魂の軌跡 ―記憶を紡ぐ絆―
舞夢宜人
第一編:失われた記憶の夜
第1章:始まりと終焉
第1話 合格発表の制服と微かな予感
パソコンの電源ボタンを押す指先が、微かに震えていた。画面がゆっくりと明るくなり、やがてブラウザの起動音が部屋に小さく響く。隣に座る美咲も、固唾を飲んでその画面を見つめていた。今日が、俺たちの未来を左右する、地元の国立大学の合格発表の日だ。
数日前に高校の卒業式を終えたばかりだというのに、美咲はまだ真新しい制服姿だった。紺色のブレザーに、白いブラウス、そしてチェックのスカート。部活を引退するまではショートボブだった髪は、今は肩にかかるセミロングになり、一本のゴムでキュッと高い位置でポニーテールにまとめられている。その毛先が、美咲が息を詰めるたびに、小刻みに揺れる。なぜ制服なのか、美咲は何も言わなかったし、俺も敢えて聞かなかった。ただ、その選択に、彼女なりの特別な意味があるのだろうと、漠然と感じていた。
俺と美咲は、高校一年で一緒にクラス委員を務めてから、三年間の全てを共に過ごしてきた。体育館の部室でバレーボールに打ち込んだ日々も、放課後の教室で共に参考書を広げた時間も、くだらないことで笑い転げた帰り道も、その全てに美咲がいた。親友と呼ぶにはあまりにも深く、互いのことを知り尽くしていたけれど、恋人というには、何か決定的な一歩が足りなかった。手をつなぐことも、キスをすることもなく、ただ互いの存在が当たり前のように隣にあった。
けれど、もし今日、二人揃って同じ大学、工学部の情報工学科に合格していれば、これからの四年間も、俺たちは共に過ごすことになる。それは、今までの関係を大きく変える、新たな「始まり」の予感だった。共に学び、共に成長し、そして、これまで踏み出せなかった一歩を、今度こそ踏み出すきっかけになるかもしれない。
美咲が、じっと画面を見つめていた視線を、そっと俺の横顔に移した。その視線に気づいて顔を向けると、美咲は少しだけ口角を上げた。
「……なんか、緊張するね」
声に出すことで、ようやく息ができたような、そんな弱々しい声だった。
俺は小さく頷き、マウスを握り直す。心臓が、まるで部活のマッチポイント直前のように、ドクドクと大きく脈打つのを感じた。
俺の胸の奥には、美咲の両親と会った時のこともよぎっていた。何度か、この家で一緒に勉強会を開いた際に、両親には紹介している。その都度、美咲は礼儀正しく、それでいて親しみやすい態度で接してくれたから、悪い印象はなかったはずだ。むしろ、俺の両親は美咲のことを気に入ってくれていたように思う。もし、この合格が、俺たちの関係をさらに深めるものとなるのなら、両咲はきっと、俺の両親にも、もっと深く受け入れられるだろう。
画面に表示された大学の公式サイトのリンクをクリックする。指先から伝わるマウスの冷たい感触が、なぜか現実感を増幅させた。未来への扉が、今、開かれようとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます