02 事件

   高森、歩きながら話し出す。


高森 「十月二十日、皆川家邸宅に強盗入る。」一週間前の新聞にこんな記事があったんだよ。

藤崎 皆川さんのお宅に強盗が入ったんですか?

高森 それだけなら、皆川は私に頼ることはなかっただろうね。強盗の上、殺人があったんだ。

藤崎 殺された人が?

高森 皆川には二人の娘さんがいてね。そのうちの一人が、可哀想なことに。

藤崎 そんな……。

高森 どうやら盗まれたものはそんなに多くなかったらしいけれど、失った命は帰ってこないからね。

藤崎 皆川さんは、だからあんなに取り乱していたんですね……。

高森 無理もないよ。娘の命を奪った犯人がまだ捕まっていないんだから。

藤崎 皆川さんのお願いって、もしかして?

高森 そう。犯人を見つけること。全く、私を何だと思っているんだか。

藤崎 どうして先生に頼みに来たんですか?推理小説は書かないのに。

高森 昔、いろいろあったんだよ。さて、ここが楓嬢の部屋だということだけれど。


   楓の部屋。


高森 皆川の話では、事件があった日から、ものは一切動かしていないということだったね。

藤崎 でも、ここに何かあるとは思えませんけど。

高森 その心は?

藤崎 だって、警察の方が先に調べ尽くしてるわけですよね?

高森 私は警察を信用していないからね。


   高森、机の引き出しを開けたり、布団をめくってみたりする。

   が、すぐに飽きる。


藤崎 何か収穫はありましたか?

高森 それなりにはね。

藤崎 本当ですか?

高森 何だい、その疑い深そうな目は。

藤崎 だって、見るからに何もない部屋じゃないですか。

高森 それも収穫の一つだよ。ただ、それを生かすには情報が足りない。

藤崎 情報、ですか?

高森 関係者に話を聞いてみたいね。例えば、もう一人の娘さんとか。


   信太、部屋に恐る恐る入ってくる。


信太 あの。


   高森、藤崎、振り返る。


信太 どちら様ですか?

高森 これは失礼。君はこの家の小間使いかな?

信太 はい。

高森 初めまして。私は皆川の友人で高森という。こちらは藤崎君。

藤崎 藤崎です。お邪魔してます。

信太 高森様……旦那様が仰っていた方ですね。

高森 話は聞いているようだね。

信太 はい。信頼できる友人が事件を解決しにやってくるから、協力するようにと。

高森 それは、随分と持ち上げられたものだね。

信太 違うのですか?

高森 私はそんな大層な人間ではないよ。君の名前を伺っても?

信太 信太と申します。ここには九つの頃からお世話になってます。

高森 では、この家のことはよく知っているんだね?

信太 もちろんです。気になったことがあれば何でも聞いてください。

高森 ありがとう。今日は、君しかいないのかな?

信太 いえ、小雪お嬢様がいらっしゃいます。旦那様と奥様はお仕事に。


   小雪、部屋に入ってくる。


小雪 信太?誰かいるの?

信太 お嬢様。こちらは。

高森 久しくお目にかかるね、小雪嬢。覚えているかい?

小雪 高森さん。お久しぶりです。

信太 お知り合いですか?

高森 以前に一度だけ、結婚式でね。

信太 結婚式?

小雪 二度目の方よ。今日はどうなさったんですか?父は仕事に出ているのですが。

高森 少し、調べ物をね。

小雪 それは、あの事件のことですか?

高森 もし差し支えなければ、あの日の話を聞かせてもらえるかい?もちろん、嫌なら断ってくれて構わないよ。

小雪 私が知っていることは、何でもお話します。

高森 ありがとう。助かるよ。

小雪 いえ。早く安心して眠りたいだけです。

高森 ……水を差すようで、申し訳ないんだけれどね。

小雪 何ですか?

高森 私は警察でも探偵でもない。必ず解決するという約束は出来ないよ。

小雪 え?そうなのですか?

高森 それは皆川にも言ってある。だから、事態は好転しないかもしれない。

小雪 それでも構いません。何もしてくれない警察の方々より、よっぽど信頼できますから。

藤崎 期待されてますね、先生。

高森 はぁ……小雪嬢にここまで言われたら、手を抜けないじゃないか。

藤崎 素直じゃないですね。

高森 余計なお世話だよ、藤崎君。

小雪 お二人は仲がよろしいのですね。

高森 そう見えるかい?

小雪 ええ。少し、羨ましいです。

高森 楓嬢とは、仲が良くなかったのかい?

小雪 いえ、そんな……。


   小雪、高森から目をそらす。


高森 右腕。

小雪 ……え?

高森 包帯が見えているよ。


   小雪、右腕を隠す。


小雪 ……相変わらず、鋭いお方ですね。

高森 君が楓嬢からいじめられていたからといって、君の立場が悪くなることは絶対にない。約束するよ。

小雪 ……。

信太 お嬢様。

高森 君はそのことを知っていたんだね。


   信太、高森を見る。


高森 話してくれないか?二人の間に何があったのか。

小雪 ……父と義母ははには、内密にしていただけますか?

高森 もちろん。

小雪 楓さんとは、確かに仲が良くなかったと思います。私は楓さんと仲良くしたいと思っていたのですが、彼女はそうではなかったようで。

高森 最初からそうだったのかい?

小雪 いいえ。初めは楓さんも私を本当の姉妹のように慕ってくれていました。でも、やはり、同い年であったのがいけなかったんでしょうね。どうしても、比べられてしまって。

高森 なるほど。楓嬢はそれを妬んで?

小雪 恐らくは。お見合いのお話も、私だけに来ていますし。

高森 そうか。

藤崎 先生は、楓さんと会ったことはないんですか?

高森 結婚式で見かけたきりだ。皆川と小雪嬢に会って、私は帰ってしまったしね。

藤崎 そんなんだからご友人が出来ないんですよ。

高森 大きなお世話だよ。

信太 あの。

高森 何だい?

信太 高森様は、お嬢様を疑っていらっしゃるんですか?


   戸を叩く音。


坂下 お邪魔しますよ。


   坂下、島津が部屋に入ってくる。

   高森と藤崎を見て。


坂下 困りますなあ。部外者が勝手に現場にいては。

高森 部外者かどうかは君たちが決めることではないはずだ。

坂下 ほう?


   坂下、高森に近づく。


坂下 警察に口答えするとは良い度胸ですな。

高森 牢獄にでもぶち込むのかい?お得意の公務執行妨害とやらで。

島津 貴様!


   島津が行こうとするのを坂下が止める。


坂下 島津。

島津 でも、坂下さん!

坂下 落ち着け。お名前を伺ってもよろしいですかな?

高森 他人の名前を聞くときはまず自分から名乗るものだ。

坂下 これは失敬。私は坂下と申します。こっちは島津。

高森 私は高森。こちらは藤崎君。

坂下 ご職業は探偵ですかな、高森さん?

高森 いいや。私はただの作家だよ。

坂下 ではなぜここにいらっしゃるのです?

高森 頼まれたから、としか言いようがない。

坂下 それは本当でしょうな?

信太 本当です。旦那様からそう仰せつかっています。

小雪 私も、父から聞いております。

島津 子供の言うことなど……。

高森 島津君、だったかな?

島津 何です。

高森 物事を多面的に捉えることが出来ないうちは、事件の解決には遠く及ばないことを覚えておくといい。それから出世にも。


   島津がまたも行きかけるのを坂下が止める。


坂下 島津。

高森 随分と短気な部下だね。

坂下 わかってて煽っていらっしゃるでしょう。悪趣味ですな。

高森 君たちにだけは言われたくない。

坂下 警察に恨みでもおありですか?

高森 さあ?それを調べるのも君たちの十八番だろう?

坂下 ……。本題に入らせていただきますよ。小雪さん。

小雪 はい。

坂下 楓さん殺害の件で、伺いたいことがあります。ご同行願えますかな。

小雪 ……!


   島津、小雪に近づく。

   信太、島津の前に立つ。


信太 お嬢様に近づくな。

島津 このガキ……!

小雪 おやめなさい、信太。


   小雪、坂下と島津の前に進み出る。


小雪 理由をお伺いしてもよろしいですか?

坂下 事件当日、あなたは琴の稽古があると言っていた。しかしあなたが通っている稽古場に聞いたところでは、その日は稽古日ではなかったそうで。一体どこに行っていたのですかな?

小雪 それは……。

坂下 どうなさいました?

小雪 お答え出来ません。

坂下 ほう?それは言えないでしょうな、義理の妹を殺害していたなどと。

小雪 違います!

島津 ではなぜ言えないのだ。やましいことがないのなら弁明出来るだろう。


   藤崎と高森、少し離れた位置で。


藤崎 先生。

高森 ……そんな目で見られてもね。

藤崎 お願いします。

高森 あまり目立ちたくはなかったのだが。


   坂下と島津、小雪を逃げられないように取り囲んでいる。


坂下 あとのお話は、向こうでやりましょう。

島津 来い。


   島津、小雪を連れていこうとする。

   高森、その中に割って入る。


高森 女性はもっと丁寧に扱うものだ。

島津 貴様、邪魔立てをする気か?

高森 そちらこそ、また無実の罪で人を犯罪者に仕立て上げ殺すつもりなのかい?

島津 何?

高森 断言しよう。ここで小雪嬢を連れていって、立場が悪くなるのは確実に君たちだ。まあ、どうせ全てなかったことになるのだろうけれど。

島津 警察を侮辱する気か?

高森 真実を口にして何が悪い?


   島津、高森につかみかかる。

   高森、鮮やかな体捌きで島津を地面に押さえ込む。


高森 ……。

島津 離せ!くそっ、どけ!

坂下 高森さん、あなたは……。

高森 部下の手綱はしっかり握っておくものだよ。無駄死にはさせたくないだろう?

坂下 ……そうですな。


   高森、島津を離す。


島津 こんなことをして許されるとでも……!

坂下 島津。よせ。

島津 坂下さん!

坂下 先に手を出したのはお前だろう。

島津 しかし……。

坂下 高森さん、そこまでおっしゃるとは相当自信がおありなのでしょうな?小雪さんが犯人ではないと。

高森 彼女が犯人でないのはわかりきったことだ。夜には必ず星が出るのと同じだよ。

坂下 お聞かせ願えますかな。あなたの推理とやらを。

高森 私が推理を話して、君たちはそれを信じてくれるのかい?


   高森、坂下、にらみ合う。


坂下 ……いいでしょう。納得するような推理でしたらね。

高森 男に二言はないね。

島津 いいんですか?

坂下 とりあえず、様子見だ。


   高森、小雪に近づく。


高森 小雪嬢、君の無実を証明するために、私は君に無神経な質問をするかもしれない。それでも正直に答えてくれるかい?

小雪 高森さんのお願いでしたら。

高森 ありがとう。さて、警察諸君が知りたいのは死亡推定時刻に小雪嬢がどこにいたのかだ。君はその時、病院にいたのだろう?

小雪 ……どうして、そのことを?

高森 一つ、君の右腕に巻かれているのは真新しい包帯だ。しかも素人が巻いたにしては丁寧すぎる。病院で巻いてもらったと考えるのが妥当だろう。二つ。君は楓嬢からいじめられていることを誰にも知られたくなかった。無闇に警察に口走れば、皆川にも伝わってしまうかもしれない。だからさっきは答えられなかった。そして三つ。小雪嬢、包帯の下を見せてくれるかい?


   小雪、包帯を外す。

   赤紫色に腫れた手首が現れる。


高森 ありがとう。こんな状態では楓嬢を絞め殺すことなど出来ないだろうね。特に君は女性で力もあまりない。私がやるとしても、せめて手首が完治するまで待つだろうね。


   高森、小雪の手首に包帯を巻き直す。

   信太、高森と代わる。


島津 坂下さん……。

坂下 ……。

高森 さて、どうかな?

坂下 ……なぜ、被害者は絞殺されたと知っているんです?これは新聞にも出回っていないはずですが?

高森 皆川は事件があった日からこの部屋のものは一切動かしていないと言っていた。もし何かで刺されたり、殴られたりした場合は必ず血痕が残るだろうし、それをそのまま放ってはおかないだろう。だから、楓嬢は絞め殺されたんじゃないか、という結論に至ったわけだよ。さすがにここで溺れさせるのは大変だろうしね。

坂下 非力な女性でも、人を絞め殺すことは出来ますがね?

高森 知っているよ。だから早く病院に行って裏をとってみると良い。君たちが納得するにはそうするしかないのだから。

島津 どうします、坂下さん?

坂下 ……行ってこい。今はそれが一番手っ取り早いからな。

島津 ……わかりました。


   島津、高森を睨んで部屋から出て行く。


高森 彼は眩しいね。自分の正義を信じて疑わない。

坂下 お褒めにあずかり恐縮ですな。

高森 別に褒めてはいないよ。で?君はまだ何か用事でも?

坂下 ご職業は作家だと仰いましたな?

高森 いかにも。

坂下 事実は小説ほど甘いものではありませんよ。肝に銘じておくことですな。

高森 もちろん、それは私が一番良く知っているよ。

坂下 それなら結構。では、またお目にかかりましょう。

高森 二度と御免だよ、そんなこと。


   坂下、出て行く。

   藤崎、安堵の溜息をつく。


藤崎 一時はどうなることかと思いましたけど、小雪さんの疑いが晴れて良かったですね。

信太 本当に。

小雪 高森さん、ありがとうございます。

高森 やめてくれ、くすぐったいから。

藤崎 それにしても何なんですかあの人!先生に向かって失礼にもほどがあります。

高森 仕方ないよ。警察とはそういうものさ。

小雪 しかし、この調子で犯人は見つかるのでしょうか?

高森 さあ。それは私には何とも言えないよ。


   袖から「ごめんください」という声。


信太 はい、ただ今。


   信太、出て行く。


高森 お客さんかな?

小雪 ええ。どちら様でしょう?


   中条、続いて信太が入ってくる。


小雪 まあ、中条様。

中条 突然お邪魔して申し訳ない。近くまで来る用事があったものだから。

小雪 そうでしたか。

中条 そちらは?

高森 失礼。私は皆川の友人で高森という。こちらは助手の藤崎君。

藤崎 こんにちは。

中条 あなたが噂の……。初めまして。中条と言います。小雪さんの婚約者です。

高森 丁寧な挨拶、痛み入るよ。

中条 事件について、自分にできることがあれば喜んで協力します。ですから、どうか。

高森 はあ……皆川は私を何だと思っているんだか。

藤崎 みなさん、先生を頼りにしてるんですよ。

高森 やれやれ。なら、協力していただこうかな。

藤崎 やっと先生の本領発揮ですか?

高森 ……まあ、ね。

藤崎 どうかしましたか?

高森 いいや。さて、まず君たちに伺いたいのだが。

小雪 何でしょう?

高森 事件が起こった日、正確には楓嬢が亡くなった時間に、どこで何をしていたのか教えてもらえるかい?

信太 それは、僕たちを疑っていらっしゃるのですか?

高森 その逆だよ。信じているからこそ、確信を持ちたいんだ。

小雪 私は、病院へ行っていました。

高森 そうだね。小雪嬢がその時間病院へ行っていたことは、さっきの二人も証明してくれるだろう。

中条 さっきの二人、とは?

高森 こちらの話だよ。中条青年、君は?

中条 自分は一日中屋敷にいました。屋敷の使用人たちが見ているはずですし、彼も証明してくれます。

高森 信太少年?どうしてだい?

信太 中条様の忘れ物を届けに行ったのです。

高森 忘れ物、ね。何を届けたんだい?

信太 帽子です。

高森 その時は、二人が直接会ったのかい?それとも、使用人を通して?

中条 直接会いましたよ。せっかく届けに来てくれたのに、そんな無作法はしません。

小雪 あら、お二人の間にそんなことがあったのですね。

信太 ……お話していませんでしたか?

小雪 初めて聞いたわ。でも、中条様、お二人は面識がありませんでしたのに、よく信太だとおわかりになりましたね。

中条 彼が丁寧に名乗ってくれましたから。

高森 二人は、それが初対面だったのかい?

中条 自分がこのお屋敷に来るときも、彼は仕事で忙しそうにしていましたので、なかなか挨拶も出来ず。

信太 こちらの配慮不足です。申し訳ありません。

中条 いやいや、君はここの小間使いなのだから、当然だよ。

高森 ……。

藤崎 先生?

高森 いや、失礼。何でもないよ。

中条 あぁ、あと、ここだけの話、自分は一人怪しいと思っている人がいるんですが。

高森 ほう?それはぜひお聞きしたいね。

中条 夕刻になると決まって、ある少年がこの屋敷の近くを歩いているんです。中の様子をうかがって、まるで、誰かを探しているみたいに。

小雪 あら、それはきっと佑太君ですね。

中条 え?お知り合いだったんですか?

小雪 この近くに住んでいる子なんです。昔からよく一緒に遊んでいたので、今でも学校帰りによく来てくれるんですよ。

中条 そうだったんですか……これはとんだ思い違いを。

小雪 いいえ。お気になさらず。それに、彼が犯人だなんてありえませんし。

高森 理由をお聞かせ願えるかな、小雪嬢?

小雪 だって、その時間は学校に行ってるはずですもの。抜け出してくることなんて出来ませんわ。

高森 その佑太少年の背丈は、信太少年と同じくらいかい?

小雪 最近は会っていませんから、私には何とも。

高森 信太少年はどうだい?

信太 さあ。多分同じくらいだと思いますが。どうしてそんなことを?

高森 少し気になっただけだよ。ちなみにだが、皆川と奥方はその日も仕事だったんだろうね?

小雪 ええ。父と義母はははいつものように。

高森 となると、やはりこの中にはいないようだね。

信太 やっぱり疑っていらっしゃったんですか?犯人は強盗ではないのですか?

中条 自分も、そのように新聞で見ましたが。

高森 気を悪くしたら申し訳ない。何でも自分の目で見てみないと気が済まない性分なものだから。

小雪 中条様も含めて、私たち家族の中に犯人がいるなんてありえません。それはわかってください。

高森 そうしたいのは山々なんだが……。


   高森、考え込んで動かなくなる。

   藤崎、慌てて起こそうとする。


藤崎 先生?先生ってば!ちょっと!はぁ……みなさん、すみません。先生はこうなるとテコでも動かないんです。

小雪 どうなされたんですか?

藤崎 原稿を書いているときでもそうなんですけど、先生は煮詰まったり、いい案が浮かびそうだったりすると、固まってしばらく動かなくなっちゃう癖があるんです。だから多分、何かわかりそうだとは思うんですけど……。

信太 いつまでこのままなのですか?

藤崎 日によって違いますから何とも……あ、ちなみに最長記録は丸三日です。

小雪 三日も?

中条 いや、何というか、すごいですね……。

藤崎 まあ、よくあることですので。先生が起きたらお教えしますから、みなさんはどうぞ、ごゆっくりなさってください。いつまでもこの部屋にはいたくないでしょうし。

小雪 藤崎さんは大丈夫ですか?

藤崎 私には、この本がありますから!


   藤崎、高森の本を取り出す。


藤崎 ですからどうぞお気になさらず。

小雪 そうですか。では、お言葉に甘えて。何かあったら遠慮なく声をかけてください。

藤崎 ありがとうございます。


   小雪、信太、中条、部屋から出て行く。

   藤崎、三人を見送って部屋のドアを閉める。


藤崎 みなさん出て行かれましたよ、先生。

高森 ありがとう、藤崎君。

藤崎 でも、どうして人払いを?聞かれたらまずいことでもあるんですか?

高森 まあ、ね。藤崎君、この部屋を見て、何か思うところはないかい?

藤崎 え?何かと言われても、綺麗な部屋だな、くらいしか……。

高森 その通り。

藤崎 どういうことですか?

高森 綺麗すぎるんだよ、この部屋は。

藤崎 綺麗……すぎる?

高森 そう。もしもこの部屋に強盗が入ってきたとして、何も抵抗せず大人しく殺されるような人がいると思うかい?

藤崎 それは、つまり……。

高森 犯人は楓嬢の顔見知りか、皆川家の人物である可能性が高いということになる。

藤崎 ……それは、確かにみなさんの前では言えませんね。

高森 これ以上不安にさせる必要もないからね。それに、犯人の目的は達成されたようだから、これ以上被害が大きくはならないだろうし。

藤崎 え?それってどういうことですか?

高森 犯人が金銭目的だった場合、どうしてわざわざ楓嬢の部屋に入る必要があったんだい?

藤崎 それは、場所がわからなかったから、とか?

高森 外部の人間ならね。でも、犯人は皆川家と親密な関係だ。私がもし強盗だとしたら、ご令嬢の部屋になんか行かず、真っ先に皆川の部屋へ行くよ。金銭を盗んだのは、ただの目くらましだね。

藤崎 でも、みなさんはその時間、ここにはいなかったんですよね? それは先生だって。

高森 そう。その時間、ここに来ることが出来る人物はいなかった。しかし、楓嬢は実際に殺されてしまった……。

藤崎 瞬間移動でも出来たんですかね?

高森 瞬間移動か……。

藤崎 それか、分身の術とか。

高森 分身か……。

藤崎 やだなぁ、冗談ですよ、先生。

高森 それが出来れば、あるいは……。

藤崎 まさか、本気で考えてます?

高森 しかし、それで全ては解決する……。

藤崎 そりゃあそうでしょうけど、小説じゃないんですから、あり得ませんよ。

高森 つまり、二人いれば良いわけだね?

藤崎 はい?

高森 いや、こちらの話だよ。

藤崎 もしかして、何かわかったんですか?

高森 それを確かめるにも、ちょうど良い時間のようだね。

藤崎 え?

高森 そろそろ学校が終わる時間だ。佑太少年に話を聞こう。

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