02 邂逅

   夏子の家。

   夏子、座って小説を読んでいる。


藤崎 ごめんくださーい。


   夏子、扉を開ける。


夏子 はーい……あっ、さっちゃん!

藤崎 こんにちは。

夏子 どうしたの?突然。

藤崎 ちょっと聞きたいことがあって。

夏子 ……?とりあえず、中に入る?

藤崎 うん、ありがとう。


   藤崎、夏子の部屋に入る。


夏子 何か飲む?

藤崎 ううん、大丈夫。

夏子 そっか。何、聞きたいことって?

藤崎 実はね、なっちゃんのお父さんが、なっちゃんのこと探してるらしいの。

夏子 ……それ、どっち?

藤崎 どっちも。

夏子 誰から聞いたの?

藤崎 なっちゃんのお父さんの友達の人が、先生のところに頼みにきて。

夏子 高森先生のところに?

藤崎 うん。

夏子 ……ふうん。そう。浮気相手の子供だから、警察には行けないってことね。

藤崎 なっちゃん……。

夏子 ありがとう、さっちゃん。でも、私、戻るつもりないから。母さんのとこにも、本当の父さんのとこにも。

藤崎 どうして?

夏子 当ててみて。

藤崎 ……「水仙童話」を読んだから?

夏子 さすが。わかってくれると思ってた。私、自分のこと知ったとき、真っ先にその話が思い浮かんだの。だから決めた。私も「水仙童話」の主人公みたいに、誰にも頼らず、一人で強く生きていこうって。

藤崎 でも……。

夏子 わかってる。でも私、もうどこにも行けないの。

藤崎 ……。

夏子 だから、私は誰にも会いませんって、伝えてくれる?

藤崎 ……。


   藤崎、カバンから封筒を取り出す。


夏子 ……何?

藤崎 最新作の原稿。

夏子 え!?

藤崎 なんと今回は推理小説!

夏子 ええ!

藤崎 題材は、この間先生が解決した殺人事件!

夏子 えええええ!

藤崎 さあ、どうする?

夏子 うう……読みたいよお……高森先生の直筆……でも……ううううう……。

藤崎 ほらほら~。

夏子 ……ちなみに、ちなみにどんな話?

藤崎 それは教えられないかな。

夏子 もしかして、さっちゃん出てくる?

藤崎 ふっふっふ~。

夏子 えー、いいじゃない、それくらい。教えてよ。

藤崎 じゃあ、お父さんと会う?

夏子 う……。

藤崎 それとも、お母さんのとこに戻る?

夏子 ……。

藤崎 なっちゃん。

夏子 ……どっちも嫌。

藤崎 じゃあ、手紙書こう?一言、「私は無事です」でいいから。

夏子 ……私、本当に心配されてるのかな。

藤崎 わざわざ探してほしいって頼みにきたんだよ?

夏子 でも本人じゃないんでしょ?

藤崎 それは、そうだけど。

夏子 お母さんを放っておいて、長い間ずっと連絡もなくて、今さら会いたいなんて言われたっていい迷惑よ。お母さんもお母さんよ。私ね、誰が本当の父親だっていいの。血の繋がりより、大事なのは一緒に過ごした時間でしょ?だから、顔も知らない男の人となんか会いたくないし、世間体を気にして、それを隠してたお母さんのところにも帰りたくない。

藤崎 じゃあ、今のお父さんとは?

夏子 父さんは、私を応援してくれてる。ちゃんと謝って、ちゃんと話してくれたのは父さんだけだったし。ここもね、父さんに頼んで借りてるんだけど。

藤崎 そうなの?

夏子 うん。気が済むまでここにいたらいいって。

藤崎 じゃあ、お父さんは、なっちゃんがここにいるって知ってるんだ?

夏子 うん。父さんも仕事で東京にいるから。


   戸を叩く音。


夏子 噂をすればね。

藤崎 お父さん?

夏子 うん。そうだ、藤崎ちゃんにも紹介するね。


   夏子、戸を開ける。


夏子 お帰りなさい。

長束 おや、お客さんがいたかな?


   藤崎、封筒をカバンに隠す。


夏子 私の友達。入って、入って。


   長束、藤崎、目が合う。


長束 やあ、これは……。


   藤崎、立ち上がる。


藤崎 お邪魔してます。

長束 ……。

夏子 さっちゃん、こちら、血は繋がってないんだけど、私の父さん。父さん、こちら、さっちゃん。私の友達。ほら、二人とも座って。畏まってないで。父さん、何か飲む?

長束 緑茶をもらおうかな。

夏子 うん、わかった。


   夏子、台所に行く。

   藤崎、長束、取り残される。


藤崎 ……納得のいく説明をしてください。

長束 君のことを甘く見ていたよ。まさか夏子の友人だったとはね。

藤崎 何が目的なんですか?

長束 目的、ね。強いて言うなら、ただの嫌がらせ、かな。

藤崎 嫌がらせ……?


   夏子、戻ってくる。


夏子 お待たせ。何話してたの?

長束 いや、ご挨拶をね。

藤崎 ……。

夏子 緊張しなくても大丈夫よ。実はね、私に高森先生の小説を教えてくれたのは、父さんなの。

藤崎 ……え?


   長束、微妙な顔をしている。

   藤崎、長束を見ている。


藤崎 読者なんですか?

長束 いや、その、何と言うか……。

夏子 好きってわけじゃないんだって。高森先生って、女性目線の話が多いじゃない?それが苦手みたい。

藤崎 確かに、そうかもね。

夏子 ねえ、今度高森先生に男性視点で本を書いてって言ってみてよ。興味あるなぁ。

藤崎 わかった、今度ね。

夏子 やった!

藤崎 言ってみるだけだよ?

夏子 それでもいいの。持つべき友は作家助手ね。

藤崎 ……そっか。

夏子 そうだ、父さん、また美味しいお店連れて行って。さっちゃんも一緒に。

藤崎 そんな、悪いよ。

長束 構わないよ。藤崎さんも一緒に行こう。

藤崎 いえ、遠慮しておきます。親子で楽しんでください。

夏子 気にしなくて良いのに。

藤崎 いいの。私、そろそろ帰るね。

夏子 もう?

藤崎 原稿返さないと。黙って持ってきちゃったから。またくるね。

夏子 うん、いつでも来て。


   藤崎、夏子の部屋から出る。


藤崎 ……何それ。ずるいよ。

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