百合色サロメ~先輩と私と時々センセイ~

大外内あタり

『噂』の章(一)

裏田うらたさん』

 その噂が流行ったのは入学式から三ヶ月、いや四ヶ月の頃の始まりか。突如、校内で流行りだした『ソレ』は瞬く間に一年から三年へと、先生にまで広がり、沸き立つ生徒たちは夜中に校内を散策するという肝試しにまで流行ったので、先生たちは、学校集会で「わたしたち、教師が交代で巡回することになりましたので、生徒一同は肝試しなどをやめるように」と告げた。

 が、その行為が更なるガソリンであることを怖い話が好きではない、信じない、一部の生徒は感じとり、もう一部は、それが燃え上がると高鳴る鼓動に胸を膨らませる。

「次は一年! 体育館から退場!」

 一組から順番に退出していくと夜波よなみねねの瞳は三年生の羽花無百合姫はかなしゆりひめを探す。

 また居ない。

 入学式には離れたところ、教師である亜鈴柀ありすぎサクラのそばにいたので、今回の騒動には興味を持たなかったのだろう。

 ねねは生徒の波にのまれながら「ふう」と口に出す。

「なーに、ねねちんはため息をついているわけ?」

 入学して初めてできた友達の朝日真琴あさひまことが、ねねの肩を叩く。

 ボブの黒髪に、少し焼けた肌。大きな黒い瞳。スポーツ少女を思い出すような見目、シャツをスカートから出し、ちょっとだらしなさが活発少女。

「あっ、んーん、なんでもない。あまちゃんは肝試しした?」

 朝日の「あ」と真琴の「ま」で「あまちゃん」

 これは初めて、ねねと真琴が自己紹介した時に「そう言って!」と言われたことで、ねねは大分気に入っている。

 ねあかな真琴はいつだって元気で、こういったことに首を出すかと興味が沸いた。

「あー、あたし、怖いの苦手なんだよねー」

 交代に「ねねちんは?」と質問されて、ねねは首を振る。

 怖いわけではないが、肝試しを実行すできる友達がいないし、一年生ということで、まだ校内を把握していない。

 家庭科や音楽室などがある特別棟は、まだ授業で使うことが少なく、道に詳しいと聞かれるとそうではない。

『裏田さん』が出たというのは特別棟なのだ。

「二年生と三年生が躍起になって肝試ししてるって。そんなに楽しいかねぇ」

 真琴は腕を組ながら、首を傾げる。

 上級生が多いように聞こえるが、どちらかというと部活の先輩たちに付き合って、一年生も居残り『裏田さん』を見たのだという。

 だから、この噂は上から下まで流行った。

 ねねは演劇部だが、話が細やかな頃、部長の奴井田ぬいだは怖い話がダメらしく、やっているやつらがおかしいとまで言い。うちではやらないからな! と演劇部員全員に宣言をするまで至る。

 そんな出来事の中、窓辺で木材の椅子に座った同じく演劇部の部員である百合姫が、くすくす笑い、そちらの方が覚えていた。

 教室に移動しながら、

「あまちゃんの部活は?」

 聞いてみると真琴は「んー」と、唇を尖らせ、

「やったらしい、んだけど」

「ど?」

 真琴の顔は渋く、言いたくないのかとねねは「気になっただけだから」と言葉を添えようとしたところで、

「なにも! 成果は! 得られませんでした!」

 と、真琴は演技がかった声で告げた。

 某漫画の台詞に「ふは」と声が漏れて、とん、とねねは真琴に肩を寄せる。

「噂は噂だけど、大分、大事なことになったね」

 この噂には『話』しかなく、だれそれが怪我をしたやら保護者から苦情がきたやらの話を聞いたことがない。

 ただただ夜中近くまで生徒が校内に残り、面白半分で肝試しをしたことを教師たちは危険視しているのだ。つまり、噂の『裏田さん』は理由の一つでしかない。

「最初はマジで見たっていうけど、自分が見たこともないことを言われたって、どうしようもないじゃん。ねねちんもそんな感じでしょ」

「だから、噂なんだけどね」

 階段を上りながら真琴とねねは語り合い、噂から昨日見た番組の話に変わり、そのまま学生の一日が始まったのであった。

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