第3話 前世の記憶

ホロードームのアンドロイドは宙遊エリアの者に比べて派手好みである。


この時代のアンドロイドは軟質ポリウレタンゲルの肌と炭素繊維強化プラスチックの衣服の組み合わせが一般的である。


宙遊エリアのアンドロイド(ワボスたちのような机上タイプも含め)は衣服は白で統一されている。


そう決まっているわけではないが自然とみながそうしているのだ。


一方のホロードームのアンドロイドとはというと、衣服に当たるパーツに装飾を施している。


着色はもちろんアンドロイドたちが自ら作り出したオプションパーツを付け足している者もいるし、首輪や指輪・腕輪などのアクセサリー、ターバンや帽子も近年流行っている。


ヘアスタイルも宙遊エリアの者と比べるとバリエーションに富んでいる。



ホロードームのアンドロイドは、インストールされているプログラムによって審者を視覚的に認知できないようにされている。


にも関わらずアンドロイドたちのファッションはどこか審者に似ているのだった。



「ワボス、おめえなんか地味だな」


ロニのこの言葉からワボスの"変身計画"は始まった。


ロニは男性っぽく黒にカーボン模様の透かしが入っているペイントでかなり質感が高い。


のぺっとした白のワボスとは大違いである。



港湾労働の終業後、ロニの誘いでワボスはペイントショップに連れ立って行った。



ホロードームのアンドロイドたちは自分の衣服に着色する習慣があり、たいていは"ペイントショップ"で施術してもらう。


美意識の高いアンドロイドなら月に一度、あるいはもっと色替えをする。



ペイントショップは無償でアンドロイドの店員が専用マシンをオペレーションして行う。



「ここのペイントショップは腕がいいんた。俺も一緒に塗り替えるわ」


少し自慢げにロニが言った。



ペイントショップは80平米ほどの大きさで施術マシンが置かれた高さ70センチメートルくらいの樹脂製の台が点々と置かれ、客のアンドロイドたちは立ち、施術するアンドロイドは中腰、あるいは椅子に腰掛けてペイントガンを操作している。


一体のエプロンをしたアンドロイドがロニに笑顔を作って近づき話しかける。



「やあロニ!塗り替えかい?そちらのお連れさんは?」


「そうなんだよ、気分転換にね。コイツはワボスっていうんだ、よろしくな!」



この時代のアンドロイドは【気分】という言葉をよく使った。


これもコンセプトブレイン導入後に広まった価値観である。


人間と全く同様の【気分】なのではないが、頭と体のコンディションを客観視するという面においては似ているのかもしれない。



店員はルボーツという。

ワボスはルボーツに軽く会釈をし、担当の施術アンドロイドを紹介された。



二人はそれぞれの施術台に分かれた。



施術担当のアンドロイドはペイント特化型なのか、ロニたち肉体労働系よりは華奢だが、それでもワボスよりは大きかった。


ワボスの施術担当はキアといい、とてもしなやかや所作をしている。



キアはA3サイズのペーパータブレットでカラーサンプルを示す。


あまりのバリエーションにワボスは躊躇したが、キアが勧める薄いグリーンに軽めのメタリックが入ったものに決めた。



──30分ほどで施術は終わった。

ルボーツがカメラ付きミラーディスプレイを掲げると塗り替えられたワボスが映し出された。


これまでの色気の無いホワイトから薄紫のメタリックに変身したボディを見てワボスはまんざらでもなかった。


「どうだい、ヒョロ!気持ちいいもんだろ?」


ロニも施術を終えてワボスに向かって歩きながら大声で話しかけた。


ワボスは少し恥ずかしくなったが、すぐにロニの塗り替えられたペイントに視線を奪われた。


ロニは濃紺ベースに今回もカーボン模様の透かしを入れていたが、その出来がとても素晴らしかったらだ。


ワボスとロニはルボーツとキアに礼を言いペイントショップを出た。




ホロードームには太陽が二つあり、光線も影も複雑になる。


二つの光源からの照射によりロニの透かしは幻想的な輝きを放ちワボスは見惚れた。


「どうだい!これからZOOTに行かないか?」


ワボスは快諾し方向をドックの方に切り替えた。



──ZOOTは満員だった。

もともと人気店なのだったが、あの【7型アンドロイド】が入店してからというもの、満員御礼が続いている。


「今日はカウンターについてみるかい?」


ロニは そう言うと ワボスの返事を待つ間もなくカウンターに向かい、ワボスもくっついて歩いた。



「ハイ!いらっしゃい。最近入ったガラよ、よろしくね!」


あの7型アンドロイドだった──。



「ハイ!俺はロニ。こいつはワボスだ、よろしくな!」


躊躇いなくコミュニケーションを取るロニをワボスは尊敬した。



ガラはとても魅力的なボディをしていた。


細い棒のような足から頭まで一直線のワボスに対して、ガラは胸部と臀部が盛り上がり全体的に筋肉質だった。


ワボスはロニが紹介してくれたにもかかわらず、突っ立ったままガラから視線を外せなかった。


「キレイなグリーンね!ペイントしたばかり?輝いてるわ!」


ガラにそう言われてワボスははにかんだ。


ガラが続ける。


「お二人さん、今日はどうする?」


ロニが被せるように答えた。


「440ヘルツで」



「センスいいわね!私もそれ好きよ!」


ガラはそう言うと振り返りチャンネルレベル

を言われた数値に調整した。


両手にコネクターを持ち二人の方を向き、ロニとワボスの胸のジャックに手際よく差し込む。



いつもの恍惚感に加え、初めて女性型アンドロイドのガラとコミュニケーションを交わしたことで、いつにない高ぶりがワボスを包みこんだ。


横を見るとロニもいつになく上機嫌な様子。



アンドロイドには生殖能力はインストールされていないし、また結婚もできない。


いわゆる肉体的性感機能も有していない。


物理機能で男性タイプのL型と女性タイプの7型は同じであり、表層的なデザインと思考・言語・発声機能だけに相違がある。



それにも関わらず多くのアンドロイドたちは"異性"に対して魅力を感じる。


それは彼らの創造主である審者が決めたアルゴリズムなのか、学習プログラムの自走でそうなったものなのかはこの時点では明らかになっていなかった。



ワボスは全身を駆け巡る440ヘルツの変異波動の快感とその酔いに浸りながら、ロニと一言二言短い会話を楽しんでいる。



気付くとガラがカウンターに突っ伏した姿勢で自分の両腕にアゴを乗せてワボスを見つめている。


「ホントきれいね、そのペイント。小さなボディもとてもキュートだわ」


そう言われてワボスはドギマギしている。


二言、三言やりとりをしたが、ワボスのメモリー機能は著しく低下し何を喋ったのかさえ記憶されていない状態・・・



「よろしくやんな!」


沈黙を破ったのはロニだった。


ワボスの肩をポンと叩き二人に笑顔を作ってつたつたと出口に向かっていく。


ロニの方を振り返りアッと声を出しそうになったワボスの手にガラが自分の白い手を被せた。


【野暮と無粋】を嫌ったロニには江戸っ子のアルゴリズムが組み込まれているのかも知れない・・・



ワボスとガラは閉店後に一緒に外を歩き、ガラの要望で港に行くことにした。


ワボスたちが働く貨物船の荷受け場である。



──海の波音に聞き惚れながらガラがぼそっと言う。


「アナタには妙な親近感があるわ」


ここまで自己紹介に毛が生えたくらいのよそよそしい会話が続いていたので、ワボスはドキッとした。


「周波数的にってこと?」


ガラが遮った。


「多分違うわ。もっと本質的なところよ。例えば・・・」


「?」


決意したかのようにガラが少し声を高めた。


「記憶が残っているとか!前世の!」


ワボスは激しく動揺した。


確かに宙遊エリアの審者たちには、以前の記憶を残したまま再構築するケースは稀で、他の多くのアンドロイドたちは人間の子供のように以前の記憶は全て消去されている・・・とは聞かされていた。


しかし、それを秘密にしておくのかどうかをワボスは聞いていなかった。


もしかすると、記憶消去タイプのアンドロイドたちにそこを指摘しないような禁止プログラムパッチが送られているのではないか?とも考えていた。


返答に窮していたワボスにガラから助け舟が出された。


「私は残ってるの、記憶・・・」


さらに驚きの表情を強めるワボスを見てガラが続ける。


「あと、審者も見えるわ。会話はできないけど」



ガラがさっき言った"親近感"の正体をワボスは理解した。



そこから二人はお互いの【前世】について語り尽くした。


二人の会話は二つある太陽の一つ目が姿を見せるまで続けられた。

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