想いは近く、願いは遠く。
はつのひまほろ
第1話 祖母の家
「―間もなく、
古臭い列車の床下からはブレーキをかけたであろう、金切り音が鳴り響く。
運転士に切符を渡して列車を見送った。相変わらず物凄いエンジンの音だ。
木造の駅舎、少し剥げた駅名看板、外には「名月湖浜駅」と達筆な文字で書かれた看板。差がひどい。しかし、何も変わっていない。前に見た景色と同じでどこかホッとした自分がいる。
―祖母の葬式以来、何年振りかにやってきたこの街。
これからこの街で暮らすことになった。
家の都合でここ、
海沿いの小さな町だ。何もない。車が無ければ何もできない。
不便な町である。
そんなことを言っていてもしょうがないので、とりあえず向かうことにした。
海に近い街だが、亡くなった祖母の家は少し高い場所にある。
一瞬だが話を変える。
今は6月末、まだ梅雨は明けていないのだが尋常じゃない暑さをしている。
熱中症で病院送りになった、なんて話をよく聞く。
本題。
私の記憶が正しければ、祖母の家まではかなりの距離―ざっと2、30分歩く。
気温はおそらく30度越え。何もしていないのに汗が出る。
時刻は午後2時を過ぎたぐらいである。
今手持ちのペットボトルを見た。…お茶が半分。
絶対に足りない。本能がそう告げている。
幸い、駅舎を出たすぐそこに自販機を見つけた。蜘蛛の糸で張り巡らされていたが。
ただの水のはずなのに1本130円もするがしょうがない。
お茶を飲み干し、祖母の家へと向かう。
途中、旅館と看板に書かれた廃墟。シャッターが開いていない鮮魚店。
何も置かれていない直売所、コイン精米機。
坂道を上った先に廃校と広いグラウンドにプール。
申し訳程度に置かれている、錆びた鉄棒とブランコ、雑草だらけの公園。
ボロボロになった鳥居。
祖母がまだ若い頃は栄えていたであろう面影が、まだ残っている道を歩いた。
祖母の家は平屋で、蔵が置いてあるのでかなり目立つ。
塀で囲まれていて、入り口には門と門扉があって、開けて入ると玄関まではアプローチで石が敷かれている。
引き戸の真ん中の鍵穴に、昔祖母から貰った鍵を挿して開けた。
ホコリの匂いと、懐かしい匂いがした。
ほぼ木造で出来ていて、廊下は歩くと少し軋む音が。
とりあえず一通り見てみる。
この家は面白いことに回廊型になっている。
中庭には松の木と紫陽花が咲いていて、池と灯篭がある。
玄関からすぐ左側に和室が。おそらく
角にはトイレがあったが、ここだけ最新だった。人が来ると反応して勝手に便座が開くウォシュレットトイレ。家にあるものなのか。
その横に洗面脱衣所、そして温泉のようなお風呂。
寝室、その隣にリビング。物置部屋。ざっとこんな感じだった。
こんな豪華な家に私一人で住んでいいものなのだろうか。
平屋だから掃除はまだ楽そうと思う呑気な自分がいる。
―――祖母とは仲が良かった。
仲が良かったなんて言い方は違うかもしれない。孫として可愛がられていた、が正しいだろう。
よく文通をしていた仲で、祖母が亡くなる直前、私が中学3年のときに最後に送ってきた手紙にこの家と蔵の鍵が同封されていた。手紙の内容はこの家のこと、親のこと、遺産のことが書かれていた。そしてこれとほぼ同じ内容の遺書も見つかっている。
当時の私はよくわかっていなかったが、親が遺書を見たときに顔色を変えて私を見てきたのは覚えている。あれは、怒りと妬みだった気がする。
ここに引っ越した理由が家の都合と言ったが、詳しく言えば親との関係が悪くなって越してきたのだ。父親はギャンブルと酒に溺れ、母親は夜を遊びまわっていた。
遺書の一件以来二人は離婚、私は父親に引き取られた。学校終わりにバイトをしていたがお金は全て取られ、機嫌が悪いと私に当たるようになった。
そして約半年前に事件が起こった。
家に帰るなり襲われたのだ。思いっきり殴られた。
「お前がいなければ」「殺してやる」といった言葉を怒鳴り散らしていて、包丁を持ってきたときは命の危険を感じてすぐ外に逃げた。
追ってきたが、周りが見えていないのか、外でも同じようなことを叫んだ結果誰かが通報してくれたのだろう。
警察に捕まった。だがあの人はあろうことか警察に殴りかかっていて、もうどうしようもない人間なんだと思った。
父親は実刑が決まって、私は施設に―となったところで祖母の遺書を思い出し。
警察と相談し、ここに住んでも良いと言われ、今に至る。
ちなみに父親と祖母は仲が悪く、この家のことを教えていないそうな。
―――――――――
―掃除をしている間に日が暮れていた。
あまりにも波乱な人生だ。まだ17歳だというのに。
とりあえず水道と電気は通っているのでケトルで湯を沸かし、あらかじめ持ってきていたカップラーメンを食べて、風呂に入った。
眠気もひどくなって9時にはもう寝ていた。
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