04 顛末


   高森の家。

   藤崎が勢いよく入ってくる。


藤崎 高森先生!今朝の新聞読みましたか?

高森 おはよう、藤崎君。

藤崎 おはようございます。って、それどころじゃないんですって!

高森 犯人が捕まったって?

藤崎 あれ、知ってたんですか?じゃあ、犯人が誰だったのかも?

高森 まあ、ね。

藤崎 ……それ、絶対私があんみつを買ってる間に何かありましたよね?

高森 さあね。

藤崎 絶対そうですよね!?もう、どうして仲間はずれにするんですか?

高森 知らない方が幸せな真実もある。辛い思いをするのは一人だけでいい。

藤崎 何ですか、それ。その一人が先生のことだったら、怒りますよ?

高森 おや、どうしてだい?

藤崎 私が嫌だからです。先生が辛いのは。頼りないかもしれませんけど、私だって一応先生の助手ですから、せめて私と半分こにしましょう?

高森 ……六十九点。

藤崎 何の得点ですか、それ!?

高森 口説くには色気が足りないね。小説の台詞には使えそうだ。

藤崎 大きなお世話です!


   戸が開く音。

   坂下と島津が入ってくる。

   島津はことあるごとに高森に突っかかろうとする。

   坂下は島津を止める。


坂下 お邪魔しますよ。

高森 邪魔だとわかっているなら帰ってもらえるかな。

坂下 これは、相変わらず手厳しいですな。

高森 藤崎君、大変不本意ではあるが客人にお茶を。

坂下 いや、お気遣いなく。手短に終わらせますので。

高森 どうぞ。

坂下 あの少年ですが、自殺しましたよ。

藤崎 えっ……?

高森 ……そうかい。

坂下 おや、驚かれない?

高森 何にどう反応しようと私の勝手だよ。用件は?

坂下 真実を教えてもらえませんかな。あの少年の話では、どうも腑に落ちない。

高森 黙秘する。

島津 ちっ……即答か。

坂下 それは、こちらに協力する気はない、と受け取ってもよろしいですな?

高森 どう受け取るかはそちらの勝手だよ。この件に関して、私は部外者だからね。

坂下 まだ根に持っていらっしゃるとは。

高森 用件が済んだなら帰ってくれ。原稿に集中出来ない。

坂下 いつまでその態度を続けるつもりですかな。時間がかかればかかるほど、不利になるのはあなたの方ですぞ。ご存じでしょう、元刑事のあなたなら。

藤崎 ……え?え、先生って、元刑事なんですか!?

高森 言ってなかったかい?

藤崎 初耳ですよ!どうして言ってくれなかったんですか?

高森 聞かれなかったからね。

坂下 (咳払い)調べさせてもらいましたよ、あなたのこと。

高森 それはご苦労なことだ。余程暇だったんだろうね。

坂下 実に興味深い事件でしたな。あなた、まさかあの少年に同情しているのでは?

高森 それで?

坂下 共犯者になるおつもりですかな?

高森 私が?

坂下 それ以外に考えられんでしょう。

高森 利点がないから却下。

坂下 ならなぜあなたは黙っているのです?

高森 疑いたければ思う存分疑うと良い。でも、君たちでは真実に辿り着けないよ。彼がいない今、もう二度とね。

坂下 あなたが警察をいくら嫌おうが勝手ですがね。こちらをあまり舐めないでいただきたい。

高森 舐めてはいない。軽蔑しているだけさ。

島津 手前てめえ……!言わせておけば!

高森 おや、また地面と接吻したいのかい?

島津 こいつ!

坂下 やめろ、島津。挑発に乗るな。

高森 島田君。

島津 島津だ!

高森 君は正しいよ。圧倒的に。けれどそれは自分自身も傷つけかねない刃になる。気をつけて扱うことだね。

島津 は……?

高森 さ、私から話すことは何もないよ。さっさと帰ってくれ。

坂下 ……必ず、真実に辿り着いて見せますよ。

高森 せいぜい足掻くと良いよ。楽しみにしているから。

坂下 ……行くぞ、島津。

島津 ……はい。


   坂下、島津、去る。

   藤崎、申し訳程度に見送り、戸を閉める。


藤崎 先生!先生、先生!

高森 一度呼べばわかるよ。

藤崎 元刑事って一体どういうことですか?

高森 そのままだよ。作家の前の仕事が刑事だった。

藤崎 でも、先生は警察が大嫌いなんですよね?無能とか、信用できないとか、地獄に墜ちろとか言ってたじゃないですか。

高森 そこまでは言ってないよ。

藤崎 警察が嫌いになったから、警察を辞めたんですか?

高森 正確には、辞めさせられた、だけどね。

藤崎 辞めさせられた……?何があったんですか?

高森 私は推理小説が専門ではないけれど、一度だけ、推理小説を書いたことがある。まだ警察という組織にいた頃の話だね。

藤崎 それは、もしかして、先生の処女作ですか!?

高森 おっと、生憎今はもう出版禁止になっているから、そう簡単には見つからないよ。

藤崎 そうなんですか……。そんなに不味いものだったんですか?

高森 かなり不味かったね。政府批判、警察批判の大盤振る舞いだったから。

藤崎 うわぁ……それは仕方ないですね……。

高森 その本がきっかけで、私は警察を追い出されたというわけだ。

藤崎 どんなお話だったんですか?

高森 私の実体験を元に書いた、とだけ言っておくよ。

藤崎 えー、いいじゃないですか。教えてくださいよ。

高森 ま、頑張って見つけて読むことだね。ちなみに原稿は残ってないよ。

藤崎 そんなぁ。ちょっとだけ! 冒頭の書き出しだけでもいいので!

高森 もう忘れたよ。

藤崎 ……ケチ。そんな意地悪ばかりだと、女性にモテませんよ。

高森 減らず口ばかり叩いていると、お嫁に行けないよ。

藤崎 大きなお世話です!

高森 ご両親はさぞかし心配しているだろうね。好きな人はいないのかい?

藤崎 え!?それは、その……。

高森 まあ、君が好きでも相手に好いてもらわないとね。

藤崎 それはわかってますけど。

高森 私がもらってあげようか?

藤崎 え?

高森 冗談だよ。

藤崎 ……。


   高森、原稿を書き始める。

   戸を叩く音。


記者 すみませーん。新聞社の者ですけどもー。

高森 ……藤崎君。

藤崎 ……はい?

高森 後は任せた!

藤崎 えっ!?ちょっ、先生!?


   高森、逃げる。

   戸は叩き続けられている。


記者 高森先生、今日が締め切りですけどー。

藤崎 ……あぁ、もう!はいはい、ただ今!


   藤崎、戸を開けて応対する。

   高森、あんみつを食べながら舞台上を横切る。


高森 では、またお会いしよう。さようなら。


   高森、客席にお辞儀する。

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