第11話 沈黙を燃やせ②

ジャックス達の目を避けるように、そっと船着き場の端から“盗んだ”船に乗り込む。老爺の船は、ごく簡単なボートにモーター式のスクリューと舵がついただけの小舟だった。


「お前、モーターボートの運転いける?」


 宇津木が、モーターや燃料を点検していた黒島に、ぽいとキーを放る。


「訓練校の教科書通りなら」


 たしか、1回くらいは実習もあった。キーをカギ穴に差し込んで捻るとエンジンがかかった。それほど馬力もないらしく、存外、静かなモーター音。偵察には、ちょうどいい。


「旧式だな。シンプル・イズ・ベスト!」


 黒島がスクリューのスイッチを入れ、小舟が海上を走り出した。その姿を、岸から追う双眼鏡。ジャックスだ。小舟を目で追いながら電話をかける。


「…はい、あのう、銀髪に片目のデッカイ野郎で。――え、2人?あ、はい、カモフラージュのつもりか愛人連れて。どうしますか…」




「…すると、1年前、この村は急に金回りが良くなったというわけか」


 雑貨屋の老爺の話を、宇津木が翻訳して黒島に聞かせる。


「おうよ。たぶんヤバい仕事だろ。しかも、今じゃ村中が、その仕事に頼っている」


「あとは、その“ヤバい仕事”がH.B.Rに関連しているのかの確認だな」


 黒島が潮風に乱れる髪を押さえながら、言った。時期的にはH.B.Rが日本から引き揚げた時期と重なるが、全く別件の「ヤバい仕事」である可能性も検証しておかなくてはならない。

 小島に近づいてきたので、まずは一番右側の島の1kmほど手前から、ぐるりと距離を取って回ってみる。切り立った岩島だが、後ろに小さな階段が設けられていた。


「一応、使えはする形だな…」


 宇津木が、左腕を添えて支えた望遠レンズを覗きながらパシャパシャと写真を撮っていく。


「警備状況はわかるか?」


 黒島に問われて、視界を動かしてみるが、特に警備員などはいないようだ。


「防犯カメラなんかは、もうちょっと近づかねぇとわかんねぇな」


 慎重に小舟を近づける。いざ見とがめられても「やりすぎ観光客」として、しらばっくれる予定だが、見過ごしていただけるなら、それが一番だ。


「特には見えない、か…」


 黒島が双眼鏡を覗いた。見える範囲でしかわからないが、アジトにしてはだいぶ、手薄。

 次に真ん中の島に視界を移す。


「おっ、裏には洞穴が開いてるぜ」


 真ん中の島の裏は、海蝕洞になっていた。波の浸食で、船着き場のように海を引き込んだ形の洞窟だ。さらにその上には、岩に張り付くように造られた建物。天然の海蝕洞を囲うように、岩肌と一体化するようなコンクリートの壁。軍用建築のような無骨さがあった。ちょうど、岸側に岩の壁を向けるような形で、裏に建物があるとはわからないようになっている。


「誰のかわかんねぇが、100%秘密基地だな」


 ふふん、と宇津木が笑った。「秘密基地」なんて、響きだけでも気分が上がる。

 左側の島は一番小さく、どちらかというと島というより巨岩のようであった。


「ふん、子供か。…真ん中の島で確定だな。船もつけられるし、十分な規模の建物だ」


 黒島が双眼鏡を外した。とりあえず、表には警備員などは見えないが、これだけの建物ならば中にいくらでもいるだろう。防犯カメラ、赤外線センサー等々、野外戦というより家屋内交戦と思って掛かった方がいい。


「…装備が合わんな」


 黒島の呟きに、宇津木も軽く頷く。T部隊は、偽情報を掴まされた時の、野外戦装備のまま潜伏している。本来ならいったん引き揚げた方がいいのだろうが…。すでに、こちらの動きを掴まれて警戒されている以上、時間をかければ、それだけ逃走の可能性を高めてしまう。致し方なし。


「そろそろ戻ろうか」


 陽も落ちてきた。海上を渡る風が肌寒い。夜の帷が落ちる前に、あの島に灯りが灯るかもしれない。舟は波間を切って、ゆっくりと引き返した。


〈つづく〉

 

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