『鳴』の章(四)

 無自覚な二人が、だんだんと恋を自覚していく。

 最後は愛を交わして「どこまでも行こう」と。

 サロメとチェリは、どこまで行けただろうか。

 羽花無百合姫はかなしゆりひめ亜鈴柀ありすぎサクラは手をとって、どこまで行けたのだろう。

 台本を書いた道寺満どうじみつる先輩は、ただ二人の劇を書いただけだ。

 それ以上もそれ以下もなく。

 ねねは、そっと台本を閉じた。

 どっちが先だったのだろう。羽花無百合姫はかなしゆりひめが存命だったころか、それともいなくなってしまった後の話なのか。

 深く調べれば分かることだろうけど、ねねは知らないままがいいと思った。

 分かること。

 道寺満どうじみつる先輩は「こうあってほしい」と思って書いた。

 二人は想いはあっても、こういう関係になることはなかったから。

 コンコンッとノックされて「はあい」と言う。

「にぃちゃだ。夕飯できたって」

「いまいくー」

 そういえば夕日に、こういった話を聞いたことがなかった。イケメンだし、大学まで行っているのだから、女の子にきゃあきゃあ言われていると思うのだけど。

 ねねの扉から離れないうちに、

「にぃちゃ」と夕日が喜ぶ言葉を口にする。

「ねね!」

 そっと扉を開けると満面の笑みの兄がいて、ねねは乾いた笑いが出た。

 呼び止めて見たものの「誰かと付き合ったことある?」という言葉が喉に詰まる。

「どうしたんだ?」

「……にぃちゃは大好きだけど、告白できなかったことってある?」

「ねね! 好きな男子ができたのか!?」

 キンッと大声が聞こえて、ねねはウッと耳をふさぐ。

「いないよぉ、ただ、おにいちゃんの意見がほしかっただけ」

「ん、そっかあ。にぃちゃは告白されることはあったけど、こちらからっていうのはなかったなあ」

 ねねはイケメンは何を言ってもいいのだと、目の前の兄を見ながら思った。

「特別に大切にしたいって人はいたけど、それが恋とか愛とか、そういうものじゃなくて、ただコイツといると楽しいなあ、て。ねねにもいるだろう?」

 パッと真琴が浮かんで、こくりと頷く。

「息が合うていうヤツなのかな。一人、いつも本を読んでいる静かな友達がいて、連む感じじゃなかったんだけど、たまに図書室にいて、よく目の前でただただ本や勉強をしていた時があったなあ。あの居心地の良さはなんだったんだろうな」

 陽の光が暖かく、机が並び、カーテンが揺れる。目の前には男子学生が文庫本を読んで、自分は勉強をしている。ただそれだけの関係が心地よかった。

 ねねは、そんな妄想をして、どこかであったような。

 と、首を傾げる。

 ただそれだけでいい。

 そこにいてくれればいい。

 あ、と思い出す。

 百合姫がいたらいいと思うねね。

 百合姫がいるんじゃないかと思うサクラ。

 そうであるように椅子に座る百合姫。

「どうした?」

「ううん、なんでもない」

 ねねはそう言って、階段に向かって歩く。

「そういえば、今日、階段から落ちた子がいたんだよ。だから、部活なくなっちゃった」

「転落しただけでか?」

「うん」

 なんでだろうな、と夕日は言いつつ階段を下りていく。

「ねねも気をつけるんだぞ」

「うん」

 リビングに着くと、この匂いはカレーだと気づく。

「カレーだね」

「だな」

 扉を開けば、各席に皿を置く明子と帰っていた父の暁人あきひとが着席している。

「お父さん、おかえり」

「ただいま」

 帰ってきたばかりなのか、薄いブルーのYシャツを着たままでテレビを見ていた。

 テレビは天気予報が流れていたが地域のニュースになった時、

『本日十七時頃、女子高校生の誘拐未遂があり、女子高校生は軽い怪我を負ったのとのことですが命に別状はなく、このことをうけて警察と地域見守りボランティアで見回りをすることになり――』

 カレーをすくっていた手が止まった。

 これに夕日と明子だけがピリッとした空気になり、暁人だけが「なんだ?」と口にする。

「……あなた、あとで話すわ」

 明子が言うと、何かを察したのか暁人は「そうか」と言ってカレーを口に運んだ。

 ねねの母は、多分、もしかしたら「連続誘拐事件」が起きているかもしれないと話すだろうか。

 妄想だけかもしれないけれど、どっちかというとねねがいろいろと首を突っ込んでいることを話すかもしれない。

 暁人は肝試しの件で、かなり怒っていたし、サクラに対しても強く糾弾していた。

 明子は、ねねと約束してくれた分、暁人がねねに対して制限を設けることはないはず。

「夕日、ちゃんとやってるか」

 そこからは近状報告会だった。

 ねねにも圧は来たものの「階段から落ちた子がいた」に対して夕日と同じく「気をつけるんだぞ」と注意されて頷くに終わる。

 そのあとは風呂に入り、歯磨きをして床につく準備をしていると携帯にメッセージが来ていることに気づいて慌てて開くと広大からだった。

『話し忘れたのといろいろとあったので、もういらないかとおもったんだけど、おにいちゃんに聞いた七不思議もどきの話を共有しておくね』

 それか続いたのは、

『おにいちゃんも言ってたけど、かもしれない的なものなんだけど。前に聞いた時に何個かにているのがあったから、もしかしたら、ちゃんとした七不思議なのかもしれない』

 じゃあ、書いていくね。と終わり。

『同じなのがプールが赤くなる。それと足が掴まれる。あとは呪いの教室があり首がたくさん吊られている。音楽室のピアノが聞こえる。人影が追いかけてくる。美術室の石膏像が動く。これだけなんだけど、七つ目がないんだ』

 部屋の時計を見て九時くらいだったので、起きているかと、

『ありがとう。七つ目がないって本当?』と送る。

『うん、僕はこの七つ目に『裏田さん』が入るんだと思う』

 と、いうことは、とノートを開く。

『七つ目、そうかもしれない。今まで調べて七つまであったの人形さんっていう六年前の七不思議なんだけど、これも『さん』が入って完成してる』

 あ、と思った。今日は酷い別れ方をしてしまっているのに、

 ねねは急いで今日のことを『ごめんね』と返す。

『大丈夫だよ。嫌なことを言ってごめんね』

『ううん、わたしがあんな態度とっちゃって』

亜鈴柀ありすぎ先生のこと好きなんだね』

「えっと」悩む。立ち上がったのはサクラが百合姫を殺すはずがないと確信があったからだ。

 あの二人の関係を知っているのは、ねねだけである。

亜鈴柀ありすぎ先生は、そういうことしないかなって思っちゃって。本当にごめんね』

『それで七不思議なんだけど、何か分かる?』

 話をそらしてくれたのか、広大が聞いてくる。

『たくさんあるけど、メッセージだけじゃ足りなくて』

『じゃあ、どうしようか。学校で聞くよ。今日、誘拐未遂あったみたいだし、夜波さんを出歩かせたくないから』

 ニュースを見たのか。

『ありがとう。じゃあ、月曜日にね』

『うん。夜遅くにありがとう。おやすみなさい』

『おやすみなさい』

 ここで広大との連絡は終わった。ねねは真琴にも連絡をいれるべきかとメッセージアプリで一番上にある真琴の名前を押してトーク画面にすると、

『あまちゃん、今日はごめんね』と送る。すぐに、

『いんや、いやなこと言ってごめん』と返された。

 ほっとして、

『そういえば休日の部活はどうなったの』と送る。

『午前だけやることになった。校庭でやるし、大丈夫って思ったんじゃない?』

『でも、今日のニュースで誘拐未遂とか出てたよ』

『マジで? 連絡くるかも。あ、きたわ。ごめん、ねねちん』

『いいよー。じゃあ、月曜日にね』

 真琴は意に介さず、軽く別れるとメッセージ画面に戻って、ねねはぼんやりと天井を見た。

 随分と話は深くなり、分からないことが多い。

 一つひとつ解決していくには、ねね一人では無理だ。

 ちゃんと最初から全部話せる人が必要で、その人と連携を取りながら事態を進めないといけない。

 だれだ、だれだ、と頭を押さえる。

 真琴? 広大? 悠大? サクラ? 百合姫?

 多分、現実の世界は広大と話すのがいい。

 そして、幽霊の世界では百合姫と話すのがいいだろう。

 でも、百合姫の存在を誰に話したらいいのか分からない。

 きっとサクラは感づいている。しかし、復讐の心があることをねねは知ってしまった。

 頭の中がくしゃくしゃになる。

 ごろんとベッドへと横になって目を閉じた。

 月曜日まで二日も時間がある。その間にできることを考えながら、誰に相談すればいいのかも考えるといいや、と思考を放棄した。

 もぞもぞとベッドの中に入ると、携帯を充電ケーブルに繋いで、今度こそ寝る為の目を瞑るをする。

 百合姫は何かを知っているはずだ。

 問いだたさねば。ねねはゆっくりと眠りの中に入っていく。

 あの綺麗に笑う百合姫を思い出しながら。

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