それは愛……なのだろうか
猫DJゴッシー
それは愛……なのだろうか
猫DJゴッシー著
あぁ、私、早島理子も遂にここまで上り詰めたか。デビューして二十年。今年は遂に恐怖小説の老舗、怪談社からハードカバーで私の本が出た。未だに信じられない。母校の理事長にもなったし。なった途端に学生の大麻問題が起きたけどさ。大麻ぐらいでガチャガチャ言ってんじゃないよ! ガンジャガンジャ騒いでんじゃないよ!……って言う訳にも行かなくて、まぁ責任問題で減給されちゃったけど、忙しくも良い年だった。忙し過ぎて年賀状を書いてる暇もなかった。もう私が昔AV女優だったの、誰も覚えてないんだろうな。AV引退してからポッカリ時間が空いて、このまま風俗・水商売に流れるのも面白くないと思って一念発起、小説塾に通って、最初はAV業界裏話みたいなエロ小説を書き始めたのよね。実際に撮影現場で起きた不思議な出来事、例えば、スイッチを入れてないのに勝手にバイブが動き出したとか、いつもイケメン男優と絡む日に限って、その男優が来れなくて代打のキモ・デブ男優とセックスするはめになって、ハメたいはずがハメられた、とかさ。あれは絶対監督の策略。そんな体験を交えて書いてたら、松書房の編集者から「それって実話ホラーじゃないですか!」とメールが来て、「うちの怪談文庫アンソロジーに寄稿しませんかって」。
今思えば、あれが実話系怪奇艶笑作家・早島の第一歩だった。それから短編集が出て、文庫書き下ろしの長編に挑戦して、ソフトカバーで単行本が出るようになり、漫画化、映画化、と話が大きくなるにつれ、松書房では手に負えなくなって、気付いたら業界最大手・怪談社の怪奇文芸誌「群幽」で連載開始してた。インド人もビックリ。その頃にアダルト業界のツテで身体改造マニアG2さんと知り合って、この人の超絶陰茎を見た衝撃で一気に書いた「ペニスの夢は夜、四方に開く」で日本ホラー小説大賞受賞。G2さんはペニスを亀頭から根元まで切り裂いた強者、ここまでは本当の話。そこから話を広げて、半分になった陰茎を更に半分に裂いて、勃起すると四分割の陰茎がクパァと花開く様に広がり、根元から強酸性の白濁液を撒き散らし、次々と女性を溶かしていく、って物話にしたの。その後書きで、ひとみちゃんの小説『蛇からピアス』で「スプリット・タン」は知られるようになったけど、これはスプリット・タンならぬスプリット・チン!って書いたら、それもウケたらしく、後に「さけるチーズ」のチーズをペニス型にして中にクリームチーズを入れた「さけるチーンポ」が大ヒット。アイデア使用料?とかで印税も入ったし。今年は早島艶笑怪談ナイト(お食事と地縛霊付)一万円の座席数千五百が完売よ! 手ぬぐい、団扇、怪談CDのグッズも売れてるし。物販印税は小説印税より安いけど、怪談社はしっかりマネージメントしてくれてるし、付け届けも美味しい物ばかり。去年のお歳暮はダロワイヨのマカロン詰め合わせだったけど、今年は特に頑張ったせいか、「神様のおやつ」とも言われるモンディアルの栗スイーツよ! もう舌も身も心も蕩けちゃった。でも怪談社一番のポイントは私の担当者、若くてイケメンの野呂恭介。こんな子をあてがってくれるなんて、怪談社はよく分かってる! でも凄い真面目なのがちょっと欠点。スマホの番号教えてって言っても、早島先生とは仕事のパートナーとして二人三脚でやっていきたいので、社用スマホに電話して下さいって。でも電話するといつも「只今会議中です」の留守電メッセージなのよね。私の恭介をこき使ってるのは誰なの! 上司出て来い! いつだったかな、焼肉ファッション専門誌『晩餐館』が企画したムック本『女流作家のお洒落エプロン』の出版記念パーティで、見栄子ちゃん、りさちゃん、ひとみちゃんと仲良くなって、カルビをたらふく食べてから「さぁもう一軒行くわよ」って会場を出た所で、恭介君にバッタリ会って。ふと腕時計を見たら九時を回ってた。「仕事帰りで、今日は早い方です」って、太い眉毛をクイクイ動かしながら言ってた。退社が九時で早い方って、やはり仕事熱心なのね。
太眉の男ってあそこも太いって本当かしら。恭介の事を考えるだけで、膣がキュンキュンしちゃう。キュンキュンを通り越して潤潤って感じだけど。言っとくけど尿漏れじゃないわよ。こっちはいつでも準備OKなのに、恭介はなかなか乗って来ないのよねぇ。先週のクリスマス、打合せの食事後にバーで飲んで、「酔っちゃった、もう歩けな~い」って私が百パー誘ってんのに、なんで「会社のタクシーチケット有りますから使って下さい」なの! そこは「ホテルで休みましょうか」でしょ。ほんと、マジメ。でもあの太眉で言われたら、何でも受け入れてしまうわ。先日も「ホラー文学界の女王様に対して物販の印税が3%で申し訳ないんですが、規定ですから」って。内心エーッてなったけど、断れなかった。これって愛のなせる業ね。
***
年が明けて一月四日。怪談社社員野呂恭介は日も暮れてからのんびりと出社した。三階には文芸誌「群幽」、情報誌「東京ウォーキング・デッド」、漫画誌「オハヨー」の編集部が入っているのだが、ほとんど人はおらず閑散としていた。
ちっ早く来過ぎたか。まぁしかし新年初日から超社長出勤でわざと終電逃してタクシー帰宅ってのも拙いしな、恭介は心の中で呟きながら自席に着き、届いた年賀状をパラパラと見始めた。
「あれ、早島から来てないなぁ。ちょっと売れたからってあいつ生意気なんだよな。何回メシ奢ってやったと思ってんだ……まぁ会社の金だけど」と一人ごちた。
「さて、メールのチェックでもすっか。おっとその前にタバコ休憩だ」
恭介がフロア片隅にある喫煙ルームに入ると既に漫画雑誌「オハヨー」編集部員岸利亨が缶コーヒーを片手にタバコを吸っていた。
「おう、恭介アケオメー」
「アケオメー」
「お前が担当してる早島、凄い人気じゃん」
「まぁな。年末に実家返った時、父親に早島理子の担当してるんだって言ったら、『ナニ、昔凄いお世話になった!』って興奮して言うからさ、知り合いなの?って聞いたら、『いや、会った事は無い』って。意味不明。もう認知症来てるのかと思うとゾッとするよ。そういやさ、去年、月刊「ブチコミ」の漫画家が自殺したろ。「オハヨー」は大丈夫なの?」
恭介はタバコに火を付けながら岸利に訊いた。
「うちは大丈夫。しっかりヨイショしてっから。先生の漫画は最高です。先生が一番です!」
「私の奴隷の中では」
「ははは。それは言わない約束だろ」
「まぁな。でもうちらの中でも面従腹背が出来ない奴いるじゃん。漫画とか小説読んでる奴らを尻目に勉強して良い大学入って、一流会社に入ったと思ったら、小説書いてる馬鹿のお相手だもん。プライドがな」
「分かるなぁ。知り合いの編集者だけど、担当の漫画家が新刊発売記念で個展とサイン会やるって時にさ、どうぞ御勝手にって手伝いに行くどころか、祝花も送らなかったらしいんだわ。会社の金で出せるのに。そしたら漫画家すねちゃって、連載止めて、他の出版社に移ったって。いなくなってスッキリしたぜって言ってたけど手持ちの奴隷を減らしてどうすんだよ」
「豚をおだてて木に登らせるのも楽じゃない。そう言えば、いつだったかな、今日みたいにのんびり出社して、だらだらしてから退社した帰り、早島が売れっ子の後輩を連れ歩いてるところにバッタリ行き当たってさ。それが、美人御三家って言われてる、川上、全原、綿弓の三人」
「あぁ」
「知ってんのか」
「川上は知らないけど、以前編集部で全原の『蛇にピ~ス♥』か綿弓の『蹴りたい魚』をコミカライズしようって話があって。だから顔は知ってる」
「微妙に書名違うけどな。ヤルならどっち?」
「全原だね。あの上品なヤンキーっぽい感じがイイ。たまたまテレビつけたら、自分ちの書棚を紹介する番組でさ、革ジャンでうんこ座りしながら、『オルハン・パンクにハマッてんの』とか言ってたぜ。パンクとかヘビメタ聴いてそうだもんな。恭介は?」
「俺は綿弓だな。むっつりスケベそう。濃厚な舌技をご堪能頂けますって感じがする。早島も美人の方だけど、「昔☆美人」と「今☆美人」じゃ全然違うじゃん。そもそもなんで俺が早島の担当なんだよ。編集長にさ、同世代の作家を担当させて下さいって頼んでんだけど、全然替えてくれない。まぁ早島なんかに絶対俺のケータイ番号教えないけど、あの御三家だったら、訊かれなくても教えたい」
「ははは。そうだ、早島監修の裂けるチ~ンポ旨いな。先っちょを少し裂いて、中のクリームチーズ吸うの楽しいぜ。フェラってこんな感じか、とか思いながら。うちの編集部は漫画のアニメ化とかキャラのグッズ販売とか慣れてるけど、そっちの編集部は初めてだろ。使用料で揉めたりしなかったか?」
「大丈夫。製造会社から使用料定価の6%って提案でさ、早島には3%って言っといたよ」
「半分頂きって事か」
「仲介料さ。早島だって何もせずに金が入るんだから、文句は言わせねぇ。季節毎に付け届けはしてるし、使える奴隷には冠被せておくさ。王様だと勘違いさせるためにな。使えない奴隷は自殺でも何でもして下さいっての。知ってるか、うちの文学賞の応募数、発行部数より多いんだぜ。「作家先生」ワナビーのカスばっか。読む方の身にもなってくれっての」
「雑誌を買いもしない奴が原稿送ってくる訳だ」
「そう言う事。しかもあのババア、奴隷の分際で俺に色目使うんだよ。この前接待してやった時なんかさ、『酔って、もう歩けな~い』ってしな垂れかかって来やがって。重いんだよ! 歩けない? 骨粗しょう症かって。酒の代わりにサプリでも飲んで骨密度高めとけって。ついでにダイエットもしろっての。うちは一見さんと熟女お断りなの。しっかし、どうしてこう、作家ってオメデタイ奴ばっかりなんだろうな、単行本の印税は10パーセント、つまり90%はこっちが取りますよって話じゃん。俺だったら断るね。少なくとも交渉はする」
岸利は缶コーヒーをぐびりと飲み干し、
「まぁ、あいつらはいい歳こいて、まだお絵かき・作文ばっかしてんだからしょうがねぇ。無知のなせる業さ」
終
それは愛……なのだろうか 猫DJゴッシー @NekoDJ
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