05 信頼

   高森の家。

   藤崎、家の中を片付けている。

   戸を叩く音。


長束 ごめんください。

藤崎 はーい、ただ今。


   藤崎、戸を開ける。

   長束を見て戸を閉める。


長束 おっと……藤崎さん、それはないでしょう。

藤崎 すみません。長束さんは入れるなって先生が。

長束 その「先生」からの伝言ですよ。

藤崎 結構です。

長束 ……え?

藤崎 お引き取りください。先生に用があるなら、私が聞いておきますから。

長束 渉なら、ここには帰ってきませんよ。

藤崎 ……!

長束 もうあなたとはいられないそうです。俺はそれを伝えに来たんですよ。我ながら酷い弟です。こんな形で別れを告げるなんて。

藤崎 ……先生に何をしたんですか。

長束 何もしていませんよ。本人の決断です。

藤崎 先生はそんなことしません。

長束 随分信頼しているんですね。そんな一途で盲目なあなたが、渉にとっては都合が良かったんでしょうね。

藤崎 ……。

長束 藤崎さん、あなたは捨てられたんですよ。あなたが一番信頼していた相手に。

藤崎 ……。

長束 辛いでしょうがこれは事実です。そこで、あなたに提案があります。

藤崎 ……提案、ですか。

長束 俺の助手になりませんか。

藤崎 ……え?

長束 実は、俺は探偵をしているんです。あなたには素質がある。今より、良い暮らしが出来ることを約束しますよ。

藤崎 ……。

長束 まあ、急に言われても厳しいでしょう。三日差し上げます。それまでに答えを決めてください。それでは。


   長束、去って行く。

   藤崎、戸を薄く開けて長束を見る。

   藤崎、その場に座り込む。


藤崎 先生……。


   藤崎、荷物を持って家を飛び出す。

   と、島津とぶつかる。


島津 うおわっ!

藤崎 ごめんなさい!……って、島津さん!

島津 お前……危ないじゃないか。

藤崎 お願いがあります!

島津 は……?

藤崎 お願いです、力を貸してください。

島津 ……そんなことは、お前の先生に頼めばいいだろう?

藤崎 それが出来ないから島津さんに言ってるんです。お願いします。ここで会ったのも何かのご縁でしょう?今は島津さんしか頼れる人がいないんです。お願いします。

島津 ……何があった?

藤崎 私、先生のこと、何があっても信じられるって思ってたんです。でも、今、本当に信じられてるのかわからなくなって、確かめる術もなくて、どうしたらいいかわからなくて……。

島津 ……。

藤崎 私、先生のこと、何も知らないんだなって。ここにいないときは、いつもの甘味処であんみつを食べてるか、新聞社で押し問答してるかだと思ってて。でも、今はそのどこにもいなくて。帰ってくるって先生は言ってたんですけど、それも信じられなくなりそうで。私よりも先生のことを知っている人が、先生は帰ってこないって言うなら、もしかしたら本当にそうかもしれないって。もう、何を信じたらいいのか、わからなくなって……。

島津 ……。

藤崎 私、身一つでここに来てしまったから、こういう時に頼れる人がいないんです。誰も、どこにも。ずっと、ずっと、先生に頼ってばかりいて、あぁ、こんなんだから、私、捨てられたのかも……。

島津 待て、待て。一旦落ち着け。深呼吸しろ。息を吸って、吐く。どうだ?少しは冷静になれたか?

藤崎 ……少し。

島津 良し。確認だ。お前はあの作家を信じているか?

藤崎 ……え?

島津 以前、お前が俺に言ったように、今でもあの作家を信じているのか?

藤崎 ……信じてます。でも。

島津 だったら、信じ続けろ。

藤崎 ……!

島津 あの作家を信じているのなら、とことんまで信じて、信頼してやれ。お前の仕事は……それがお前にとって一番重要な仕事のはずだ。違うか?あの作家がお前をどんな経緯で助手にしたかは知らないが、お前があの作家を信じると決めるに値する理由はあったんだろう?だったらそれを最後まで貫き通せ。それを裏切るほど、あの作家は薄情者ではないだろう。

藤崎 ……はい。ありがとう、ございます。

島津 え……?お、おい!泣くな!俺が泣かせたみたいじゃないか……!


   島津、しばらくあたふたし、仕方なく藤崎を抱き寄せる。

   藤崎、しばらく島津に体を預けて泣く。


島津 ……落ち着いたか?

藤崎 ……はい。すみません。

島津 全く……あの作家がいそうな場所は、本当に心当たりはないのか?誰か……友人とか、そういうやつは?

藤崎 ……長束さん、っていう、探偵の方をご存じですか?

島津 ……あぁ、知っている。

藤崎 その人、先生のお兄さんなんです。先生は、その人に会うって言って出て行ったんですけど。

島津 ……わかった。調べてやる。お前はこの家で、あの作家の帰りを待っていてやれ。

藤崎 良いんですか?

島津 お前に泣かれるのは困る。

藤崎 え?

島津 あの作家には言いたい事もあるからな。そのついでだ。

藤崎 ありがとうございます。あの……。

島津 何だ?

藤崎 ごめんなさい、島津さん。私……。

島津 ……。

藤崎 ……。


   島津、藤崎の頭を撫でる。


島津 ……気にするな。

藤崎 ……島津さんは、良い人ですね。とても優しい、良い人です。

島津 ……。


   島津、藤崎から離れる。


島津 ……悪かった。忘れてくれ。

藤崎 覚えておきますよ。

島津 いや、忘れてくれ。あの作家に知られたら面倒だ。

藤崎 そうですか?

島津 ……お前はもっと、自覚を持った方がいい。

藤崎 はい?

島津 何でもない。とにかく、お前はここで待ってろ。いいな?

藤崎 ……はい。どうか、よろしくお願いします。


   島津、去る。

   藤崎、見送る。

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