笑い声、夜風に溶けて

「もう一回!」



そう言いながらマレアが駆け回る。その背を見送りつつ、俺は息をついた。

……まったく、ほんとに元気なやつだ。だが――せっかくだ、この状況、使わせてもらおう。


草むらがざわめき、灰色の影が三つ。低く唸りながら飛び出してきた。



「ちょうどいい。実験台だな」

「え、実験台!?」

「落ち着けマレア、スキルの話だ───挑発!」



盾を叩く音が草原に響いた。瞬間、三体の視線が一斉に俺へと集まる。

――おお、単体じゃなくてもまとめて引けるか。範囲は想定より広い。



「おぉ、三体ともお兄ちゃん一直線だね!」

「感心してる暇があったら準備しろ。突っ込んでくるぞ!」

「はーい……じゃあ、ハイド!」



マレアが気配を薄めると同時に、三つの影が一斉に跳ねた。

牙が月光を反射する。俺は半身をひねり、短く叫ぶ。



「緊急回避!」



身体が勝手に横滑りする。視界がぶれる。

一体目の牙が空を切り――だが、二体目の爪がすぐ横から迫る。

オート挙動の制限、こいつがネックだな。



「……やっぱ複数同時は厳しいな」



盾を滑り込ませ、衝撃を受け流す。三体目の突進がわずかに遅れたのは幸運だった。



「マレア、今だ!」

「フリートステップ!」



空気が弾ける音。

一瞬で死角に滑り込んだマレアが、左脇の個体の肩口にダガーを突き立てた。

――フリートステップ。短距離を瞬間的に加速して死角に回り込む、高速移動スキル。

初見では読み切れまい。



「あはっ! これ、ほんと気持ちいい!」

「使い勝手は抜群だな。ただし隙を晒すなよ、三体相手だ」

「わかってる!」



再び一体が俺に飛びかかる。盾で衝撃を逸らし、挑発で残り二体をのヘイトも固定する。



「っと、あぶねっ!?」

「頑張れお兄ちゃん♪」

「楽してんなー!?」

「実際楽だもんね、ヘイト向かないし」

「性格悪くなってきたな……!」



俺が突進を受け流すたび、マレアが刃を滑り込ませる。

脚を裂かれた獣が悲鳴をあげ、動きが鈍る。



「よし、一体の脚を潰した!」

「残り二体! 押し切るぞ!」



マレアの目は夜光石みたいに輝いていた。

俺も盾を握り直しながら思う。――三体同時、初戦にしては上出来だ。

スキルの癖も掴めてきた。要は使いどころさえ間違えなければ十分通用する。



「さぁ、仕上げだ!」



夜の草原に金属音と掛け声が交錯し、獣たちが追い詰められていく。



「盾よ、我らを覆え──アギス!」



白光が薄膜のように体を包む。爪の衝撃が、さっきよりも軽い


「……防御の底上げ、体感できるな。持続は短いが、衝撃が抜けていく感じだ」

「ずるい! 私にも!」

「勇気を示せ──ヴァリアント!」



マレアの体を赤い光が包み、夜風がその残光を揺らす。



「きたっ……!」

「調子に乗りすぎるなよ?」

「はーい!」



笑いながら跳ねるように前へ。

次の瞬間、彼女の刃が獣の喉を裂いた。

俺は盾を構え直しながら、胸の奥に奇妙な熱を覚えていた。――もっと試したい、この感覚を。



白光と赤光が交錯する。



マレアが滑り込み、刃を振るう。

俺は正面の獣の突進を、盾を斜めに構えて受け流す。衝撃が流体のように体の外を抜けていく。


盾のカーブと腕の捻りが噛み合えば、反動は驚くほど小さい。アギス様様だな。



「マレア、左へ誘導する!」

「了解! ――フリートステップ!」



空気が裂ける音。

マレアが残り二体の間を抜け、片方の首筋を切り裂いた。



「残り一体!」

「もう逃がさない!」



マレアが右手のダガーをくるりと回し、逆手に構えた。

俺は正面へ踏み出し、突進の勢いを逆手に取るようにヘイトを引きつける。



「来い!」



爪が風を裂く。盾を斜めに弾きながら、カウンター気味に片手剣を突き出す。

刃が頬をかすめ、獣が怯んだ――その瞬間。



「天誅!!」



いや、天誅って──。

フリートステップで空へ跳んだマレアが、宙返りしながらスティレットをモルグレイの頭へ突き立てた。


短い悲鳴。



草むらが静まり、夜風と二人の息遣いだけが残った。

視界にウィンドウが浮かぶ。



【戦利品を獲得しました】

・獣の牙 ×3

・灰色の毛皮 ×2

・獣脂 ×1



終わったか。――三体相手に、この結果なら十分だ。



「ふぅ……終了ー!」

「お兄ちゃん! 見た!? 今の“天誅”!」

「見たけど……なんで技名つけてんだよ」

「だって! 決まったら名前つけたくなるじゃん!」

「フリートステップで宙返りからの刺突って……急にアクロバットでびっくりしたわ」

「できるかなーってやったら出来た!」

「天才か」

「えっへん!!」



……あら、ドヤ顔可愛い。



「しかし、スキルって思ってたより面白いな」

「だよね! フリートステップとかさ、ちょー楽しい! もっと空中軌道が出来るかも!」

「……転ぶなよ?」

「転ばないよ!?」



マレアが頬を膨らませる。だがすぐに破顔して笑い、その笑い声が夜風に溶けた。

俺は剣を支えにして腰を下ろす。



「アギスも悪くない。衝撃吸収が優秀だ。あれ一枚あるだけでかなり楽になる」

「うんうん! あとヴァリアントも最高! なんか、体が弾む感じ!」

「バフでテンション上がるってやつか。完全に脳筋発想だな」

「ちがーう! 気持ちが乗るって意味!」

「はいはい。まあ確かに光の演出はテンション上がるな。緊急回避は……もう封印でいいかも。挙動が微妙だ」



二人して軽く笑う。



「……それにしても、三体相手にこの結果。上出来だよな」

「ね! ねぇお兄ちゃん、私たち、二回目とは思えないくらい息合ってたよ!」

「そりゃ俺が調整してるからな」

「出た、自画自賛!」

「事実だろ? お前の突っ込み角度、途中で俺が誘導したんだぞ?」

「むっ……」

「はい俺の勝ち」

「むむむむむ……っ!」



唇を尖らせたマレアが、ふっと笑い出した。



「お兄ちゃん、楽しいね!!」

「──あぁ、そうだな」

「よーし! 朝まで狩りまくるぞー!!」



夜明け前の草原に、笑い声が響いた。

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