03 あんみつ
藤崎、甘味処であんみつを前に座っている。
スプーンであんみつをすくうが、食べずにただ見つめている。
高森、藤崎の隣に座る。
高森 失礼、あんみつを一つ。
藤崎 高森先生!?
高森 食べに来るのなら誘ってくれれば良かったのに。
藤崎 ……一人の気分だったんです。
高森 とてもそうは見えないけれど。
藤崎 ……。
高森 食べないのかい?
藤崎 食べますよ。
高森 私を待たなくていいんだよ。
藤崎 ……。
高森 あぁ、ありがとう。
高森の前にあんみつが出される。
高森、あんみつを食べる。
高森 いつ来ても美味しいね、ここのあんみつは。
藤崎 そう、ですね。
高森 君と初めて会ったのも、ここだったね。
藤崎 ……。
高森 恋煩いかな?
藤崎 そんなんじゃないです!
高森 良かった。そのくらいの元気はあるんだね。
藤崎 ……。
藤崎、あんみつを食べる。
高森 やめてもいいんだよ。
藤崎 ……え?
高森 あの人には私から言っておく。どうせ私への嫌がらせが目的だろうから、それが出来れば後はどうでもいいと思うしね。
藤崎 ……先生は、本当に何でもお見通しですね。
高森 いや。君がわかりやすいだけさ。
藤崎 そんなにわかりやすいですか?
高森 私にとってはね。
藤崎 ……長束さんは、何を考えてるんでしょう?
高森 あの人は、昔から、私のことが嫌いなんだ。
藤崎 え?
高森 私から見れば、あの人の方が何もかも恵まれていたように思えていたけれど、あの人は私の方を羨んでいた。
藤崎 あ、それ、わかります。兄弟が多いと、どうしても比べちゃって。
高森 きっと、どこの家でもそうなんだろうね。親の視線もあるし、周りの友達も見ているし。
藤崎 特に田舎だと、近所の人達にもすぐ噂が広まっちゃいますし。
高森 君もそれで苦労したのかい?
藤崎 あ、いえ、私は……。
高森 そういえば、君が上京してきた理由も、夏子さんと同じだったね。
藤崎 ……変な理由ですよね。会えるかどうかもわからないのに、好きな作家を追いかけて上京するって。
高森 だから夏子さんとも知り合えたのかな?
藤崎 なっちゃんは、来たばかりの私を見てるみたいで、放っておけなくて。お互いに境遇が似てたこともあって、話が合って。
高森 それはどこまでだい?
藤崎 どこまで、って……。
高森 田舎から上京してきたこと、私の本の読者であること、それからもう一つ。
藤崎 ……。
高森 言いたくないのなら私は聞かないよ。君が私の過去を聞かなかったようにね。
藤崎 ……!
藤崎、高森をバシバシ叩き始める。
藤崎 もう!先生の!そういう!ところが!嫌いなんですよぉ!
高森 えっ、あっ、藤崎君、痛い……。
藤崎 あぁ、もう!さくらさんの苦労がよーくわかりました!
高森 どうしてさくらが……?
藤崎 先生の人たらし!浮気性!偽善者!女の敵!
高森 ちょっ……藤崎君、痛い、痛い。
藤崎 先生の……バカぁ……最低……うぅ……。
高森 ……よしよし。
藤崎 子供扱いしないでください!
高森 ……難しいな。
藤崎 そうですよ。女の子って難しいんです。先生が思ってるほど単純じゃないんです。先生は、私なんかよりずっといろんなものを見てて、いろんなものを知ってるかもしれないですけど。私がどうして怒ってるのか、先生にわかりますか?
高森 ……いや。
藤崎 じゃあ、考えてください。わかるまでずっと悩んでください。お願いです……。
高森 ……藤崎君。
藤崎 ……なっちゃんのお父さん、長束さんだったんです。血は繋がってないけど、なっちゃんは先生の義理の妹になるんです。長束さんはそのこと、なっちゃんに言ってないみたいでしたけど。それを知ったら、きっとなっちゃんは喜ぶだろうなって。でも、私はそんなこと一生知らなければいいって思ってしまって。だって、そんなのずるいじゃないですか。憧れの人と家族だなんて。本人がどうこうとかじゃなくて、血縁関係がなかったとしたって、事実としてあるわけじゃないですか。そんなの、そんなのってないですよ……。
藤崎、すすり泣く。
高森 ……藤崎君、ほら、泣いていないであんみつを食べよう。甘いものを食べると気が楽になるよ。
藤崎 ……。
高森 他の誰がどうなろうと、私と君の仲は何も変わらない。大丈夫。大丈夫だよ。私はどこにも行かないから。
藤崎 ……はい。
藤崎、泣くのをやめてあんみつを食べる。
藤崎 ……。
高森 君は、私の作品でどれが一番好きなんだい?
藤崎 ……え?
高森 あぁ、全部、という答えはなしだ。どれか一つ選ぶとしたら、君はどれを選ぶ?
藤崎 ……水仙童話が一番好きです。
高森 それは夏子さんも一緒かな。
藤崎 ……先生は、どこまで知ってるんですか?
高森 何も知らないよ。君からは何も聞いていないからね。
藤崎 ……知りたいですか?
高森 正直なところ。
藤崎 ……じゃあ、話します。ちゃんと。でも、今じゃなくて、少し、待ってもらっても良いですか?
高森 もちろん。ありがとう。
二人、あんみつを食べる。
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