「不幸? ウチの不幸は颯斗はんから離れることや。それにな、ウチはこれ以上失うモノなんてないん」

「カレンはいたって冷静だよ。もちろん颯斗さんもそう思うよねー」

 カレンからのキラーパスに、颯斗の額から冷や汗が流れ落ちる。ここで返事を間違えてはいけない。左右から向けられる期待の眼差し。どちらか片方の味方でもしようものなら、待ち受けるのは地獄絵図。

 まずはこの空気を変える必要がある。

 何か打開策はないものか。

 窮地に追い込まれる中、平和的解決案が天から舞い降りてきた。

「ふたりとも、ケンカするなら追い出すしかなくなるんだけど、それでもいいかな?」

 家主という絶対権力を振りかざす颯斗。ケンカ両成敗という荒業でこの場を収めようとする。口には出しているが、もちろん颯斗自身にその気は毛頭ない。

 単に波風を立てないようにしただけ。

 それ以上の理由は存在しなかった。

「そやな、颯斗はんがそう言うなら、寛大なウチはこれ以上何も言わへん。カレンちゃん、勘違いせーへんでな? これはな、颯斗はんに迷惑かけたくないからや」

「勘違いも何も……。心が女神のように優しいカレンだからこそ、莉乃さんのような空気を読めない人でも、一緒に住むことを許せるんだからっ」

 先ほどよりは大分マシにはなったものの、まだ言葉の端々にトゲが残る。だがこれは許容範囲内。これくらいなら問題ないと颯斗は判断した。

「さて、莉乃さんの部屋は空いてるところ使ってね。一式揃ってるから、足りないものがあれば、遠慮なく言って欲しいかな」

「颯斗はんには感謝するでー。着替えだけは実家から持ってくるけど、他はいらないはずや。あっ、数日分の着替えなら持ってきとるから、安心してなー」

 用意周到な莉乃に颯斗の口は開きっぱなし。ポジティブ思考というべきか、断られるという道は存在していない。座右の銘が笑う門には福来るというのも頷ける。

 天真爛漫という言葉は莉乃のためにある。颯斗は心の中でそう思っていた。

「まさか着替えまで用意していただなんて……。さすがのカレンもビックリだよ」

「もっと褒めてもいいでー。それよりな、夕飯ならウチが作ったる。世話になるんやし、それくらいせーへんとバチが当たるっちゅーもんや」

「だったらカレンも何か作るよ。こう見えても、料理は大得意なんだからねっ。颯斗さんの胃袋はカレンが掴むのよ」

「なに言うてんねん、ウチの料理の方が、絶対美味しいに決まっとるやない」

 脈絡なく始まる料理バトル。

 颯斗が入り込む余地はまったくない。

 冷蔵庫に二人の得意とする料理の食材がなく、急遽スーパーへの買い出しが決まる。当たり前の話だが、颯斗を含めた三人一緒に……。

「ところで、ふたりは何を作る予定なの?」

「ウチはハンバーグやな。颯斗はんの口に絶対合うはずやでー」

「カレンはー、定番のカレーだよー。きっと、今まで食べたことがないくらい美味しくて感動するに決まってるよ!」

 スーパーで両手に花は、周囲から嫉妬の眼差しを向けられるほど。突き刺さる視線に精神力を削られながら、颯斗は必要な食材を無事に買い揃えた。

「颯斗はん、この紙切れはなんなん?」

「莉乃さんは日本語が読めないようだねー。福引券って書いてあるでしょ」

「そ、それくらい分かっとるで。この福引はどこで出来るっちゅーのを聞きたかったんや」

「そんなの、この商店街のどこかに決まってるじゃない」

「そうやなくて、具体的な場所や、場所。この広い商店街を探すのは苦労するやろ?」

「莉乃さん、福引ならこのすぐ近くにあるよ」

「ホンマに!? さすが颯斗はんや」

「いや……。裏に地図が書いてあるから……」

「あっ……」

「ひょっとしなくてもー、莉乃さんはドジっ娘なんだねー」

 カレンからの鋭いツッコミで思わず視線を逸らす莉乃。誰がどう見ても動揺しているのが丸分かり。それでも誤魔化そうと、泳いだ目のまま弁解し始めた。

「こ、これはやな、ジョークに決まっとるやないか。もぅ、カレンちゃんも颯斗はんもせっかちやなー。ほ、ホンマにジョークやで? ちょいと試そうとしただけやー」

「ふぅーん、カレンには誤魔化してるようにしか見えないけどー」

「やっぱり莉乃さんって……ドジっ娘なのかな?」

「ち、ちっがーーーーう。ウチはドジっ娘じゃあらへん、颯斗はんのいじわるー」

 瞳をほんのり滲ませて莉乃が颯斗に抗議するも、その姿はまるで不貞腐れた幼子のように可愛く見える。しかも、真っ赤に膨らんだ顔が後押ししているようで、可愛さ指数を何倍にもアップさせていた。

「ごめん、ごめん、謝るから怒らないでよ。それじゃ、福引でもやりにいこうか」

「はーい、颯斗さんならきっと、一等賞が取れる気がするよー」

「う、うん……」

 ニヤニヤが止まらないカレン、羞恥心と戦っている莉乃、そしてなぜか口元に笑みを浮かべる颯斗。三人は福引券を握りしめ、抽選会場へと足を向ける。

 数メートルという短い距離。

 濃縮された時間の中で、久しく忘れていた楽しさが蘇る。

 関わった者を不幸にする──出来ればこの二人には降りかからないで欲しい。そう思う颯斗であった。

 抽選会場の作りはいたってシンプルなもの。体育祭で使われる簡易テントに長机のみ。ガラガラは無造作に置かれており庶民感が漂っている。

 しかし、後ろに張り出されている賞品一覧は、目を疑うほど豪華なモノばかり。あまりにもギャップが大きく、数々の疑問が湧くも颯斗は深く考えるのをやめた。

「福引券は一枚しかないけど誰が回そうか」

「そんなのは颯斗さんが回すに決まってるよー」

「ウチも颯斗はんに任せるでー。なんか、一等賞が出る気がするしなー」

「あははは、どうせ残念賞のティッシュに決まってるさ」

 欲望に塗れた莉乃とは違いお気楽モードの颯斗。無心に近い状態でガラガラに挑もうとする。運任せというものは雑念が入ると当たらない。無欲の勝利とまではいかないが、当たる確率は格段に上がるはず。

 いや、それ以前にシズクの力があれば当選確実。だが代償は計り知れないほど大きく、他人の幸運をすべて奪い取ることになる。そのような結果は颯斗の望むものではない。どうかシズクの力が発動しないように──そう願いながら颯斗はガラガラを回そうとした。

「それじゃ一回だけですけど、お願いしますね」

「はいよ」

 面白みのない変哲な音。

 一回転すると小さな玉が転がり出た。

 色など見なくても分かる。颯斗は一切の期待を捨て、念のために玉の色を見ようとした。

「ほらね、やっぱり残念賞じゃ──って、もしかしてこの色は金色なのかっ!?」

「お、おめでとうございまーす。一等の温泉宿泊券三名様分でーす」

 商店街に大当たりの音色が鳴り響く。喧騒としていた商店街に静寂が訪れ、周囲の人々から驚きの視線が一斉に向けられる。

 一本しかない大当たり。

 それが初日に出るなど誰も予想していなかった。

「さすが颯斗はんや。ウチと温泉行くのは運命ってことやな」

「それは違うよーだっ。颯斗さんはカレンと行きたいに決まってるもん」

 約束を忘れ前哨戦のように激突するカレンと莉乃。互いに火花を散らし一歩も引かずにいると、強大な力が戦いをあっさり終結させた。

「ふたりとも言い争いはダメって言ったじゃない」

「あっ……」

「そうやった……」

「それに早く帰らないと、夕食が遅くなっちゃうんじゃないかな?」

 颯斗のひと言で二人は大人しくなる。無言のままそれぞれの定位置──つまりは、右側がカレンで左側に莉乃という構図となる。当たり前のように颯斗の腕に絡みつく姿は、まさに両手に花と言ったところ。

 穏便になるのなら仕方がない。周囲から温かい視線を浴びながら、颯斗達は帰路に着いた。

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