作家助手の事件手帳

01 依頼

   高森の家。

   高森、机の上で原稿用紙に埋もれるように寝ている。

   藤崎、入ってくる。


藤崎 高森先生!おはようございま……。


   藤崎、高森に気づく。


藤崎 って、先生?


   藤崎、高森を起こそうと試みる。


藤崎 先生、朝ですよー。起きてください。


   高森、起きない。

   藤崎、自分の上着を高森にかける。


藤崎 もう……しょうがない人ですね……。


   藤崎、原稿をまとめ、机の脇に置く。

   高森はまだ起きない。


藤崎 でも、先生が寝落ちなんて珍しいかも……。


   藤崎、まとめた原稿をぱらぱらと読む。


藤崎 ……新作?って、この前の事件だ。あっ、私も出てる!


   藤崎、原稿を読む。

   戸を叩く音。

   藤崎、原稿を置く。


藤崎 はーい、ただ今。


   藤崎、戸を開ける。


長束 こんにちは。ここは大宮さんのお宅で合ってますか?


   高森、声に反応して起きる。


藤崎 え?いえ、ここは高森先生のおうちですけど……。

長束 ええ、高森さくらさん。本名は大宮渉さん、ですよね。

藤崎 ……あの、どちら様ですか?

長束 これは失礼。俺は……。

高森 どうしてあなたがここに?

藤崎 先生。

高森 藤崎君、すまないが君は少し奥に行っててくれないか?

長束 いいじゃないか。仲間はずれは可哀想だ。

高森 彼女に悪い虫がつかないかと気がかりなんですよ。

長束 それはまさか俺のことかな?

高森 あなた以外に誰がいるんですか?

長束 ひどい言いようだ。それにしても、こんなに可愛い子を傍に置くなんて、お前も隅に置けないな。

高森 用件は何ですか。

長束 そんなに不審がらなくてもいいじゃないか。

高森 不審にも思いますよ。

長束 このまま立ち話も何だから、中に上げてくれないか?ここは俺の家でもあるだろう?

高森 ……どうぞ。藤崎君、不本意だが客人にお茶を出してくれ。

藤崎 わかりました。


   三人、中に入る。

   高森、長束、向かい合って座る。

   藤崎、高森と長束にお茶を出す。


長束 お前が住むにはここは広すぎるんじゃないかと思ったが、二人でいるならその心配もないな。


   藤崎、高森の隣に座る。


高森 彼女は助手です。勘違いしないでください。

長束 何だ。お前も身を固めたのかと思ったよ。

高森 ……。


   高森、お茶を飲もうとするが、熱いのでやめる。


長束 猫舌は相変わらずか?

高森 大きなお世話です。それより、一体何の用ですか。

長束 そう急くな。ゆっくり話をしてもいいじゃないか。久しぶりに会ったんだから。

高森 用件は。

長束 つれないな。そんなんじゃ、いずれ藤崎さんにも愛想をつかされるぞ。

高森 ……無駄話をしに来たなら、帰ってもらえますか。

長束 怒るなよ。悪かった。実は、お前に折り入って頼みがあるんだ。

高森 お断りします。

長束 おいおい、話くらい聞いてくれたっていいだろう?

高森 どうせろくな話じゃないでしょう。

長束 それは、聞いてから言ってもらえるかな?

高森 ……どうぞ。

長束 人探しを頼みたいんだ。

高森 それなら、私よりもそれ専門の方に頼んだほうがいいんじゃないですか。

長束 それが出来ないから、こうしてお前のところにきたんじゃないか。

高森 面倒事は御免です。

長束 お前に迷惑はかけないよ。探してほしいのは、ある女の子なんだけれど。

高森 ……。

長束 そんな渋い顔しなくてもいいじゃないか。

高森 ……ついに犯罪に手を出したのかと。

長束 犯罪って、お前は俺を何だと思っているんだ?

高森 そういう趣味があったのかと思いました。

長束 お前……実の兄にそんな言い方はないだろう。

藤崎 ……え?え、先生の、お兄さん……?

長束 何だ、言ってなかったのか?

高森 必要がないので。

長束 本人はそう思っていないみたいだけれど?

藤崎 そうですよ!先生、どうして言ってくれなかったんですか?

高森 聞かれなかったからね。

藤崎 もう、いつもそればっかりですね。

長束 すまないね、素っ気ない弟で。

藤崎 いえいえそんな!

高森 藤崎君を巻き込まないでもらえますか。

長束 本人が巻き込んでほしそうなのはお構いなしか。

高森 あなたに関わるとろくなことがないので。

長束 随分嫌われたものだ。

高森 で?誰を探せばいいんですか。

長束 引き受けてくれるのか?

高森 やりますから、さっさと喋ってさっさと帰ってください。

長束 はいはい、わかったよ。探してほしいのは、俺の友人の娘さんなんだ。

高森 へえ……?

長束 その友人というのが、少々、浮気性というか、そういう癖があるやつでね。若気の至りってやつかな。

高森 不貞を働いた子供ですか。

長束 簡潔に言うとそういうことだ。先日、友人の元へ相手女性から連絡があってね。「娘が家を飛び出してしまった。もしかしたらあなたの元へ行くかもしれない」と言われたそうだ。何でも、彼女はひょんなことから自分の本当の父親は別にいると知ってしまったようでね。「東京に行く」という書き置きを残して、そのままいなくなってしまったらしい。

高森 ……その子の名前は?

長束 夏子と言うそうだ。その子は、お前の本が好きだと言っていた。

高森 ……私の?

長束 熱心な読者だそうだよ。上京するときの荷物も、ほとんどがお前の本だったらしい。

高森 それは、随分と物好きな人ですね。

長束 どうだ?探せそうか?

高森 無茶を言わないでください。私が読者と直接関わる機会なんてそうそうありませんし、仮にあったとしても、その中からどうやって探せというんですか。

藤崎 あの……。

長束 どうしました?藤崎さん。

藤崎 私、もしかしたら見つけられるかもしれません。

高森 え?

長束 本当に?

藤崎 はい。先生の本が好きで、上京してきた夏子っていう女の子ですよね?私、先生の読者とは結構繋がりがあるんです。そこを辿っていたら、きっと。

高森 ……。

長束 ぜひお願いするよ!渉よりもよっぽど頼りになる助手さんだ。

高森 長束さん。それはあなたの娘ではないんですね?

長束 俺の娘ではないよ。……渉。もう、兄さんとは呼んでくれないのか?

高森 あなた次第です。

長束 ……そうそう、その子はちょうど藤崎さんくらいの年恰好らしい。

高森 ……。

藤崎 先生?

高森 ……わかりました。わかりましたから、もう帰ってください。

長束 探してくれるんだね?

高森 手はつくします。

長束 二週間後にまた来るよ。その時までに見つけてくれるとありがたいのだけど。

高森 二週間……いいでしょう。ただし、出来なくても嫌味は言いっこなしですよ。

長束 わかっているよ。それじゃ、よろしくね。


   長束、立ち上がる。


長束 あぁ、そうだ。


   長束、高森の耳元で藤崎に聞こえないように。


長束 彼女はさくらの代わりかな?

高森 ……いいえ。

長束 ……変わったな、お前。


   長束、帰る。

   藤崎、見送る。

   高森、大きなため息をついて机に突っ伏す。


高森 藤崎君、後で塩を撒いておいてくれ。

藤崎 お塩がもったいないですよ。なんか、すごい人でしたね。

高森 あの人はいつもそうだよ。突然やってきて突然いなくなる。ちょっとした嵐のような人だ。

藤崎 本当にお兄さんなんですか?

高森 正真正銘、血のつながった実兄だよ。

藤崎 でも、あんまり似てませんね。

高森 似たくもない、あんな人と。

藤崎 苦手なんですか?

高森 ……苦手だね。昔からあの人は。

藤崎 だから、「冬桜」にも出てこないんですか?

高森 それは……まあ、いろいろだよ。

藤崎 いろいろですか?

高森 それより、藤崎君。

藤崎 何ですか?

高森 本当に大丈夫なのかい?正直、この件に関しては君に任せきりになるからね。

藤崎 任せてください!助手としての務めはしっかり果たしますよ!

高森 それならいいのだけれど。


   高森、お茶を飲む。


藤崎 長束さんと何があったんですか?

高森 いろいろだよ、いろいろ。

藤崎 いろいろ……。

高森 ……昔から、何かと馬が合わなくてね。喧嘩は日常茶飯事で、それをさくらが間に入って止めていた。

藤崎 先生にもそんな時期があったんですね。

高森 人並みにね。

藤崎 ってことは、先生は三人兄弟の真ん中っ子ってことですか?

高森 そうだよ。そういえば、君にはご兄弟はいるのかい?

藤崎 私は、二人の兄と、姉と、妹が一人いますよ。

高森 つまり、五人兄弟の四番目?

藤崎 そうなりますね。

高森 それは随分賑やかだろうね。

藤崎 賑やかです、とても。

高森 君も君で、家族の話はあまりしないね。

藤崎 聞かれませんから。

高森 それもそうか。

藤崎 ……気になりますか?

高森 いいや。君がどんな出自であれ、それによって君の価値が変わるわけではないからね。

藤崎 先生なら、そう言うと思いました。


   藤崎、立ち上がる。


藤崎 それじゃ、行ってきます!

高森 どこへ?

藤崎 言ったじゃないですか。夏子さんを探しに行くんです。


   藤崎、出ていく。

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