04 煙草
長束の事務所。
長束、書類に目を通している。
戸を叩く音。
長束、戸を開ける。
長束 ……渉。
高森 こんにちは、長束さん。
長束 どうしてここがわかったのかな。
高森 侮らないでいただきたい。
長束 それはそれは。
高森 お邪魔しても?
長束 ……いいとも。
高森、部屋に入る。
長束、椅子に座る。
長束 適当なところに座ってくれ。お茶は?
高森 結構です。
長束 そうか。
お互いに腹の内を探るように見ている。
長束 ……わざわざ会いに来てくれたということは、依頼は完遂できたのかな?
高森 さあ、どうでしょう。
長束 お前は昔から、何を考えているのかわからないな。
高森 お互い様ですよ。どういうつもりですか。
長束 藤崎さんから聞いたのかな?
高森 嘘の依頼なんてまどろっこしいことをせずに、堂々としたらどうです。
長束 正攻法じゃ、お前には敵わない。だから彼女を利用させてもらったまでだ。
高森 私をどうこうするのは構いませんが、藤崎君を巻き込まないでください。
長束 巻き込んだのはお前だろう?お前が彼女を助手にしたからこうなったんだ。お前が何もしなくたって、彼女はきっとこの街で上手くやれていたと思うけどね。今回みたいに傷つくこともなく。
高森 全て調査済みということですか。
長束 これでも、一流の探偵だからね。
高森 ……警察にも情報を流しましたね?
長束 もちろん。使える物は使うさ。
高森 これ以上、私から何を奪えば気が済むんですか?
長束 お前も昔は可愛い弟だった。俺がやってることは何でも真似したがったし、俺が行くところには一緒に行きたがった。
高森 ……昔の話です。
長束 その通り。昔の話だ。
高森 目的をはっきり言ったらどうですか。
長束 いいじゃないか。昔話をしたって。
高森 だったら私が言います。あなたは、私がさくらを見殺しにしたことが今でも許せない。あなたに相談もせず、一家を壊滅に追いやった私が恨めしい。違いますか?
長束 物事はそう単純ではないよ。
長束、煙草に火を点ける。
高森 ……。
長束 煙草は嫌いかな?
高森 良い思い出がないので。
長束 へぇ?
高森 いつからです?
長束 大学にいた頃から。
高森 ……知りませんでした。
長束 それじゃ、一つ賢くなったわけだ。
高森 ……嬉しくない知識です。
長束 そうだろうね。
高森 あなたもそうでしょう?
長束 一時期まで。でも今は、もっと知っておくべきだったと思っている。
高森 ……やはり、知らなければわかりませんか。
長束 そうだとも。さて、腹を割って話そうじゃないか。
高森 ……一本。
長束 え?
高森 ください。煙草。
長束 ……どうぞ。
高森、長束から煙草をもらって吸う。
長束 お前が私に相談しなかった理由はわかってる。それだけのことを俺はしてきたわけだから、当然だ。
高森 どこで何をしているのかもわからなかったあなたに、相談出来るわけがなかった……それも、ただの建前です。本当は、そこまで頭が回らなかった。一度にいろんなことが、毒のように回ってきて、気がついたときには手遅れだった。抱えきれないことを抱え込もうとした、私の落ち度です。
長束 そうか。
高森 それに……あなたに、知られたくなかった。意地を張っていたんです。きっと。私の失態を、知られたくなかった。
長束 正直なところ、お前から連絡をもらったところで、どうすることもできなかったと思うがね。あの頃の俺は、随分と不安定な暮らしをしていたから。
高森 今以上に?
長束 今は安定した方だよ。曲がりなりにも結婚して、血は繋がっていないが子供もいる。……最も、今はそれが問題だけれど。
高森 どうしてそんな面倒事に首を突っ込んだんですか。あなたらしくもない。
長束 話すと長くなるからやめておくよ。
高森 簡潔にどうぞ。
長束 そうだな……利害が一致したから、かな?
高森 そんなことだろうと思いました。
長束 それでもきちんと娘は育てたつもりだよ。慕われてもいるし。親としての役割はちゃんと果たした。
高森 兄の役割より先に親の役割ですか。
長束 兄の役割はお前が果たしてくれたろう?
高森 それじゃ、私の兄はいなかったということですか。
長束 ……何だ、お前、寂しかったのか?
高森 ……あなたが私に過剰な期待を寄せてくれたおかげで、私はしっかり立たざるを得なかったんです。
長束 ……あぁ、俺は自分の被害をお前にも押しつけていたのか。
高森 どういう意味ですか?
長束 俺が両親から期待されていたのは知ってるだろう?
高森 見てきましたから。……あぁ、なるほど。
長束 そう。俺は自分に期待されていた分だけ、お前にも期待を押しつけていたようだ。
高森 あなたがいつもふらふらしていたのは、両親の期待から逃げるためですか。
長束 そうするしかなかった。全部真面目に受け止めていては、いつか自分が壊れると思った。まあ、そのせいで、お前にツケが回ってしまったけれど。
高森 ……いいえ。あなたが家を離れてくれたから、私も好きなことが出来たんです。
長束 警察官になることが?
高森 好きな仕事ではありました。当時は。
長束 そうか。それは良かった。
高森 ……ずっと、あなたに恨まれているとばかり思っていました。結局、あなたがほしかったものを私が全部奪ってしまったから。
長束 恨んではいないよ。これはもっと乾いた感情だ。
高森 ……というと?
長束 お前は作家だろう?こういう時にぴったりな言葉を知っているはずだ。
高森 ……。
長束 嫉妬、恨み、妬み、怒り、といった辺りかな。でも、残念ながらその中に答えはない。さくらはどうやら気づいていたみたいだけれど。
高森 ……。
長束 答えたくないのか、知りたくないのか、気づかないふりをしているね。さて、それはいつまで続くかな。
高森 ……長束さん。私はあなたのものにはなりません。あなたに何も譲るつもりはありません。私は私自身のものです。
長束 良い答えだ、渉。お前ならそう言うと思ったよ。
高森 ……!
長束 お前は藤崎さんのどこまで知っているのかな。彼女の生い立ち、家族構成、それらを知ってもお前は彼女を今までのように真っ直ぐ見つめていられるかい?それが彼女を傷つけるとわかっても、お前は彼女の傍にいられるかい?
高森、机に倒れ込む。
長束、高森から煙草を取り、火を消す。
高森 何を……?
長束 ちょっとした賭けだ。
高森、起き上がろうとするができない。
長束 お前が俺の性格を知り尽くしているように、俺もお前の性格を知り尽くしているんだ。お前は藤崎さんにどれだけ信頼されているのかな。藤崎さんはお前のことをどこまで信じていられるかな。
高森 ……彼女は、関係ない。
長束 はっきり言ってあげようか、渉。
長束、高森の耳元で。
長束 俺はお前の全てがほしいんだよ。
高森、地面に倒れる。
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